第2話 ルナス島の人々
「第三王子が送られてくるっていうから、どんなお坊ちゃんかと思ったら……案外年を食ってるんですねえ。それに体も大きくて。なるほど、緑の鬼神……」
俺を案内してくれたのは、島民だという大柄な女性だった。
ルナス島はもともと、アースユニ王国に所属しない島だったようだ。
そいつを国が征服し、領土とした。
彼女は原住民の血が濃いんだろう。
王国では見かけない顔立ちをしているし、髪色も肌色もうっすら青みがかっている。
短く刈られた髪に、比較的露出度の高い格好をしている。
剥き出しの肩や腹や太ももは筋肉質なので、あまり色っぽくはないな。
「まあね。反乱を成功させ、今度王になるマルサイ兄上はもう三十代半ばだ。そりゃあ俺もいい年になるさ」
口の利き方を知らない若者だが、敬語を使うような環境で暮らしたことが無いんだろう。
ここで目くじらを立てても始まるまい。
後々、ちょっとずつ教えていけばいい。
「それで、王子様の事はなんて呼べばいいんですかね?」
「一応、遠島伯って言う役職を与えられたな。侯爵に並ぶ爵位である新たな役職だと言うが、ま、体の良い島流しだ。お前さんも故郷が島流しの対象になってるのは面白くないだろうが」
「あ、いやそんなことはないですよ。ほら、あそこの広場でガキどもに文字を教えてる爺さんがいるでしょう」
「いるなあ」
「あの人も島流しされてきた王国の役人なんですよ。王国の思想教育? とか言うのに反対して、それで流されたんだとか」
「ははーん、島の外から入ってくる血が、島に文化をもたらすんだ。なーるほど、これは有用だ。この島には、俺が知らない事がゴロゴロ転がってそうだ。是非教えてくれ。えーと」
彼女の名前を聞いてなかったな。
「モネです。ルナス島で、遠島伯様のお世話係をすることになってます」
「そうだったのか。じゃあこれからよろしく、モネ。ハイザットと呼んでくれ」
「分かりました、ハイザット様」
案内された屋敷は、驚くべきことに木造の小屋だった。
うーん、王城にいたときの俺の居室よりも明らかに狭い。
「どうですハイザット様! 島で一番出来の良い家ですよ! 大したもんでしょう!」
モネが自慢げに告げた。
えっ、そうなの!?
「ああ、大したもんだ。今度、建ててくれたみんなに礼を言いに行かなくちゃな」
スパッと頭の中を切り替える俺だ。
いかんいかん。
王都とこっちじゃ何もかも違うんだ。
それに、島民たちは俺のためにわざわざ新築をこしらえてくれたんだろう。
これは島にとっては大きなコストだ。
ありがたく思っておかなくちゃな。
幸い、俺は王宮での生活においてあまり自由はなく、ワガママなども通じない環境で育った。
王子としての教育はされたが、第三位以降の王子が妻子を持つと継承問題が複雑化するとかで、この年まで独身でいねばならなかったのだ。
俺は第一王子、第二王子のスペアであるわけだが、先の二人が普通に健康体で、暗殺されることも無かったからな。
お陰で第二王子マルサイは王位簒奪の企みを行い、不要な俺は分け与えられる領土もなく、飼い殺された。
有り余る時間を、勉学と読書と剣に注ぎ込んだ。
幸い、剣の才能だけが異常にあったようで、俺は一年で剣の師を追い越し、そこからひたすらに剣術というものを自己流で磨いていった。
誰も俺の剣術を再現することは出来なかった。
俺は、俺しかできず、俺が消えたら無くなってしまう剣術をひたすら磨いたのだ。
そんな俺が今、島流しにあってルナス島に来て、そして何者にも縛られない環境にいる。
「うん、前向きに考えると、悪いことではないだろうな。住めば都と言うし。ベッドは運び込まれていないのか」
「島ではハンモックで寝るんですよ」
「なにっ、ハンモックで!?」
虫や小動物、湿気が多い環境ということか。
そういうものにも慣れていかないとな。
王都では、昼寝の時に使ってたな。
「それでハイザット様、遠島伯って何をするんです? あたし、王族とか貴族様を見るの初めてなんで、何も分からないんですが」
「俺も分からん」
「えーっ」
「新設された役職だし、そもそもそんな貴族がいないまま、この島は運営されてきたんだからな。村長だっているだろ?」
「いますねえ。でかいツラしてたのが、急にハイザット様が来るってことになって慌ててましたよ。いい気味。最初はお貴族様に取り入ってやろうって言ってたのに、それが緑の鬼神だって知った瞬間に真っ青になってましたね」
「いやはや、村長には災難だったな。つまり、俺はその村長の役割を請け負うことになるわけだ」
話しながら、イメージをまとめた。
遠島伯とは何か。
村長である。
以上。
夜になると、俺を歓迎する宴が開かれた。
元村長の男が、引きつり笑いを浮かべながら俺に挨拶をする。
今夜をもって、権力の座から引きずり降ろされるのだ。
複雑な心境だろう。
他の村民たちは、大体が俺を歓迎してくれているようだった。
島流しされた役人だという爺さんは、王都の話を聞きたがった。
俺はこの島の地酒などをご馳走になりつつ、王都の話を面白おかしく語って聞かせる。
地面は全て石畳に覆われ、多くの馬車が行き交う。
その後には馬糞が点々としており、それを集める仕事の連中がいる。
王都では毎週朝市が行われ、日が昇ったばかりの街路に多くの店が出る。
都民はそこに集まり、大いに買い物を楽しむのだ。
季節ごとに祭りが行われ、通りは春夏秋冬の色に染まる。
大通りがごった返し、多くの人々の歓声と笑いで溢れる。
みんな目を輝かせ、この話を聞いた。
爺さんもだ。
王都を懐かしがっていることだろう。
ちなみにこれらの話は過去の話であり、厳密には嘘である。
今の王都はマルサイ王による軍事国家となっており、多くの祭りは廃止された。
国王マルサイ一世は、アースユニ王国を全て一から作り直すつもりでいるのだ。
だが、そんな真実は面白くもないし、この島に縁のない事だ。
楽しい話だけ聞いて、夢を見ていればよろしい。
島の住民は、ここから外に出ることも許されていないようだし。
「はーん、驚いた」
「何がだい」
モネが俺の傍らに座って、酔いで頬を赤らめながら笑う。
「ハイザット様、話が上手いんだ」
「役割のない王族というのは退屈でな。剣に勉強、読書、それに他愛もないお喋り。そういうもので人生を埋めていくしかなかったんだ。俺は無駄なことは実に上手いぞ」
「変なの」
変なのとはなんだ。
そのうち口の利き方を教えてやろう。
なお、こんな俺達の様子を、前村長とその取り巻きのような連中が、ずっと睨んでいるのだった。
おっ、やる気か?
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