第45話「虎が、次の旅を始める」
ホロウベルを出て、
数日歩いた。
ステラ「虎様」
虎「何だ」
ステラ「毛並みが、傷んでいます」
虎は自分の腕を見た。
虎「……そうか」
ステラ「畑の調査で走り回りましたし、墓地も歩きました。ホロウベルは霧が多かったので、湿気も溜まっているかもしれません」
虎「洗うか」
ステラ「はい。久しぶりですね」
クリスが、
虎の隣を歩きながら、
自分の新しい手を見た。
クリス「……私も、体があると、汚れるものなのか」
ステラ「体があれば、汚れます。当然のことです」
クリス「……なるほど。生きているというのは、面倒なことだな」
虎「面倒だが、悪くない」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
しばらく歩くと、
森の中に、
小さな泉があった。
ステラ「地図に載っていました。近くに水源があると」
岩に囲まれた泉で、
水が澄んでいた。
ステラ「ここで洗いましょう」
虎「わかった」
ステラが泉の前に立って、
手をかざした。
小さな炎が、
指先に灯る。
ステラ「簡易式の火魔法です。水温を調節します」
泉の表面が、
じわじわと白い湯気を立て始めた。
虎「……この手順、久しぶりだな」
ステラ「はい。虎様を洗うのは、久しぶりです」
クリスが、
興味深そうに見ていた。
クリス「……水浴びというものか」
ステラ「はい。クリスさんも、入りますか」
クリス「……体があるなら、経験してみたい」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ステラが荷物から、
布を取り出した。
ステラ「街で買っておきました。水浴び用の服です」
一枚をクリスに渡し、
もう一枚を自分で着た。
クリスが、
戸惑いながら袖を通した。
クリス「……これで、いいのか」
ステラ「はい。動きやすいように作られています」
虎はマントを外して、
泉に入った。
最初は岩の端に座って、
腕だけ浸けていた。
ステラ「もう少し深く入っていただけますか」
虎「わかっている」
虎は泉の中央まで入った。
温かい湯が、
体を包んだ。
ステラが泉の脇に来て、
石鹸のようなものを手に取った。
ステラ「洗います」
虎「頼む」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ステラの手が、
背中を丁寧に洗っていく。
虎(この感触も、久しぶりだ)
虎(旅の途中、色々あって、こういう時間が減っていた)
クリスは、
泉の浅い部分で、
水面を手でぱしゃぱしゃと叩いていた。
クリス「……面白いな、これは」
ステラ「クリスさんは、初めての水浴びですね」
クリス「三千年、体がなかったからな」
クリスが水を掬って、
自分の頭にかけた。
クリス「……冷たい。だが、悪くない」
虎はしばらく、
その様子を眺めていた。
虎(この街で仲間が増えて、こういう風景も増えた)
虎(一万年前には、想像もしなかった光景だ)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ステラが、
虎の毛並みを丁寧に洗い終えた。
ステラ「もう一度、流します」
虎「頼む」
泉の水が、
すすがれるように、
虎の毛並みを流れていった。
ステラ「……やはり、相当な汚れでした」
虎「そうか」
クリスが、
虎に近づいてきた。
クリス「……毛並み、触ってもいいか」
虎「構わない」
クリスが、
小さな手で、
虎の腕の毛に触れた。
クリス「……ふわふわしている」
虎「洗った後だからな」
クリス「三千年、こういう感触を知らなかった」
虎(骨だけの存在には、こういう感触も新鮮なんだろう)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
洗い終わると、
ステラが布を差し出した。
虎が泉から上がって、
身体を拭いていると、
ステラ「乾かします」
ステラが再び手をかざした。
温かい風が、
虎の全身に向かって吹き始めた。
クリスも、
自分の髪を触りながら、
風に当たった。
クリス「……髪も、乾かせるのか」
ステラ「はい。虎様と同じ要領です」
金色の髪が、
風に揺れて、
さらりと乾いていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
泉のそばで、
軽く食事をとることになった。
ステラが荷物から、
携帯食と、
道中で買った果物を取り出した。
虎は果物を一口食べた。
虎「……」
さっぱりとした甘みで、
水浴びの後の体に、
染み渡るような爽やかさがあった。
喉の渇きを潤しながら、
甘みだけが残っていく。
虎「……うまい」
ステラ「水浴びの後には、こういうものが合いますね」
クリスも、
一口食べた。
クリス「……甘い。それに、冷たい」
ステラ「泉の水で冷やしておきました」
クリス「三千年、味を知らなかった分、今、全部が新鮮だ」
虎(三千年分の遅れを、少しずつ取り戻しているんだろう)
虎(それも、悪くない)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夕方、
泉のそばで、
三人で座っていた。
毛並みが整った虎の体に、
夕日が当たっていた。
ステラ「虎様」
虎「何だ」
ステラ「次はどこへ向かいますか」
虎「決めていない」
ステラ「……いつも通りですね」
クリスが、
杖を軽く振って、
小さな光を出した。
クリス「……私にも、行きたい場所がある」
虎「言ってみろ」
クリス「月文明の痕跡を、他にも探してみたい。私が眠っていた宮殿以外にも、何かあるかもしれない」
虎(月文明、か)
虎(面白そうだ)
虎「いいな」
ステラ「では、月文明の手がかりを探しながら、旅を続けましょうか」
クリス「……ありがとう」
虎は立ち上がって、
体を伸ばした。
虎「行くか」
ステラ「はい」
クリス「うむ」
三人で、
また歩き出した。
夕日が、
森の向こうに沈んでいった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ステラ「次回予告です」
虎「ああ」
ステラ「毛並み、綺麗になりましたね」
虎「久しぶりに洗った甲斐があった」
ステラ「クリスさんも、初めての水浴び、楽しそうでした」
クリス「……悪くない経験だった」
虎「次は月文明の手がかりを探す旅だな」
ステラ「はい。どこから調べますか」
虎「情報を集める必要がある」
ステラ「大きな街の図書館などが、いいかもしれません」
虎「そうだな」
ステラ「次回、『虎が、手がかりを探す』」
虎「地道な旅になりそうだ」
ステラ「地道な旅も、悪くないと学びました」
虎「そうだな」
クリス「……私も、手伝う」
虎「頼りにしている」
ステラ「……三人での旅、賑やかになりそうです」
虎「そうだな」




