第19話 伝説の亜竜の伝説
俺の背後では、奥さんたちがクアットロの実をぐつぐつと煮込んでいる。
どうやら魚や海藻を煮てスープを作るつもりらしい。
さすが普段から料理に慣れ親しんだ人々。
読書の知識だけで戦う俺とはモノが違う。
後でどんな料理ができたか教えてもらおう。
いやはや、今まさに料理文化が生まれようとしているな。
愉快愉快。
「私が見るに、かつてブルーキウイについて書いていた書物も、クアットロの実を背負った島の如き巨体の怪物も、全ては繋がっていると思っております」
おっと、ジムニが大変興味深い話をし始めたので、注目せざるを得なくなった。
「それは一冊の本だったのですか?」
「いいや、ブルーキウイを語った本は、大部分が判読不能の文字で描かれており、かろうじて解読された部分がキウイに関する部分だったのだよ。それがまさかここで役立つとは。読書はしておくものだのう」
ほっほっほ、と笑うジムニ。
その本、有用だな……。
そのうち王都まで行って取って来るか。
「島の如き怪物を描いた方は航海記ですな。冒険家、メッサールの航海を描いた一冊でした。あくまで物語だと思っておったのですが、まさか真実であったとは……。これらの二冊は、ルナス島近海を描いていたのでしょうな」
「なるほど、なるほど……。つまり、そういう本を集めていた我が国も、このルナス島と関わりがあったと言えるわけだ。それはそうと、その怪物についてなんだが」
「はい。お答えしましょう。とは言っても、私のこれは書物の知識ですがな。かの怪物は体を揺さぶると、赤い果実を海に浮かべながら去っていきました。メッサールは怪物を追って船を走らせましたが、その先には大きな島があったと。だが、船員たちが皆、島への上陸を嫌がる。これは怪物の住む島だと。人が立ち入ってはならぬ島だと。海の上にあっては、例え雇い主であるメッサールも船員の言葉には逆らえません。泣く泣く上陸を諦めて、後年、命知らずを雇って航海に出た。しかし……メッサールはこの島を見つけることはできなかったのですな」
「ほう、そりゃあ一体どうしてだろう。リック船長たちは、定期的にここにやってこれるというのに」
「どうなのでしょうねえ? おじさま、私が思うに、昔のルナス島は固定されてなかったのではありませんか? それが何かがあって、今は一つ所に留まっていると」
「そういうこともあるのかー。いや、あるんだろうな。俺にとって常識だと思っていたことは、あくまで俺の視野から見た狭い常識に過ぎないと思い知らされたところだ。ジムニ、それで、怪物はどうなんだ? もっと詳しい描写は無いのか?」
「そうですな。後にメッサールが述懐した話も記されておりまして、体は岩山のようで、木々はそのひび割れた肌から生えていたと。命知らずであれば、小山のようなその体を登れるだろうと言っております。怪物の名を……ベヘモスと」
「ベヘモスか」
「メッサールの時代にはまだ、こういった巨大な怪物の分類が生まれておりませんなんだ。今であれば、これら巨大で、自然に生まれるものとは思えぬ怪物を亜竜と呼びますな。伝説の三竜の因子を受け継いだ、人知を超えた怪物です」
「ははあ……! 災害竜と同じということか! いや、もう少しスケールは小さいのだろうが、得心した。亜竜ベヘモス。その体を登山できるのならば、登ってやろうじゃないか」
「おじさまが燃えています!」
「ベヘモスは巨体故に、俺達に気付かなかった。その体に取り付き、登ったとしても気付かないかも知れないだろう。そして俺達の狙いは、熟したクアットロの甘い果実だ。登ってそれを手に入れぬ道理は無いだろう」
「ありませんねー。あれ? でも熟したら甘くなるのなら、あの酸っぱい実も待てば甘く変わるのでは?」
「そうかも知れないし、そうでないかも知れない……。それにどれだけ掛かるかも分からない」
時間は有限なのだ。
俺はこの島をどんどん開拓し、民を豊かにせねばならないという責務を自主的に負っている。
じっくりと腰を据えている時間は無いのだ。
「おじさまの場合、安全策を取って時間を掛けるより、自分から危険にどんどん飛び込んでいったほうが効率いいですもんね」
「ああ。案ずるより産むが易しと言うからな。一眠りして、明日になったらまた赤い大地へ行こう。ベヘモスを攻略するぞ!」
「はい、行きましょう! おじさまといると退屈しません。もう少しくらいは立ち止まってゆっくりしてもいいと思うんですけど……」
そんなことでは、この広大なルナス島を開拓する前におじいさんになってしまうではないか。
俺の見立てでは、ルナス島は王都であれば軽く二十は収まってしまうほどのとんでもない大きさをしているのだ。
その部分ごとに、ターミナルであったり赤い大地であったり、あの地下空間であったりと様々な環境が点在している。
一つ所に時間を掛けて考察ばかりしていても、始まらないだろう。
これは確かに、村人たちが数十年掛かってもあの村から出ることもできず、外部から島を見つけた者たちもここを征服できないはずだ。
「ベヘモスを攻略し、甘いのと酸っぱいのの両方の木を確保する。これをターミナルに植えるか、あるいは赤い大地を解放したところで栽培し……その頃には新しい転送装置が出現してると思うんだ。これを使って次の土地にだな」
「うーわー! 大忙しですよおじさま!!」
そう。
この島暮らし、やたらと忙しいのだ。
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