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虎無双、虎無双。  作者: BB
1章

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8/10

第8話「虎が、依頼を選ぶ」

朝のギルドは、

昨日より人が多かった。


掲示板の前に人だかりができていて、

何枚か新しい依頼が貼られているらしい。


虎はその端に立って、

ざっと眺めた。


ステラ「虎様、気になるものはありますか」

虎「どれも似たようなものだな」

ステラ「魔物討伐が多いですね。このあたりは森が深いので」

虎「強いのはいるか」

ステラ「Bランク相当の依頼が二件あります」

虎「それにしよう」


ステラが依頼票を手に取った。


ステラ「北の森で、魔狼の群れが出るという依頼です。三頭以上の目撃情報があります」

虎「行くか」


二人で支度をして、

ギルドを出た。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


北の街道は、

街を出るとすぐに木々が深くなった。


人通りが減る。

鳥の声が増える。

足元の土が柔らかくなる。


虎は歩きながら、

あたりの気配を読んでいた。


ステラ「魔狼の反応は今のところありません」

虎「ああ。だが別の気配がある」

ステラ「……人間ですか」

虎「複数だ。あっちの方向から」


虎は足を止めた。


道から外れた方向、

森の奥から、

かすかな音がしていた。


金属がぶつかる音。

それから、

誰かの息が詰まる音。


虎「行く」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


木々をかき分けて進むと、

小さな空き地に出た。


そこに、

四人の男が立っていた。


覆面はしていないが、

全員が黒い外套を着ている。

手に武器を持っている。


その中心で、

一人の少女が膝をついていた。


短い黒髪。

片手で剣を支えて、

もう片方の手で脇腹を押さえている。


虎「……ミオ」


ミオが顔を上げた。


水色の瞳が、

驚きに揺れた。


ミオ「……虎、なんで」


男の一人が振り返った。


黒外套の男「邪魔が入ったか。始末しろ」


二人がこちらに向かってきた。


虎は一歩、前に出た。


どごん。


一人目の剣ごと、

腕で払った。

男が木に叩きつけられて、

動かなくなった。


二人目が横から斬りかかった。

虎は避けずに受けた。

刃が、虎の腕で止まった。

折れた。


二人目が後退する。


残り二人が、

ミオに向かっていた。


ステラが動いた。


音もなく二人の間に入り込んで、

一人の手首を取って投げる。

もう一人の剣を、

するりと外して、

肘で打った。


二人が地面に転がった。


静かになった。


ミオ「……速かった」

ステラ「お怪我は」

ミオ「……脇腹を少し。大したことはない」

虎「見せろ」


ミオが渋々、

手をどけた。

布が裂けていて、

赤くなっている。


虎「大したことある」

ミオ「……平気だ」

ステラ「処置します」


ステラが荷物から布と薬を取り出した。

ミオは黙って、

されるがままになっていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


処置が終わると、

三人は倒木に腰を下ろした。


虎「黒牙?」

ミオ「……ああ」


ミオは外套の一つを指した。


ミオ「黒い外套に、牙の紋章。間違いない」

ステラ「黒牙、ですね。東側で最近名前が出始めた組織です。表向きは商会ですが」

ミオ「……知ってるのか」

ステラ「街に着いてから、おおむね把握しています」


ミオが目を細めた。


ミオ「……三年前に、私の村が焼かれた。黒牙がやった」


虎は黙って聞いた。


ミオ「生き残りは私だけだった。ずっと追っていた。ギルドに入ったのも、情報を得るためだ。この街に幹部が来ていると聞いて、一人で来た」

虎「それで、こうなったか」

ミオ「……尾けていたら、気づかれた。詰めが甘かった」


ミオは膝の上で、

拳を握った。


ミオ「……一人では、限界があった」


水色の瞳が、

地面をまっすぐ見ていた。


虎「ミオ」

ミオ「何だ」

虎「一緒に動くか」


ミオが顔を上げた。


虎「黒牙とやらは、俺も気になる」

ミオ「……なぜだ。お前には関係ない話だろ」

虎「面白そうだから」


ミオはしばらく虎を見た。


ミオ「……それだけか」

虎「それだけだ」


虎は立ち上がって、

森の奥を見た。


虎(この世界には、まだ強くなれる人間がいる。うまい飯を作れる人間がいる。その可能性をつぶして回る連中は、俺が面白くない)


口には出さなかった。


ステラが、

虎の横顔にそっと視線を注いだ。


それから、

何も言わずに前を向いた。


ミオ「……わかった。頼む」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


街に戻ると、

ステラが食堂に寄った。


しばらくして、

包みを抱えて戻ってきた。


ステラ「この店の看板料理を買ってきました」


包みを開くと、

平たいパンに、

煮込んだ豆と香草を炒めた具材が挟まれていた。


三人で、

宿の前の段差に腰を下ろした。


虎は一口食べた。


虎「……」


豆の甘みと、

香草の青い香りが最初に来る。

パンがもちっとしていて、

具材の旨みを吸っている。

噛むほどに、

豆の粒々した食感と、

煮込みの濃い味が混ざり合う。

香辛料が隠し味に効いていて、

食べ終わった後も、

口の中に余韻が残った。


虎「……うまい」

ミオ「……確かに」


ミオがふと、

ステラを見た。


ミオ「……お前は食べないのか」

ステラ「私は構造上——」


ステラは少し間を置いた。


ステラ「……実は、最近わかったのですが」

虎「何がだ」

ステラ「食べられます」

虎「……今まで食べなかったのは」

ステラ「必要がないと思っていました。ですが、虎様が毎回うまそうに食べているので」

虎「……気になったのか」

ステラ「……おおむね、そうです」


ミオが無言で、

自分の包みの半分を、

ステラに差し出した。


ミオ「食え」

ステラ「……よろしいのですか」

ミオ「買ってきたのはお前だろ。自分の分がないのはおかしい」


ステラはしばらく、

差し出された包みを見た。


それから、

そっと受け取った。


一口、食べた。


ステラ「……」


もう一口。


ステラ「……これが、味というものですか」

虎「そうだ」

ステラ「豆の甘みが、最初に来ます。それから香草の香りが……パンが、旨みを全部吸っていて……」


ステラは少し黙った。


ステラ「……うまいです」

虎「そうだろ」


ミオが、

ほんの少しだけ、

口の端を上げた。


夕暮れの街に、

灯りがともり始めていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


食べ終わると、

ミオが静かに口を開いた。


ミオ「……黒牙のことで、話がある」


虎「聞かせろ」


ミオ「この街の地下に、古代の遺跡がある。知っているか」

ステラ「記録にあります。数百年前に封印されたと」

ミオ「……その遺跡の中に、古代の魔法兵器が眠っている。黒牙はそれを起動させようとしている」


虎「魔法兵器」


ミオ「……三年前、黒牙の男たちが話しているのを聞いた。『起動すれば街一つ消える』と。当時は信じられなかった。だが、黒牙を追ううちにわかってきた。あれは本当の話だ」


ステラ「街一つ、ということは……」

ミオ「この街の人口は八万だ。全員が消える」


沈黙が落ちた。


虎「なぜこの街を狙う」

ミオ「……そこまではまだわからない。ただ」


ミオは少し言葉を選んだ。


ミオ「黒牙が単独で動いているとは思えない。もっと大きな何かが、後ろにある気がする。古代兵器の暴走なら、誰がやったか証拠が残りにくい。そういう形での壊滅を望む者が、どこかにいるんじゃないかと」

ステラ「……黒牙は、駒に過ぎない可能性があると」

ミオ「あくまで推測だ。証拠はない」


虎はしばらく黙った。


虎「鍵になるものを、集めているんだろうな」

ミオ「……よくわかったな」

虎「でなければ、もう動いている」

ミオ「……そうだ。この街の周辺で、古い遺物の盗難が相次いでいる。おそらく起動のための鍵を集めている。あと少しで揃う気がする。黒牙が焦っているのが、気配でわかる」


ステラ「ギルドの偽依頼で冒険者を街の外に出し、その隙に動く」

ミオ「……おそらく」


夕暮れの光が、

石畳に長い影を作っていた。


ミオ「……詳しい動き方は、もう少し情報を集めてから決めたい。明日、改めて動く」

虎「わかった」


ミオは立ち上がった。


ミオ「……一つ聞いていいか」


ミオが虎を見た。


ミオ「お前は、なぜそこまで協力する。面白そうだから、というだけじゃないだろ」


虎は少し間を置いた。


虎「面白そうだから、だ」

ミオ「……」

虎「それ以上でも、それ以下でもない」


ミオはしばらく虎を見た。

それから、

小さく息を吐いた。


ミオ「……そうか」


ステラが、

また虎の横顔に視線を注いだ。


一瞬だけ。


それから、

静かに前を向いた。


ミオ「……休む。明日、早く動く」

虎「ああ」


ミオが宿の中に入った。


夜風が吹いた。


虎「ステラ」

ステラ「何でしょう」

虎「古代兵器というのは、強いのか」

ステラ「……街一つを消せるなら、相当かと」

虎「そうか」


虎は空を見上げた。


星が、

一つずつ出始めていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


一方、その頃。


街の外れの、

目立たない建物の一室。


黒い外套を着た男たちが、

数人集まっていた。


その中心に、

一人だけ外套を着ていない男がいた。


銀色の髪が、

羽のように軽く広がっている。

褐色の肌。

平均的な背丈だが、

立っているだけで空気が変わる。

顔立ちは少年のように幼いが、

猛禽類を思わせる目が、

その印象を裏切っていた。

静かに、

鋭く、

何かを測るように細められている。


部下の一人が報告した。


部下「監視役の四人が、森でやられました。相手は二人。一人は虎のような獣人、もう一人は人形です」


男は窓の外を見たまま、

黙っていた。


部下「追跡中の女も、そちらに合流した模様です。三人組になっています」

部下「どうしますか。数を増やして——」


男が静かに手を上げた。


それだけで、

部下が口を閉じた。


男「……獣人と、人形か」


男は少し考えるように、

顎に手を当てた。


それから、

口の端を上げた。


男「面白い」


声に、

不思議な響きがあった。

低くも高くもない。

だが一度聞いたら、

忘れられないような声だ。


部下「……どうされますか」

男「僕が行く」

部下「え、しかし——」

男「直接見た方が早い。報告だけじゃ、わからないことがある」


男は窓から離れて、

薄い上着を羽織った。


男「作業は止めるな。すぐ戻る」


部下「……了解しました」


男は振り返らずに、

扉を開けた。


その横顔に、

かすかな笑みがあった。


少年のような顔に浮かぶそれは、

穏やかに見えて、

どこか底が見えなかった。


扉が、

静かに閉まった。


夜の街に、

銀色の髪が溶けていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ステラ「次回予告です」

虎「ああ」

ステラ「古代魔法兵器、というものがあるそうです」

虎「強そうだな」

ステラ「街一つが消えます」

虎「……それは、困る」

ステラ「珍しいですね、虎様が困ると言うのは」

虎「うまい飯屋がなくなる」

ステラ「……それが理由ですか」

虎「他に何がある」

ステラ「……おおむね、そういうことにしておきます」

虎「おおむね、か」

ステラ「次回、『虎が、黒牙と接触する』」

虎「どんな奴だ」

ステラ「……少年のような顔をしていました」

虎「強いのか」

ステラ「……目が、獲物を見る目でした」

虎「面白そうだ」

ステラ「虎様が面白そうと言う相手は、おおむね厄介です」

虎「褒め言葉だ」

ステラ「受け取り方が独特です」


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