第7話 村の隣は危険な森
足の裏が、ニチャ……グチャ……というなんとも気持ちの悪い感触を感じている。
靴越しでこれなのだ。
素足では絶対に触りたくない。
俺は文化的な人間なのだ。
「おじさま、なんか歩くのが遅くないですか?」
「歩き心地が気持ち悪いの!」
「それはもう、大自然ですから。……はて? 私が現役だった頃、この島はこんなに大自然だったでしょうか……」
「ゼータも未知の大自然なんじゃないか」
「それはそうですけど、おじさまはちょっとくらい気持ち悪くてもずんずん進むべきだと思います」
村から一歩出た瞬間に、そこは鬱蒼と茂る森なのだった。
あちこちから光が差し込んでいるから、真っ暗ではない。
だが、差し込む光が下草やら何やらをしっかりと育成し、じめじめしっとりとした大地を作り上げている。
「歩くと本当にグニグニしてて無理なんだぞ。ゼータも歩いてみるか?」
「嫌ですう」
「おろすぞー」
「きゃーっきゃーっ! やめてくださいおじさま! やーめーてー! やーめーてー! あーん!」
ゼータがじたばたするのでやめてやった。
そういうことで、じっくりじっくり歩いていく。
開拓とか本当にできるのか?
序盤ですらこれなのに。
とか思ったら、次の一歩目がやたら沈み込むのだ。
「これは書物で読んだ底なし沼ではないか。慎重に歩いてて良かった」
俺は素早く足を引き上げた。
そこはどうやら、落ち葉や枝や土で覆われているものの、下は極めて緩い泥濘状態であり、ある程度以上の重量物はどんどん沈み込んでしまうのだ。
「おや、土が震えている。アドラマントも振動している。敵だな」
「おじさまはなんでそういうの感じ取れるんですか?」
「王子だった頃は暇だったからね。五感を磨いたりしたからちょっと異常な振動とか感じ取れるんだ」
「本当に魔法じゃないんです?」
「ただの技術だね」
そんな俺達の足元から、巨大な怪物が飛びかかってくる。
泥を跳ね上げながら『もがーっ!!』と食いついてくるのは、サンドワームならぬマッドワーム。
細身の成人男性くらいなら一呑みにしてしまえるほどのサイズだ。
「なので真っ二つにおろそうね。そいっ!!」
『ウグワーッ!!』
飛び出してくる端から、俺の刃でガンガン断ち切られていく。
自ら魔剣に突っ込んできたマッドワームは、見事真っ二つになったのだった。
それでもバタバタ動いてる辺り、流石の生命力だ。
ひとまず俺達に対しては無害になったので、このままスルーしていこうね。
『もががーっ!!』
『ウグワーッ!』
「おじさま! 後ろで物凄く大きな生き物が土の中から出てきて、マッドワームを食べてます!」
「巨大モグラだね。あえて呼ぶならジャイアントモールだ。ここは魔境だねえ。人間がとても生きられる環境ではないぞ」
底なし沼かな? という辺りを大回りしながら歩く。
ちょっと歩いただけでこれだ。
この森、本当に人間が生息できる環境になるの?
「俺は早くもこの辺りを住めるようにするのは無理ではないかと思い始めている」
「そこが私の仕事なんですおじさま! おじさまは襲いかかってくる大自然の脅威を相手にしてくださるだけでいいんですよー」
「そうなの? じゃあゼータには何ができるっていうんだい?」
「まずおじさま。どうして村はこんな恐ろしい森の隣にあるのに、人間たちの領域になっているんだと思います?」
「言われてみれば……。いつ、この森の怪物がやって来てもおかしくないのに」
「でしょう? つまりあの村は何か、人間たちの領域になるような状況が起きているんです」
「それは一体なんなんだ?」
「分かりません。私たちはなーんにも確認しないまま、カッとなって森に飛び出してきましたから」
「ほんとだ! 短気は損気だな。ちょっと戻って、どうして村が人間の場所でいられるのかを調べよう」
「そうしましょう! それに、あのジムニっていうおじいちゃん、色々詳しそうじゃないですか?」
「言われてみれば……。ゼータからは俺が思いつかない発想がどんどん出てくるな」
頭がいい幼女だぞ。
舌も俺と同じくらい回るし。
俺は文化的な人間は大好きなんだ。
こうして、俺達はお食事中のジャイアントモールの横を抜けて村に帰還を……。
『もががーっ!!』
「ンモー!! 見逃してくれよー!」
欲をかいたモグラが俺に襲いかかってきた。
俺は魔剣を逆袈裟に叩きつける、強烈な斬撃……放鷹を放った。
これ、加減抜きで雑に斬撃を一方向に撒き散らすので、念のためのカウンターにちょうどいいんだよな。
『ウグワーッ!?』
ほら、ジャイアントモールがミンチになった。
勢い余って、背後にある木々まで数本まとめて粉々にしてしまった。
強い陽の光がそこから差し込んでくる。
「いかん、地形を変えてしまう」
「おじさまは本当に人間ですか?」
「普通の人間だよ!」
村に帰還。
おお、足の下がしっかりとした地面になった。
そして、森が放つ濃厚な生命の気配が薄れる。
やはり森というのは、人間が生きるべき環境ではないのだな。
実体験で学んでしまった。
「おや、殿下」
ジムニがこちらに気づいた。
どうやら勉強は午前中で終わりらしい。
日の傾きから見るに、そろそろ昼か。
モネは畑仕事。
子どもたちも畑仕事だな。
「どうなさったんですか殿下。いや、無事に戻ってこられたのを喜ぶべきでしょうな。よくぞご無事で」
「ああ。俺もゼータも無事だ。そして戻ってきたのには理由があるんだが……。ジムニ、一つ聞いてもいいだろうか?」
「なんですかな?」
ここでゼータが手を上げた。
「ジムニおじいいちゃん、なんで村は人間の領域なの? 隣にあんな危険な森があるのに……」
「ああ、そのことかね。いきなり殿下と二人で森に行くから、てっきり知っているのだとばかり……」
知っていたのか、ジムニ!
「村の中心に、石碑があるのだよ。この石碑から半ティタンの距離は安全になるんだ」
「半ティタン?」
ゼータが単位を知らないようなので、俺が説明してあげた。
成人の足であるいて四分の一時の距離ってことね。
「あ、つまり500メートルですか。なるほど、思ったより広いですね……」
メートルとはなんだ。
古代の単位なんだろうな。
実際に二人で石碑を見てみる。
「明るいから気づかなかったけど、少し光ってる?」
「光ってますねこれ。どれどれ……。ミーユ・カム・ユーダビン!」
例の呪文だ。
ゼータがその言葉を唱えると、石碑が強く発光した。
「あ、これです、これ! つまり、村にある石碑は活性化してるんです! そして島の各地にある石碑は不活性化してます。私たちがやることは……」
「あちこちの石碑を探すということか!」
明確な目標が見えて来たぞ!
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