第86話「虎が、ミイラと語り合う」
広間の隅に三人と一人で腰を下ろした。
ミイラはまだ短剣を手放してはいなかったが、
先ほどより警戒は緩んでいた。
虎「もう少し、話を聞きたい」
ミイラ「……何をだ」
クリスが静かに口を開いた。
クリス「お前は、月から、来たのか」
ミイラ「……そうだ」
ミイラが少しずつ語り始めた。
ミイラ「月文明は、資源が、限られていた。だから、いくつかの拠点を、地上に作った」
虎「この柱も、その一つか」
ミイラ「そうだ。私は、その、管理者だった」
ミイラ「文明が、衰退していく中で、この柱に、記録を残すことを、命じられた」
クリス「……記録」
ミイラ「地上での、私たちの、活動記録だ」
虎(アショカの柱、そのものが記録の集積場所だったのか)
虎(司書たちが探していたものが、ここにある)
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クリスがミイラをじっと見つめた。
クリス「私も、月に関わる存在だ。三千年、別の場所で、封じられていた」
ミイラ「……三千年」
ミイラの目に初めて強い興味の色が浮かんだ。
ミイラ「お前も、記録を、託されたのか」
クリス「わからない。私自身の記憶は、断片的だ。ただ、宮殿を守っていた」
ミイラがクリスに少し近づいた。
ミイラ「……お前の中に、私が知らない、記録があるかもしれない」
クリス「その逆も、あるだろう」
虎はその様子を見ながら考えた。
虎(この二人、話が合いそうだな)
虎(同じ立場を経験した者同士だ)
ステラも静かにその光景を見守っていた。
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ミイラが虎に向かって言った。
ミイラ「お前たちは、この記録を、どうする気だ」
虎「街の図書館に、持ち帰るつもりだった」
ミイラの表情が少し険しくなった。
ミイラ「……この記録は、まだ、全部は、読み解けていない」
虎「そうなのか」
ミイラ「私にも、わからない部分が、多い。長い間、一人で、ここにいたから」
虎(一人で抱え続けていたのか)
虎(それは確かに大変だっただろうな)
クリスが静かに言った。
クリス「……私が、手伝おうか」
ミイラ「……」
ミイラがクリスを見た。
その視線に戸惑いと、
かすかな期待が混ざっているように虎には見えた。
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ステラが荷物から残っていた食料を、
また取り出した。
今度は森で採った木の実を温めて出した。
虎は一口食べた。
虎「……」
森で食べた時の、
爽やかな酸味に温めたことで少し丸みが加わっていた。
長い旅の記憶が、
その一口に詰まっているような気がした。
虎「……うまい。旅の終わりに、食べるには、いい味だ」
ステラも一口食べた。
ステラ「……確かに、しみじみとした味です」
ミイラもおそるおそる一つ受け取った。
ミイラ「……」
一口かじってしばらく黙っていた。
ミイラ「……こういう味は、月には、なかった」
虎「そうか」
ミイラ「……悪くない」
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しばらく四人で静かに食事を続けた。
やがてクリスが虎の方を向いて言った。
クリス「……虎、話がある」
虎「聞こう」
クリス「私は、ここに、残ろうと思う」
ステラ「……」
虎は少しの間クリスを見つめた。
虎「……そうか」
クリス「この柱には、まだ、解読していない記録が、山ほどある。それに」
クリスがミイラを見た。
クリス「彼女一人で、抱えるには、大きすぎる。私が、手伝いたい」
ミイラが少し驚いた顔をした。
ミイラ「……私は、頼んでいない」
クリス「頼まれなくても、決めた」
虎(クリスらしい決め方だ)
虎(あいつはいつも自分で答えを出す)
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ステラが静かに聞いた。
ステラ「……クリスさん、寂しくは、ないのですか」
クリス「寂しさより、興味の方が、大きい」
クリスが少し笑った。
クリス「……それに、いつか、また、会える」
虎「そうだな」
虎はクリスに向かって言った。
虎「無理は、するな」
クリス「お前にだけは、言われたくない」
虎が少し笑った。
虎「……確かに」
ミイラが虎とステラを交互に見た。
ミイラ「……お前たちは、私を、信用しすぎではないか」
虎「クリスが、信用したなら、それでいい」
ミイラ「……」
ミイラはそれ以上何も言わなかった。
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夕方近く、
虎とステラは塔を出る準備を始めた。
クリスが荷物の中から自分の杖を確認していた。
クリス「……この杖は、ここでの研究に、使う」
虎「役に立つといい」
ステラがクリスに小さな布包みを渡した。
ステラ「保存食です。しばらくは、これで」
クリス「……ありがとう」
クリスがその包みを大切そうに受け取った。
虎とクリスは少しの間、
黙って向き合った。
虎「また、会おう」
クリス「ああ」
虎は軽くクリスの肩に手を置いた。
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塔の入り口までミイラが見送りに来た。
ミイラ「……感謝は、しない」
虎「それでいい」
ミイラ「だが、悪くは、なかった」
虎(素直じゃないな)
虎(それも悪くない)
塔の外に出ると、
夕日が荒野を赤く染めていた。
ステラが振り返って塔を見上げた。
ステラ「……クリスさん、大丈夫でしょうか」
虎「大丈夫だろう。あいつは、自分で決めた」
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虎とステラ、
二人だけの旅がまた始まった。
虎(三千年の空白を埋める場所を見つけたんだろう)
虎(それもあいつなりの旅の続きだ)
ステラが虎の隣を歩きながら言った。
ステラ「虎様、次は、どこへ」
虎「わからない。だが、面白い場所を、探そう」
荒野の向こうに夕日が沈んでいく。
塔がシルエットになって遠ざかっていった。
二人の影が地面に長く伸びていた。
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ステラ「次回予告です」
虎「ああ」
ステラ「クリスさん、決断しましたね」
虎「あいつらしい選択だった」
ステラ「また、二人旅に、戻りましたね」
虎「久しぶりだな」
ステラ「……少し、寂しいですが」
虎「また会える」
ステラ「……おおむね、そう信じています」
虎「おおむね、か」
ステラ「おおむね、です」
虎「次の予告をしてくれ」
ステラ「次回、『虎が、荒野を戻る』」
虎「街に、戻るだけの話だがな」
ステラ「はい。楽しみですね」




