第1話 遠島伯って、普通に島流しだろ
馬車が走る。
俺は王国を追放というか、島流しの刑に処された身だが、一切の拘束はない。
それどころか、腰には愛用の魔剣アドラマントが下がったままだし、外側で俺を監視している兵士たちは皆怯えている。
御者を務める彼らのひそひそ話が、こちらにも聞こえて来た。
「ハイザット王子、大人しくしてくれてるな……」
「第二王子のマルサイ殿下が起こした反乱で、第一王子側についたお人だろ? 反乱は成功し、玉座はマルサイ殿下……いや、陛下のものになった。バザムス殿下は処刑されることになったが……。なんでハイザット殿下は無事で、しかも帯剣を許されてるんだ?」
「緑の鬼神って異名は知ってるだろ。あの人の呼び名だ」
なんだそれは。
俺の髪の色は確かに緑色だが?
「……誰もあの人に勝てなかったんだよ。生まれてからずっと、剣の鍛錬をしてきたって話だ。俺はあの人の暴れっぷりを、この目で見ても信じられなかったよ」
何が信じられなかったのだろう。
俺は首を傾げる。
「弓兵によって一斉に矢を射掛けられても、宮廷魔道士が大勢で魔力の弾を叩きつけても、重装歩兵の軍勢が取り囲んでも……誰一人として、あの方に傷一つつけることができなかったんだ。異常だよ。化け物だ」
失敬な。
俺は人間である。
ちょっと他人より剣術が上手いだけの人間だ。
マルサイ兄上は、なぜか俺を、恐ろしいものを見る目で震えながら睨みつけていたが。
「たった一人で、バザムス殿下を討伐せんとする軍勢を止めたんだよ。戦の中を、無人の野を行くかの如く悠然と歩き、マルサイ軍の中央に達して将軍を切り捨てた。あの方一人のために、マルサイ陛下の軍は三割の損耗を受けることになったんだ。化け物だよ」
「化け物だ……。じゃあどうして、あの方は大人しく後ろに座っておられるんだ? たまに食べ物を欲しがるのと、用を足しに行くくらいじゃないか」
「マルサイ陛下についた、ベーティエ王女殿下が説得なさったんだ。それで、ハイザット殿下は戦うのをお辞めになったんだ。それで言い渡されたのが、ハイザット殿下を新設された役職、遠島伯に任命。王都より四百ティタンも離れた島……流罪の地、ルナス島へと送ることになった……というわけさ」
「なるほどなあ……」
御者台につながる窓がガタリと音を立てて開き、そこから兵士がちらっと俺を覗いた。
俺は笑顔で手を振っておいた。
「いい人そう」
「うん、人格は優れてらっしゃるんだ」
嬉しいこと言うね!
「ただ、一度敵に回すとあれほど恐ろしい方はいない! これまで戦争にあの方が出ることが無かったから、誰も知らなかったんだ。あの方が紛うこと無き地上最強の剣士であったことを。そんな恐ろしい方を、王都に残してはおけないとさ」
「分かる~」
俺としては、王都の文化的生活から離れるのは悲しいものがあるが。
ルナス島、どんなところだろうな。
文化的生活ができるといいな。
こうして馬車は走り、サイド港へ到着した。
俺の故郷、アースユニ王国が所有する唯一の港で、ここから俺は船に乗ってルナス島へ向かうことになる。
船に乗った俺に、これまで護送してくれた兵士たちが手を振っていた。
みんな、あからさまにホッとした顔をしている。
「殿下~! お達者でー!」
「ああ、うんー。みんなお疲れ様ー」
船はそこまで大きなものでもない。
俺一人を運ぶためのものなんだから、そりゃあそうだろう。
「まさか俺の船に、第三王子殿下を乗せることになるとはなあ!」
船乗りは三人だけだった。
そのうちの、ムキムキで髭面ではげたおじさんが豪快に笑った。
船長なのだそうだ。
「殿下! この船は細工も何もしてやせんからね。安心してくだせえ! 途中で沈むなんてことはないですから!」
「そうですとも! 船乗りの信用はいかに船を沈めないかです。例え新王のご依頼とあっても、海の上じゃ船乗りがルールでさあ!」
浅黒い肌の男と、小柄な男のコンビ。
彼らは、俺が思ってもいなかった事を保証してくれた。
「あ、そうかあ! 俺、暗殺される危険もあったんだな! 流石にそんな事をされたら、兄上に仕返しをせねばならなくなる」
「わっはっは! 新王様もそれを恐れたんでしょうなあ! ま、ルナス島までゆっくりしてくださいや! 狭い船ですが、我が家と思ってくださっていいんで!」
ということで、俺はこの船旅を大いに堪能した。
船乗りたちと並んで釣りをし、釣れたわけのわからない魚を焼いて食べた。
美味い。
自分で釣った魚は特に美味い。
その他、長い間船の上にいると、体がだるくなる病気に掛かるらしい。
これを防ぐためだと言われて、酸っぱい漬物を食わされた。
王都では味わえなかった、刺激的な水上生活だ。
「これはある意味文化的なのではないか? ということは、ルナス島での生活も期待できる」
楽しい船旅は一週間ほどで終わった。
ルナス島が見えてくる。
思ったよりも大きな島だ。
中心には火山と見られる山があり、その周囲に森が広がっている。
海沿いは崖が多い。
「ルナス島には人が住んでいるのかい?」
「へい! あそこは罪人が流される島でしてね。殺すには惜しいとされた政治犯が送られるんですよ」
「ほうほう。じゃあ俺は政治犯か」
「殿下は王子ですからね。そうなるでしょうな」
船長が適当な事を言うのだった。
ぐるりと船が島を巡ると、開けた場所が見えてくる。
そこに粗末な家が幾つも立ち並んでいた。
港もある。
粗末な港だなあ。
「殿下、俺らはしばらく島に滞在して補給して行きますんで、なんか話があったら言ってくだせえ。ただ、元のアースユニ王国に戻してくれってのはなしです」
わっはっは、と笑う船長。
「そりゃもっともだ」
俺も笑った。
桟橋に横付けされた船から降りる。
一週間も水上にいると、地上にいるのにグラグラするような不思議な感覚だ。
「せっかく海の上の感覚を覚えて、そこでも剣を十全に振れるようになったんだがなあ」
「はっはっは、殿下がトビウオに向かって斬撃を飛ばして三枚におろした時は驚きましたぜ!」
「いやいや、あんなの大道芸だよ。じゃあ船長、世話になった!」
こうして俺の、遠島伯生活が始まった。
よーし、島の生活をエンジョイするぞ!
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