第86話 領民たちがよそよそしいが
「あ、これはこれは領主様、おはようございます」
「おう、おはよう」
道行く領民と会ったので挨拶する。
早起きしたと思ったのだが、俺よりも早く起きて活動している者がいるんだな。
朝食は同じような時間に一斉に摂るから、腹ペコだろうに。
元からの住民である彼らは、つまみ食いをするなどの概念を持っていない。
なので、何が仕事をしていたのだと思われるのだが……。
「では私はこれで……」
早足で去っていく領民なのだった。
なんだなんだ?
目を合わせないぞ。
どうしたんだ?
「……まあ、そういうこともあるだろう」
俺は深く詮索はしないのだ。
「あっ、ハイザットさんおはよう。ラビハ秘匿」
「おはよう。いきなり秘匿とか言ったな? なんだなんだ。何を隠しているんだ」
「ひみつ! ひみつー!」
あーっ。
遠くの木に糸をくっつけて、それを収縮させてピューンと飛んでいってしまった。
怪しい。
「何か企んでいる気がするんだよな。なんだ? 俺に何かを隠しているのか? だが……俺はそういう細かいことを気にせずに生きていけるタイプの人間なのだ」
でなければ、王国を飲み込んだ反乱に気付くはずだからな。
俺が敏感であったら、マルサイは王になることなく死んでいただろう。
俺だってこの島に来てなかったに違いない。
……ということはだよ?
結果的に、俺がここに来たことは良かったと言える。
つまり、俺は変に勘ぐらず、コソコソやってるのを見流しながら鷹揚にしているのが一番良い状況になるということではないだろうか?
うん、きっとそうだ。
この島にはまだ悪人はいない。
俺はまったりしていていいのである。
「では散歩をして回るか……」
ぶらぶらと歩き回る。
朝食の準備が進んでいるところだった。
パンを人数分より多く焼き、大食いなものは余計に取っていくというシステムだ。
朝から凝った料理をするということはない。
パンと漬物くらいの簡単なやつだな。
魚の干物があればそれも食べる。
ここに、将来的には肉を使った燻製とかが加わることで、食生活がぐんと豊かになるのを俺は狙っているのだ。
朝食にハムやソーセージが出たら、それはもう王族の食事と変わらない。
「いいねいいね」
「あら領主様! もうすぐ朝食ですからね」
「領主様のパンは2枚用意してありますから」
「おお、ありがとう。楽しみにしている」
堅焼きパン、漬物と一緒にサクサク食べるのがななかないけるんだよな。
「ところで領主様」
朝食を準備している奥さんが聞いてきた。
「なんだい?」
「お好きな食べ物ってなんですか? ああ、私らが知らないものでも、新住民の方たちとか、神官様がご存知だと思うんで、聞いてみますからなんでも話してください」
「あ、そう? なんかいきなり俺の好物に興味を持ったのかは謎だが……」
俺は考えてみる。
何が好きだったかなあ。
「肉だったな。こんな分厚い肉の塊を焦げるまで焼いて、周りを目の前で削ぎ落として中身の火が通った肉を食うんだ。これは肉塊の奥まで毒を突っ込めないからな。毒見の必要なく、熱々を食えた……」
美味かったなあ、熱々の肉。
それを考えると、ルナス領では熱々をもりもり食えるんだな。
ということは、王族時代の食事よりも充実していると言えるんじゃないか?
毒にやたら強い毒見係もいるしな。
そのモネだが、最近はずっと俺の家に入り浸っている。
今日は俺が早起きしたと言うのに、居候のモネはぐうぐう寝ているのだ。
いい根性をしている……。
「おじさまーっ」
「おっ、ゼータも起きたか。顔洗ったか?」
「もちろん洗いましたとも。んー、今朝も堅焼きパンの焼ける香ばしい香りがたまりませんねー。一日が始まります」
「ああ、これがないと一日が始まらないからな。しかし今朝はみんな、俺に隠して何かコソコソやっていてな」
ゼータが無言でスーッと遠ざかっていった。
お前もかー。
何を隠してるんだろうな、本当に。
謎だ。
朝食は、住民たちが勢揃いする。
流石に全員出てきたな。
談笑などしながらみんなでパンを食べ、めいめい立ち上がって仕事に出かけていくのだ。
これ、うちの領地のちょっと変わった習慣だ。
朝から雨が降ることがない土地なのと、俺がやって来てからは住民たちの仲間意識が強まり、みんなで朝食をともにすることになった。
屋外でだ。
そしてみんな、俺に挨拶をしてから一日を始めるわけだな。
なんかこう……俺は王様のようではないだろうか……?
「おじさま、完全にルナス領どころか、ルナス王国の建国王ですよ?」
「やっぱり……。一応、俺は遠島伯ということでアースユニ王国所属の貴族なのだが」
「一度だって、王国から使者が来ましたか? おじさまがこの島にやって来てから、そろそろ半年が過ぎるというじゃないですか! なのに一度もやって来ないということは、王国はこの島から税を取る気もないんじゃないですか?」
「ゼータは難しい話が分かるんだなあ。確かに、領地を預かる貴族はその土地から得られた税を王国へ納めるものだ。だが、税どころか、ルナス領には貨幣経済すらないからな」
大変原始的な狩猟採集・農耕生活をしている。
領民はみんな家族のように暮らしており、新たに加わった新住民もこのコミュニティに参加しているのだ。
人付き合いは苦手なんて言う人間は暮らしていけない世界だな。
明日死ぬかも知れない、厳しい環境がルナス島なのだ。
最近はマシになったとは言え、俺としては個人主義の文化をこの島に持ち込む気はない。
ということで、このみんなで朝食は領地の団結のための儀式みたいな意味も持っているわけだ。
それに、顔が見えない住民は病気したりしているものだ。
誰の調子が悪いかはすぐに把握できるからな。
出欠を取っているようなものだ。
「今日は全員出てきていたな。健康で大変よろしい。なにっ、ついに長老、死にそうか。本格的に死にそうになったら教えてくれよな」
「おじさま、王様というよりは、みんなの父親みたいになっていますねえ……」
しみじみとゼータが呟くのだった。
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