第44話「虎が、畑を守る」
翌朝、
役場に町長が待っていた。
疲れた顔をしていたが、
目には光があった。
町長「昨夜、議会で話し合いました」
虎「結果は」
町長「畑の三分の一を残し、残りを住宅地にする案が、可決されました」
ステラ「……賛成が多かったのですか」
町長「ダンカン殿の話を聞いた者たちが、強く後押ししてくれました。街のために命を落とした農夫の想いを、無下にはできないと」
虎(一人で抱えていた想いが、伝わったか)
虎「畑の場所は、決まったのか」
町長「はい。もっとも土が良い区画を、残すことになりました。ちょうど、ダンカン殿が最後まで守ろうとしていた、水路のある辺りです」
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再び、
通話専用の部屋に入った。
クリスが、
受話器を持ち上げて、
ダイヤルを回した。
カラ、カラ、カラ。
『……来たか』
ダンカンの声が、
昨日より落ち着いていた。
クリス『答えを持ってきた』
虎「畑の三分の一を残す。一番、土がいい場所を」
ダンカン『……本当か』
虎「水路のあった辺りだ」
しばらく、
沈黙があった。
ダンカン『……あそこは、俺が最後まで直そうとした場所だ』
虎「そうらしいな」
ステラが、
静かに言った。
ステラ「あなたの畑は、街の人々の記憶に残ります。あなたが守った土地で、また小麦が育ちます」
長い沈黙があった。
やがて、
ダンカンの声が、
震えていた。
ダンカン『……俺は、無駄じゃなかったのか』
クリス『無駄ではなかった』
ダンカン『……ありがとう』
その声が、
少しずつ、
薄くなっていった。
ダンカン『……もう、暴れなくていいんだな』
虎「ああ」
ダンカン『……ありがとう。本当に、ありがとう』
通話が、
静かに切れた。
ステラ「……成仏、したのでしょうか」
虎「わからない。だが、悲しみは薄れたはずだ」
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その夜、
街は、
静かだった。
虎とステラ、
クリスは、
畑の見える丘の上に来た。
轟音は、
聞こえなかった。
ステラ「……止まりましたね」
虎「ああ」
風が、
畑を撫でていった。
作物のない、
荒れた土地だったが、
どこか穏やかな空気があった。
クリスが、
畑の中央を見つめた。
クリス『……あそこに、何かいる』
半透明の人影が、
畑の真ん中に、
静かに立っていた。
それは、
虎たちの方を見て、
軽く頭を下げた。
それから、
朝日のような光に溶けて、
消えていった。
虎「……行ったな」
ステラ「はい」
クリス『……骨が、少し軽くなった気がする』
虎「感傷的だな」
クリス『……三千年ぶりに、誰かを送った気分だ』
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数日後、
畑には、
新しく苗が植えられていた。
町長に案内されて、
虎たちは畑を見に行った。
町長「実は、この畑は普通の畑とは違うのです」
虎「どう違う」
町長「ゴーストの住民たちが、交代で見回りをしています。ゴーストの気配を、害虫が嫌うのですよ」
ステラ「……害虫が、逃げるのですか」
町長「ゴーストの冷気と、生と死の境界にある独特の気配を、虫たちは本能的に避けるのです。おかげで、農薬を使わずとも、虫害がほとんどありません」
虎(自然の理屈というものは、面白いものだな)
虎(死者と生者が、こうして支え合っている)
町長「無農薬で育った野菜や小麦は、味が違うと評判なのです。この畑も、ダンカン殿の想いを継いで、無農薬畑として運営することになりました」
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町長に連れられて、
街の食堂に寄った。
シェフ(ゴースト)「聞いたよ、あの畑のこと。ちょうど、あそこの小麦を使ったパスタが、できたところなんだ」
運ばれてきたのは、
新しい霊製パスタだった。
前に食べたものより、
麺の色が、
心なしか明るかった。
虎は一口食べた。
虎「……」
前に食べたものと、
根本的な魔力の深みは同じだった。
だが、
それに加えて、
小麦本来の甘みが、
はっきりと感じられた。
無農薬で育った小麦は、
雑味がなく、
素材の味が、
まっすぐに来る。
魔力の旨みと、
小麦の甘みが、
ぴったり重なっていた。
虎「……前より、うまい」
ステラ「……はっきり違いがわかりますね」
シェフ(ゴースト)「あの畑の小麦、本当にいいんだ。ダンカンさんも、きっと喜んでるよ」
クリスが、
麺を一部吸い込んだ。
クリス『……これは、確かに違う』
虎「わかるのか」
クリス『骨まで、染み渡る味だ』
虎「……また、それか」
クリス『気に入っている』
ステラが、
小さく笑った。
ステラ「……クリスさんの冗談、少しずつ増えていますね」
クリス『三千年分の遅れを、取り戻している』
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食事の後、
町長が改まった様子で言った。
町長「今回の件、正式な報酬をお渡ししたいのですが」
虎「必要ない」
町長「そうもいきません。ギルドへの依頼報酬とは別に、街から特別に、何かお渡ししたいのです」
町長が、
クリスを見た。
町長「クリス殿には、特別なものを用意しました」
クリス『……私に?』
町長「この街には、生と死の境界に触れる技術があります。魔力を帯びた肉を素材に、実体を持たない存在に、仮初めの体を与えることができるのです」
虎「肉が、体になるのか」
町長「はい。魔力を吸収した特別な肉を核として、体を編み上げます。永続的なものではありませんが、しばらくは自分の足で歩けるようになりますよ」
クリスが、
しばらく黙っていた。
クリス『……試してみたい』
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儀式は、
街の魔導師たちの手で行われた。
大きな魔法陣の中央に、
特別に育てられた魔力肉が置かれた。
クリスタルスカルが、
その上に浮かんだ。
魔導師「では、始めます」
光が、
渦を巻いた。
肉が、
少しずつ、
形を変えていく。
輪郭ができて、
手足ができて、
髪ができて。
光が、
収まった。
そこに立っていたのは、
金色の髪をした、
小さな女の子だった。
黒いローブを纏い、
手にはクリスタルをあしらった杖を持っている。
虎「……」
ステラ「……」
新しい体になったクリスが、
自分の手を見た。
クリス『……これが、私の体か』
声は、
今までと同じ、
落ち着いた響きだったが、
出どころが、
はっきりと口から聞こえた。
虎「……お前」
クリス『何だ』
虎「まさか、小さい女の子だったとは……」
クリスが、
虎を見上げた。
クリス『……見た目は、外見に過ぎない。中身は変わらない』
虎「……そうだな」
ステラが、
クリスの前にしゃがんだ。
ステラ「……とても、かわいらしいです」
クリス『……そうか』
クリスが、
自分の杖を、
軽く振ってみた。
小さな光が、
杖の先から出た。
クリス『……魔法も、使える。体があると、感覚が違うな』
町長「体があれば、味覚も、より鮮明になるはずです。よろしければ、もう一皿」
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新しい体で、
クリスがもう一度、
霊製パスタを食べた。
クリス「……」
一口食べて、
しばらく黙っていた。
クリス「……全然、違う」
虎「そうか」
クリス「今まで、感覚として味を捉えていた。だが今は、舌で、直接感じる」
ステラ「どうですか」
クリス「……うまい。本当に、うまい」
クリスの目が、
少し潤んでいた。
虎(三千年ぶりに、体で味を感じたのか)
虎(それは、悪くない経験だろうな)
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夕方、
街を出る準備をした。
町長が、
見送りに来た。
町長「本当に、助かりました。ダンカン殿の未練も解け、街も、新しい一歩を踏み出せます」
虎「良かったな」
町長「はい。もし機会があれば、また訪れてください」
虎「機会があれば」
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街の門を出ようとしたところで、
町長が、
ふと足を止めた。
町長「あ、そうそう。皆さんには、伝えておかねばなりませんな」
虎「何だ」
町長「実は、わたくしもこの通り、ゴーストでしてな」
ズルン。
町長の体が、
崩れ落ちた。
中から、
骸骨が現れた。
町長(骸骨)「正体は、こういうわけです」
虎「……」
ステラ「……なんと」
クリスが、
自分の新しい体を見下ろした。
クリス「……骨、増えたな」
虎「……最初から、そう見えなかったが」
町長(骸骨)「上手に化けておりましたので」
門の外まで、
三羽のカラスが、
また鳴きながら見送っていた。
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ステラ「次回予告です」
虎「ああ」
ステラ「ホロウベル、いい街でしたね」
虎「クリスに、体ができたのが一番の収穫だったな」
クリス「……そうだな」
ステラ「小さい女の子だったとは、驚きました」
クリス「見た目に、こだわりはない」
虎「町長が骸骨だったのにも驚いたが」
ステラ「……最後の最後で、驚かされました」
クリス「仲間が増えたようで、少し嬉しい」
虎「お前と町長は、種類が違うだろ」
クリス「……そうかもしれない」
ステラ「次回、『虎が、次の旅を始める』」
虎「また、決めていないやつか」
ステラ「はい。おおむね、いつも通りです」
虎「おおむね、か」
ステラ「おおむね、です」




