第23話 記憶が曖昧になりそう、とジムニが言った
「殿下。いよいよ私は老いぼれてきたかも知れません」
「どうしたんだジムニ。俺が頼っている知恵者である君がそんなことでは困るが」
「実は……」
クアットロの樹木を手入れする村人たち。
この光景を眺めていたら、ジムニが話しかけてきたのだった。
我がルナス領で一番の長老であり、元々王都の役人だったために知識豊富なジムニ。
その知識量や経験によって、村の子どもたちの教師を努めていたりしたのだった。
だが、そんなジムニが……。
「少しずつですが、記憶の中から書物の知識が薄れてきておるのです。二十年以上前の記憶なので、無理も無いのですが」
「ジムニは最初期に島流しにされたんだったよな。そうか、そんな長い時をルナス島で過ごしてるのか……」
「はい。私の後にも島流しになる者たちは多くいたのですが、誰もが島の生活に絶望して自ら命を断つか、気が触れて危険な森に向かっていき、二度と帰っては来ませんでした」
「うわー。だが、それこそが王国が狙ってることだったんだろうな」
なお、そんな消えた島流し人たちは、きちんとこの島に新しい種を残していったので、今いる子どもたちや若者は、そのいくらかが王国人の血筋なのだ。
「もしやモネも?」
「ええ。彼女の父親に人ならざるものの血が混じっていたのでしょうな。それが彼女の代であらわになった。まあ、見た目が少し違ってもこの島では仲違いなどしていたらすぐに死ぬので、仲間はずれにはされませんでしたな。何より、元村長一味という最大の憎まれ役がいたので」
「なるほど、なるほど……。しかし、ジムニの知識が薄れ始めているのは一大事だな。俺の文化的生活の七割くらいはジムニに頼っていると言っていい」
「お褒めに与り光栄です」
「よし、ジムニ。王都行くか!」
「はい?」
思い立ったら即動く。
ここからアースユニ王国の王都までは、船で片道七日、馬車で片道七日。
つまり行って戻ってで一ヶ月掛かる。
ルナス領はかなり食料事情が安定してきたから、一ヶ月くらいなら留守にしても問題あるまい。
むしろ、その間にキウイや果樹を増やしたり育てたりできるから好都合だ。
俺はまだ島にいたリック船長に声を掛けた。
彼は顔をしかめた。
「勘弁してくれよ、殿下! あんたを島から連れ出したとあったら、俺達は反逆者になっちまう! 俺もディア兄弟も首と胴が泣き別れだぜ!」
「そうか、俺、一応島流しになったんだったな」
「ああそうだぜ。こんなにカジュアルに島から出ていこうとするお人なんか初めてだぜ……」
これは困った。
村に唯一存在する船は、俺を運んできたリック船長の船、ラディッシュ号。
これが使えないとなると、別の航行手段を考えねばならない。
しかもジムニを連れて行くんだから、複数人が乗れないとな……。
「おじさま! 今度は何をするつもりなんですか?」
「おおゼータ。ちょっと島の外に行って来ようと思ってな」
「おじさま!? まさか島から逃げ出そうと言うんじゃないですよね!?」
ゼータが凄い勢いで俺のお腹に手足を広げてしがみついてきた。
「逃げない逃げない! ジムニの記憶が怪しくなってきたんで、王国まで戻って本を入手してこようというだけだよ! そしたら島に戻るから。俺は領民を見捨てたりしないぞ」
「なるほど、信用しました。おじさまはおかしい人ですが嘘は絶対に言いませんからね」
おかしいとは何事であろうか。
「最近、私は少しだけですが過去の記憶が蘇るようになったんです。ええと……島にも、海に漕ぎ出すための船があったはずです。それを取りに行きましょう!」
「おおー! ありがたい! 行こう行こう!」
島の体勢が安定してきていると、俺とゼータで非生産的な事をやる余裕もできてくるというものだ。
ということで、俺たちはターミナルの塔へ向かった。
ここには、新たな転送装置が二つ出現し、起動している。
子どもたちが入りこまないよう、俺が切り出したピッタリサイズの岩をはめ込んでいるのだが……。
これをピンポイントで切断。
「ていっ。よし、行くぞ」
「造作もなく岩を切り裂くおじさまですけど、絶対にこれって普通は絶技とか絶招とか言われる次元のものですよね?」
「ああ。俺は序盤で技を作り、最近はひたすら基礎技を鍛えて極めたからな。技は俺が楽をするためのものに過ぎず、技を使わなくなる方が俺は強いのだ」
「凄く怖いことを聞きました! あ、こっちです、こっち。外側から島を攻略するために、恐らくは船の封印が解けるようになっていたんでしょうね」
転送装置の色は金色。
そこから飛んだ先にあったのは、洞窟だった。
例によってソードソナーで周辺状況を確認するが、目に見える範囲には全く出口がない。
だが、水中には魚がいた。
水の中で、外と繋がっていたのだ。
ということはだ。
「水の流れをソードソナーで読んでみるか」
「当たり前みたいに超音波で水中の状況を把握しますね」
「水は地上よりも音が伝わりやすいんだぞ。おや、何か全然感触が違うものがあるな。こっちだ」
ゼータは俺の背中にひょいひょい登ってきて、定位置にくっついた。
水辺を歩く。
そうすると、何かのっぺりした物が壁に突き刺さっているのだ。
いや、これは、遥か昔に天井が崩れ、そこにあった構造体を包みこんでしまったのだろう。
近づいて触ってみる。
土砂が掛かってザラザラしていたが、これを払うとツルリとした表面が現れた。
「これが船なのか……? 石でも木でもない。奇妙な手触りの物質でできてるぞ」
「詳しいことは私も思い出せませんが、多分それです。古代の文明が作り上げた、魔法の船です」
「なるほど……。じゃあちょっと力技で、この土砂をどけるか! 極楽鳥!」
魔剣をスイングする。
一見すると、その流れの中で壁面を数度叩いただけに見えるだろう。
だがこれは……。
ウワンッ!と壁面全体が振動した。
「わっ、なんですか!?」
「対象の構造をバラバラに振動させ、繋がりを破壊する。まるで構造体がダンスするように見えるので極楽鳥。それがこの技の名前だな」
眼の前の壁が、繋がりを失って砂に変わった。
一気に崩れ落ち、横にあった水の中に流れ込んでいく。
そして……洞窟は外につながった。
入江になったのだ。
「とんでもない技を使いましたね?」
「せいぜい城壁を百ティタほど砂に変えるだけの技だぞ」
「人間技じゃないですからね?」
「ゼータは大げさだな。おっ!」
その時、ちょうど光が洞窟に差し込んでくるのだった。
それが照らし出す、つるりとした表面を持つ異形の船。
黄色く丸く、しかし大きさはそれなり。
まるで水鳥のような形をしたそれが……古代文明の船なのだった。
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