第88話「虎が、次の目的地を選ぶ」
翌朝、
宿の食堂で朝食をとりながら、
虎は地図を広げていた。
ステラ「今日は、決めるのですか」
虎「そろそろな」
虎はしばらく地図を眺めた。
虎(月文明の手がかりは、一つ見つかった)
虎(だが、まだ全部ではない)
……………………………………………………………………………………………
ステラが、
地図の端を指差した。
ステラ「アショカの柱の記録には、他の拠点についての言及も、あるかもしれません」
虎「クリスが、整理し終わるまで、わからないな」
ステラ「気長に、待ちましょう」
虎はうなずいた。
虎「それなら、その間、別の目的で動くか」
……………………………………………………………………………………………
朝食に出てきたのは、
この街らしい、
具沢山のスープと、
分厚いパンだった。
虎は一口飲んだ。
虎「……」
久しぶりに口にする、
街の味だった。
香辛料の効いたスープが、
荒野で食べていたものとは、
比べ物にならないほど、
複雑な旨みを持っていた。
パンも、
柔らかくて、
噛むほどに小麦の甘みが広がる。
虎「……うまい。街の飯は、やっぱり違うな」
ステラも一口飲んだ。
ステラ「……確かに、体に染み渡ります」
……………………………………………………………………………………………
朝食を終えると、
ギルドに顔を出すことにした。
受付が、
虎を見て、
少し驚いた顔をした。
受付「お帰りなさい。未開拓地帯からの、生還者は珍しいですよ」
虎「大した苦労じゃなかった」
受付が、
書類を確認しながら言った。
受付「ちょうど、新しい依頼が、いくつか出ています。しばらく、この街に滞在されますか」
虎「そのつもりだ」
……………………………………………………………………………………………
掲示板には、
色々な依頼が貼られていた。
ステラが、
それを一枚ずつ確認していった。
ステラ「魔物討伐、護衛依頼、それから……」
ステラが、
一枚の紙で、
手を止めた。
ステラ「これは」
……………………………………………………………………………………………
紙には、
『南方の島々、未確認遺跡調査』
と書かれていた。
虎「遺跡、か」
ステラ「月文明の痕跡かもしれません」
虎はその依頼票を、
じっと見つめた。
虎(面白そうだ)
虎(だが、確証はない)
……………………………………………………………………………………………
受付に、
詳しい話を聞いた。
受付「南の島々で、最近、見慣れない構造物が、いくつか、発見されているんです。詳細は不明ですが」
虎「行く価値はありそうだな」
受付「危険度は、中程度です。Bランク以上を、推奨しています」
……………………………………………………………………………………………
虎は少し考えてから言った。
虎「他に、候補はあるか」
ステラ「北にも、気になる噂があります。古い神殿の話ですが」
ステラが、
別の掲示物を、
指差した。
ステラ「こちらは、もう少し、危険度が低いようです」
……………………………………………………………………………………………
虎はしばらく、
二つの依頼票を、
見比べた。
虎(南は、海を渡る。北は、また山道か)
虎(どちらも、面白そうだが)
虎「南にしよう」
ステラ「理由は」
虎「海が、いい気分転換になる」
……………………………………………………………………………………………
ステラが、
少し笑った。
ステラ「……単純な理由ですね」
虎「それが、一番わかりやすい」
受付が、
依頼書を渡しながら言った。
受付「南方の島々には、船で向かうことになります。港まで、数日かかりますが」
虎「構わない」
……………………………………………………………………………………………
ギルドを出て、
街を歩きながら、
虎はふと立ち止まった。
以前、
ワルたちと戦った、
屋上庭園の入り口が見えた。
ステラ「懐かしいですね」
虎「そうだな」
案内係が、
ちょうど近くを通りかかった。
案内係「おっ、また来たのか」
虎「南の島に向かう」
……………………………………………………………………………………………
案内係が、
興味深そうに言った。
案内係「南の島か。あそこは、この街の連中でも、あまり行かない場所だぞ」
虎「だから、面白そうなんだ」
案内係「相変わらずだな、あんた」
案内係が笑いながら、
虎の肩を、
軽く叩こうとして、
届かずに終わった。
……………………………………………………………………………………………
案内係「気をつけてな。また、戻ってきたら、教えてくれ」
虎「そうする」
案内係が、
去っていく背中を、
虎はしばらく見送った。
虎(この街には、何度も、世話になったな)
……………………………………………………………………………………………
昼過ぎ、
出発前の腹ごしらえに、
市場の屋台に寄った。
でこぼこ饅頭の店主が、
虎に気づいて声をかけてきた。
店主「おお、また旅立つのか」
虎「南の島だ」
店主「また、うまいもん、探しに行くんだな」
……………………………………………………………………………………………
店主が、
新作らしい串焼きを、
差し出してきた。
虎は一口食べた。
虎「……」
海鮮の出汁が、
香ばしく焼き上げられた表面に、
染み込んでいた。
噛むと、
魚介の旨みと、
炭の香りが、
一緒に広がってくる。
これから向かう海への、
前触れのような味だった。
虎「……うまい。南の島の準備に、ちょうどいい味だ」
店主「だろ。旅立ちには、こういう味がいいんだよ」
……………………………………………………………………………………………
ステラも一口食べた。
ステラ「……確かに、海の予感がします」
店主が、
包みを追加で渡してきた。
店主「これも、持っていけ。日持ちするやつだ」
虎「ありがとう」
……………………………………………………………………………………………
夕方、
港へ向かう準備を終えて、
宿に戻った。
ステラが、
荷物を整理しながら言った。
ステラ「南の島、初めての場所ですね」
虎「新しい景色は、いつも面白い」
虎は窓の外を見た。
虎(クリスがいないのは、少し寂しいが)
虎(あいつも、あいつの旅を、始めている)
……………………………………………………………………………………………
夜、
虎は寝る前に、
もう一度、
南方の島々の地図を、
確認した。
ステラが隣で言った。
ステラ「虎様、楽しみですか」
虎「ああ」
ステラ「私も、楽しみです」
虎は地図を畳んだ。
虎(月文明の痕跡が、また一つ、見つかるかもしれない)
虎(それとも、全く別の、面白いものに、出会うかもしれない)
……………………………………………………………………………………………
窓の外に、
星が瞬いていた。
ステラが、
静かに言った。
ステラ「おやすみなさい、虎様」
虎「ああ、おやすみ」
明日からの、
新しい旅の始まりを、
夜が静かに、
包んでいた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ステラ「次回予告です」
虎「ああ」
ステラ「南の島、決まりましたね」
虎「海が、いい気分転換になる」
ステラ「北の神殿も、気になりましたが」
虎「また今度、行けばいい」
ステラ「案内係の方も、見送ってくれましたね」
虎「あの人、変わらないな」
ステラ「……おおむね、次の旅も、楽しみです」
虎「おおむね、か」
ステラ「おおむね、です」
虎「次の予告をしてくれ」
ステラ「次回、『虎が、南の海へ出る』」
虎「久しぶりの、船旅だな」
ステラ「はい。楽しみですね」




