スベテノハジマリ
「私は篠川椿、よろしくね?」
とある中学校で入学式があったその日。
遅れてきた春風の如く、無音の教室にその人物は現れた。
絹のような茶色い長髪、凛とした切れ長の瞳。
街中で見かけたら、思わず二度見してしまうような美少女の登場。
その自己紹介が終わっても、何故だか教室は静寂に包まれたままだった。
理由は、時計の針が既に17時を回っていると言えば充分だろう。
入学初日の一年生なら、本来帰っているはずの時間だ。
部活動の勧誘に来た2年生か3年生かと思ったが、校章の色がその認識が誤りだと示している。
確かに、勧誘目的ならこんな時間に来るはずもない。
「ねぇ、君に言ってるんだけど?」
いつの間にか目の前までやってきた彼女は、椅子に逆向きに座っていた。
失礼かもしれないが、深窓の令嬢のような見た目に似合わず態度が悪い。
「俺に何か用ですか?」
「だーかーらー、君の名前を聞いてんの!私たち、初めましてでしょ!?」
初めましての人間にこんな態度をとる人間なんて、世界中探してもそうそう居ない。
と、口にしそうになった瞬間、彼女の目が鋭く光った。
「今、なんて言おうとした?『初めましてでこんな態度をとる人間なんて居ない』みたいな空気感じたんだけど!?」
エスパーかよ。
そんでもって、この怒り方。
発言を喉元で止めておいて助かった。
「俺の名前は城島茂だ。呼び方はなんでも良い」
ひとまず、この空気はなんとかしないといけない。
それに、今は学校生活において一番重要な初年度一学期。
知り合いは作っておくに越したことはないが、敵を作るのは最悪だ。
「そっか、なら茂の方で呼ばせてもらうよ」
「いきなり名前呼びか?距離感おかしくね?」
小学校の頃ならなんとも思わなかったけど、周りの男子が女子のことを苗字呼びし始めた頃から、なんかこそばゆいんだよな。
「私のことも、椿でいいから」
彼女は本当に心を読めるのではないだろうか。
俺の、名前で呼ぶのは憚られるという悩みに直接踏み込んできた。
もし、気のせいでないのならば俺の待ち人は彼女ということになるのかもしれない。
「俺は予定があってここに残ってるんだ。初対面のあんたと戯れてる暇はない」
「え?自己紹介ならしたよね?」
うん、気のせいだった。
余りにも素早い回答。
しかもズレてる。
質疑応答の場なら、堂々と減点評価をくらうだろう。
「ああ、『そっち』も答えて良かったんだ。そうだよ、君の待ち人は私」
しかし、続けざまに彼女の口から放たれた言葉は、解釈違いが絶対起きないような完璧な回答だった。
「……なら、あんたがBランクヒーローの『追憶』さんで間違いないんだな?」
その確認に、彼女は無言で頷いた。
『私の正体に、それ以上の言及は要らない』、とでも言うように。
全ての人間が発現しうる異能――『宿願』。
仮想科学や理想論に過ぎない現象を現実のものとする物理系、生きとし生けるもの全ての意志に干渉する精神系、自分の領域を作り出す幻界系、世界の摂理を書き換える概念系の四系統に分類されるそれは、人の心が持つ『願い』を力の源にする。
その発現は唐突に訪れることが殆どで、当然最初は制御などできない。
だからこそ、世界各国は1999年に『恐怖の大王』の対処を目的に構成したヒーロー連盟を本来の目的と異なる『宿願』の対応の方に着手させた。
今では、連盟所属のヒーローたちの殆どがなんらかの『宿願』を保持している。
F〜Aまで区分されているランクは、そのヒーローにどれだけ実力があるかを保証するラベリングだ。
そして、彼女の宿願は精神系の『追憶』。
視界に入った存在の記憶と感情を過去まで辿れる能力らしい。
「もうちょっと喜んだら?同年代の女子の相棒だよ?」
「……そうだな」
実際、性格を別とすれば彼女の相棒というのは悪くない。
俺の唯一の心残りがあるとすれば、相棒の役割のことだけ。
ヒーローは、能力を使い続けなければならない。
そして、願いは時に暴走する。
意思で『宿願』を制御できているとしても、リミッター付きの爆弾と同義だ。
要するに、治安維持に必要なヒーローは危険人物でもある。
相棒とは、ヒーローを助ける者ではない。
いずれ、ヒーローを殺す使命を背負った者だ。




