第7話「虎が、東の街に着く」
東の街が見えてきたのは、
昼を少し過ぎたころだった。
丘の上から見下ろすと、
城壁に囲まれた大きな街が広がっている。
港町より賑やかそうだ。
煙が何本も立っていて、
風に乗って、
何かを焼く匂いがしてくる。
虎「大きいな」
ステラ「東側最大の商業都市です。人口はおおむね八万ほどかと」
虎「ほう」
ステラ「ギルドの支部も大きく、高ランクの冒険者も多いと聞いています」
虎「面白そうだ」
虎は丘を下り始めた。
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街の門をくぐると、
人と馬車と怒鳴り声が、
一度に押し寄せてきた。
露店が並んでいる。
行商人が声を張っている。
子供が走り回っている。
荷物を担いだ冒険者らしき人間が、
何人もいる。
虎「賑やかだ」
ステラ「お嫌いですか」
虎「嫌いじゃない」
人混みをゆっくり歩いた。
虎の体格は人間より大きいので、
自然と人波が割れる。
誰もが振り返って、
それからそっと目を逸らした。
虎「見られているな」
ステラ「虎様は目立ちます」
虎「そうか」
ステラ「気になりますか」
虎「いや」
虎は特に気にせず歩き続けた。
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ギルドの支部は、
街の中心にある大きな建物だった。
港町のものより広く、
受付が三つある。
冒険者が何人も出入りしていた。
受付「いらっしゃいませ。ご依頼ですか、それとも登録の確認でしょうか」
虎「登録証の移管をしたい。港町の支部で登録した」
受付「承りました。少々お待ちを……」
受付が登録証を確認して、
少し目を止めた。
受付「……虎様、ですか」
虎「ああ」
受付「クラーケン戦の件、こちらにも報告が来ています。一次試験での活躍として、記録に残っています」
虎「そうか」
受付「移管は問題ありません。ランクEのままですが、こちらの支部でも受付可能です」
手続きが終わった。
ステラ「次の依頼は、どうされますか」
虎「急がない。少し街を見る」
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街をぶらぶらと歩いた。
武器屋、薬屋、食堂、宿。
一万年前にはなかったものが、
あちこちにある。
虎「魔道具というのは、昔はなかったな」
ステラ「発展したのでしょう」
虎「便利そうだ」
ステラ「虎様は使いますか」
虎「必要があれば」
ある路地で、
人だかりができていた。
野次馬が輪を作っていて、
中心で何かが起きているらしい。
怒鳴り声がする。
虎「何だ」
背伸びするまでもなく、
人垣の奥が見えた。
大柄な冒険者が、
若い行商人の男を壁に押しつけている。
大柄な男「言っただろ。この通りは俺たちの縄張りだって。通行料を払えと言っている」
行商人「そんな話は聞いていません……! 放してください……!」
大柄な男「聞いていないのはお前の勉強不足だ」
野次馬が、
誰も動かない。
関わりたくないらしい。
虎はしばらく見ていた。
ステラ「虎様」
虎「わかってる」
虎は人垣をかき分けて、
中に入った。
大柄な男が振り返った。
大柄な男「なんだ、お前」
虎「うるさかった」
大柄な男「あ?」
虎「通行料とやらを、払ってやろうか」
大柄な男が、
虎の体格をじっと見た。
それから後ろにいる仲間を確認した。
三人いる。
大柄な男「……面白いこと言うじゃないか」
男が拳を振り上げた。
虎は動かなかった。
拳が虎の胸に当たった。
どん、という音がした。
男の手の方が、
赤くなった。
大柄な男「……っ」
男が手を押さえた。
仲間三人が、
顔を見合わせた。
虎「通行料は、これで足りるか」
誰も動かなかった。
それからゆっくりと、
四人は路地の奥に消えた。
行商人「あ、あの……ありがとうございます……!」
虎「気にするな」
野次馬がざわめいた。
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路地を出ると、
ステラが虎の隣に並んだ。
ステラ「虎様」
虎「何だ」
ステラ「助けたのですか」
虎「うるさかったから来ただけだ」
ステラ「……そうですか」
虎「何だ」
ステラ「いいえ」
ステラは前を向いた。
ステラ「……よかったと思います。それだけです」
虎「……そうか」
二人は大通りに戻った。
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夕方になった。
ステラが一軒の食堂の前で立ち止まった。
ステラ「ここにしましょう」
虎「何がある」
ステラ「川魚の塩焼きが名物のようです。街に入るときに調べました」
虎「用意がいいな」
ステラ「いつものことです」
店に入ると、
炭の匂いがした。
囲炉裏のようなものが店の中央にあって、
串に刺した魚が、
ずらりと並んで焼かれている。
店主「いらっしゃい。今日は東川の若鮎が入ってますよ」
虎「それをもらう」
しばらくして、
焼き立ての鮎が運ばれてきた。
皮が薄く焦げて、
塩が白く浮いている。
虎は一口、食べた。
虎「……」
皮がぱりっとして、
中の身がふわりとほどける。
川魚特有の青い香りがあるが、
嫌な臭みは全くない。
塩が旨みを引き出していて、
噛むほどに、
淡い甘みが出てくる。
脂は少なく、
あっさりしているのに、
後味に旨みだけが静かに残る。
炭の香ばしさが、
最後にかすかに鼻を抜けた。
派手さはない。
ただ、きれいな味だった。
虎「……うまい」
店主「今朝釣れたやつですからね。新鮮なもんは塩だけで十分ですよ」
虎「そうだな」
虎は二本目に手を伸ばした。
ステラ「お口に合いましたか」
虎「ああ。よく選んだ」
ステラ「街に来たら、まず食べるものを調べます」
虎「……それは正しい順番だな」
ステラ「はい」
虎は三本目を食べながら、
窓の外を見た。
東の街の夜が、
始まろうとしていた。
灯りが一つ、
また一つと、
ともっていく。
虎「……この街には、強い奴がいるか」
ステラ「ギルドの記録では、B以上のランクの冒険者が十数名在籍しています」
虎「会ってみたいな」
ステラ「依頼を受ければ、自然と会えるかと」
虎「そうだな」
虎は鮎の骨を丁寧に外して、
また一口食べた。
悪くない夜だった。
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宿に戻る道を、
二人で歩いた。
夜風が涼しかった。
街の灯りが、
石畳に反射している。
虎「……ここは悪くないな」
ステラ「お気に召しましたか」
虎「賑やかだし、飯もうまい」
ステラ「しばらく拠点にしますか」
虎「そうするか」
ステラが少し間を置いた。
ステラ「虎様」
虎「何だ」
ステラ「路地の件ですが」
虎「もういいだろ」
ステラ「……はい」
それ以上、
ステラは何も言わなかった。
ただ、
少しだけ歩調が、
虎に寄った気がした。
虎は気づいたが、
何も言わなかった。
また、歩き続けた。
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ステラ「次回予告です」
虎「ああ」
ステラ「東の街、いかがでしたか」
虎「悪くなかった」
ステラ「路地の件も含めて、ですか」
虎「うるさかっただけだ」
ステラ「……おおむね、そういうことにしておきます」
虎「おおむね、か」
ステラ「おおむね、です」
虎「……次の予告をしろ」
ステラ「次回、『虎が、依頼を選ぶ』」
虎「何が来る」
ステラ「強い方々と、お会いできるかもしれません」
虎「それは楽しみだ」
ステラ「ご期待ください」
虎「お前に言われると、少し信用できる」
ステラ「……おおむね、正確です」
虎「おおむね、か」
ステラ「一度で結構です」




