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虎無双、虎無双。  作者: BB
1章

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5/10

第5話「虎が、初依頼を受ける」

ギルドの依頼掲示板は、朝から人でごった返していた。


紙が何十枚も貼られている。

魔物の討伐、荷物の護衛、迷子の捜索。

虎はその前に立って、ざっと眺めた。


コウ「どれにする? 俺は報酬が高いやつがいいな」

レン「最初からそれか」

コウ「合理的だろ」

ミオ「……」


しばらく、四人で掲示板を眺めた。


それからレンが、静かに口を開いた。


レン「……虎」

虎「何だ」

レン「俺たちは、ここで別れようと思う」


コウが頭を掻いた。


コウ「ギルド入ったら一緒に動くもんだと思ってたけど……俺らには俺らの目的があるし」

ミオ「……方向が、違う」


虎は三人を見た。


レンの目には、ギンという名前がある。

コウのへらっとした顔の奥に、

それでも曲げない何かがある。

ミオは相変わらず何も言わないが、

その目が、どこか遠くを向いていた。


虎「そうか」

レン「強くなったら、また会うだろ」

虎「ああ」

コウ「絶対また会いましょう! そのときは飯でも」

ミオ「……世話になった」


三人が掲示板から離れた。


人混みの中に、

三つの背中が消えていく。


ステラが虎の隣に並んだ。


ステラ「よろしかったのですか」

虎「何がだ」

ステラ「引き止めなくて」

虎「なぜ引き止める。自分で決めたんだろ」


虎は掲示板に目を戻した。


虎(面白くなってきた)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ステラが一枚の紙を指した。


ステラ「こちらはいかがでしょう。隣町への荷物護衛依頼です。報酬は並ですが、Eランク向きの難易度です」

虎「それにする」

ステラ「簡単なものでよいのですか」

虎「最初は勝手がわからん。簡単なのでいい」

ステラ「……承知しました」


荷主は、街の薬屋を営む老婆だった。

積み荷は薬草の束と、小さな木箱がいくつか。


老婆「よろしくお願いしますよ。山道を通るから、たまに盗賊が出るんでね」

虎「わかった」

老婆「二人だけですか? 心細くないですか」

ステラ「問題ございません」

老婆「……そうですかねえ」


馬車に荷物を積んで、出発した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


山道に入ると、木々が深くなった。

空が狭くなる。

風が涼しい。


ステラは馬車の荷台の端に座って、

道の両脇を黙って見ている。


虎は馬車の横を歩きながら、

あたりの気配を読んでいた。


……いるな


木々の奥。

複数の気配が、こちらに合わせて動いている。

荒削りで、粗い。

よくある盗賊の気配だ。


ステラが虎の隣に並んだ。


ステラ「虎様。左手の林、おおむね八名です」

虎「ああ。来させろ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


盗賊が出てきたのは、

道が細くなったところだった。


覆面をした男たちが、前後から現れる。

手に剣や棍棒を持っている。

数は八人。


盗賊の頭「止まれ。荷物を置いて行けば、命は取らない」


虎は馬車の前に出た。


虎「ステラ、下がってろ」

ステラ「……承知しました」


盗賊たちが顔を見合わせた。


盗賊A「一人で出てきたぞ」

盗賊B「なんだ、あいつ」


虎は特に構えなかった。

ただ立っているだけだ。


頭が剣を抜いた。

それを合図に、八人が一斉に動いた。


虎は一歩、前に出た。


どごん。


頭の剣が、虎の手のひらに止まった。

掴んでいた。


そのまま、横に払う。

頭が吹き飛んで、木に叩きつけられた。


残り七人。


二人が左右から棍棒を振り下ろす。

虎は両手でそれぞれ受けた。

棍棒が、砕けた。


虎「次」


三人目が斬りかかった。

虎は一歩踏み込んで、

肩で受けた。

男が弾き飛ぶ。


残り四人が、

一瞬、止まった。


虎「来ないのか」


四人が同時に逃げ出した。


虎は追わなかった。

倒れた四人を縛って、

馬車の後ろに括り付ける。


御者「……す、すごい」

虎「逃がした四人は追わなくていいか」

御者「い、いえ、捕まえた四人だけでも十分です……」


ステラが近づいてきた。


ステラ「お疲れ様です」

虎「大したことなかった」

ステラ「お怪我は」

虎「ない」


縛った四人の中に、

頭の男がいた。

覆面が外れかけている。


虎はそのまま、

特に気にせず先へ進んだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


一方、その頃。


道の脇の茂みの中。


逃げた四人のうちの一人が、

木の陰にもたれて座っていた。


覆面の下、

白い髪が汗で額に張りついている。


男「……危なかった」


男は自分の右手を見た。


虎が頭の剣を掴んだ瞬間。

その動きを見た瞬間に、

判断した。


あれに正面からぶつかれば、

こちらは終わる。

力量差が、気配だけで伝わってきた。


だから逃げた。


いや、正確には、

逃げるふりをしながら、

茂みに転がり込んで、

呼吸を止めた。


仮死だ。


衛兵が後で来ても、

脈のない人間を生死判定するのは難しい。

そのまま見過ごされれば、

好きなときに立ち去れる。


男「……」


男は静かに息を吐いた。


虎の戦い方を反芻する。

構えがない。

読みがない。

ただ、そこにいるだけで、

全てが終わっていた。


一万年の重さが、

あの立ち姿にあった。


男「面白い」


男は小さく笑って、

目を閉じた。


衛兵が来るまで、

もうしばらく死んでいる必要がある。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


隣町に着いたのは夕方だった。


老婆「ありがとうございます。盗賊も捕まえてくれて」

虎「四人逃がした」

老婆「いえいえ、四人も捕まえてくれれば十分ですよ。せめてこれを」


老婆は包みを差し出した。

開けると、干した果物と、小さな瓶が入っていた。


老婆「果実酒です。隣町の名物でね。よかったら」


その夜、

隣町の宿で、虎一人で飲んだ。

ステラは隣に座って、静かに見ている。


果実酒は、深い赤色をしていた。

虎は一口含んだ。


虎「……」


甘い。

だが嫌な甘さじゃない。

果物の自然な甘みに、

ほのかな酸味が混ざっている。

後から、じんわりとした温かさが喉を下りていく。

香りは花のようで、

飲み終わったあとも、

口の中にほんのり残った。

重くなく、

飲むほどに、

体の芯が静かに温まっていくような酒だった。


虎「……うまい」

ステラ「よかったです」

虎「お前は飲まないのか」

ステラ「私は構造上、飲めません」

虎「そうか。残念だな」

ステラ「虎様がうまそうに飲んでいるので、おおむね満足です」

虎「おおむね、か」

ステラ「おおむね、です」


静かな夜だった。

宿の窓から、星が見えた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


街に戻った翌日、

ギルドで受付に呼び止められた。


受付「昨日の依頼、お疲れ様でした。実は、捕まえた盗賊の件で少し」

虎「何だ」

受付「逃げた四人のうち、一人が道の茂みで倒れているのを衛兵が見つけたそうで。ところがしばらくして確認しに行ったら、消えていたと」

虎「ほう」

受付「脈もなかったらしいんですが……目撃者によると、自分で立って歩き去ったと」

虎「死んでいたのに?」

受付「それが……捕まった四人の一人が白状しまして。その男の名は、ギン、と」


虎は少しの間、黙った。


受付「ご存知ですか?」

虎「噂は聞いた」

受付「Sランク最上位の伝説の冒険者が、なぜ盗賊に紛れていたのかは不明ですが……おそらく虎さんを試しに来たのではないかと、ギルドは見ています」


虎はもう一度、黙った。


それから、


虎「……」


口の端が、上がった。


受付「……あの、笑っておられますが」

虎「ああ。笑っている」

ステラ「虎様」

虎「何だ」

ステラ「逃げた四人の中に、そのような人物がいたとは」

虎「気づかなかった」

ステラ「珍しいですね」

虎「ああ」


虎はそのまま、

また口の端を上げた。


虎「俺の目を欺いた人間が、いたか」


受付「……あの」

虎「うれしいんだ。気にするな」


受付が、困った顔のまま黙った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ギルドを出ると、

空が広かった。


ステラ「ギンと虎様が会うことは、当分ないでしょうね」

虎「そうだな」

ステラ「残念ですか」

虎「いや」


虎は立ち止まって、

遠くを見た。


虎「楽しみが、増えた」


翌朝、虎は宿を出た。

ステラが隣に並ぶ。


ステラ「方角はお決まりですか」

虎「面白そうな方へ」

ステラ「基準が大雑把です」

虎「お前が決めていい」

ステラ「……では、東です。強い気配が、おおむね東にあります」

虎「それでいい」


風が吹いた。

草の匂いがした。


空が青かった。

一万年前と同じ青さだ。

だが今は、その下に、

自分の目を欺いた人間がいる。


虎「……悪くない」


また、歩き出した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ステラ「次回予告です」

虎「ああ」

ステラ「虎様、ギンに気づかなかったのは」

虎「何だ」

ステラ「私も気づきませんでした」

虎「そうか」

ステラ「おおむね、不覚です」

虎「おおむね、か」

ステラ「おおむね、です」

虎「……まあ、それでいい」

ステラ「次回、『虎が、身体を洗う』」

虎「不穏なんだが」

ステラ「虎様なら、問題ないでしょう」

虎「それだけか」

ステラ「読んでからのお楽しみです」

虎「お前、最近こなれてきたな」

ステラ「虎様の影響かと」

虎「……責任を感じる」

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