第43話「虎が、電話をかける」
翌朝、
町長に案内されたのは、
役場の奥にある小さな部屋だった。
町長「ここが、通話専用の部屋です」
扉を開けると、
中は他の部屋とは、
雰囲気が違った。
深い紫の壁紙に、
低く抑えられた照明。
天鵞絨張りの椅子が一脚だけ置かれ、
中央の小さなテーブルに、
黒いダイヤル式の電話が置かれていた。
ステラ「……落ち着いた空間ですね」
町長「死者と語り合う場所ですからな。緊張をほぐすため、こういう内装にしたと聞いております」
虎は部屋を見渡した。
虎(一万年前には、こういう部屋はなかった)
虎(死者と話すための場所を、わざわざ作る文化。人間は、変わったな)
クリスが、
テーブルの上に浮かんで、
電話を見た。
クリス『……これで、話せるのか』
町長「はい。番号を回せば、この街に眠るゴーストの記録と繋がります。ダンカン・ホロウの番号は、こちらに」
町長が、
一枚の紙を渡した。
古い記録から割り出した番号だった。
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クリスが、
受話器を持ち上げた。
クリス『……緊張するな』
虎「三千年生きてきたお前でもか」
クリス『生死の境界を超えて話すのは、初めてだ』
ステラが、
静かに言った。
ステラ「クリスさんなら、大丈夫です」
クリス『……ありがとう』
クリスが、
ダイヤルを回した。
カラ、カラ、カラ、という音が、
部屋に響いた。
しばらく、
静寂があった。
それから、
受話器の向こうから、
低い声が聞こえてきた。
『……誰だ』
低く、
悲しみを帯びた声だった。
クリス『……初めまして。私はクリスという。あなたと、話がしたい』
『……用件は』
クリス『あなたが守っている畑のことだ』
声が、
少し険しくなった。
『……あの畑を、潰そうとしている連中の仲間か』
クリス『違う。私たちは、あなたの話を聞きに来た』
しばらく、
沈黙があった。
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やがて、
声が、
また聞こえた。
『……俺は、ダンカン・ホロウだ。あの畑を、三十年耕した』
クリス『そうだったのか』
ダンカン『……ある日、日照りが続いて、畑の作物が枯れそうになった。俺は最後まで、水路を直そうとした。そのまま、崩れた土の下敷きになって死んだ』
虎は、
黙って聞いていた。
虎(自分が守っていたもののために、死んだのか)
ダンカン『……死んでからも、畑を守り続けた。だが最近、街の連中が、あそこに家を建てようとしている。畑を、全部潰して』
クリス『……それで、暴れているのか』
ダンカン『……俺の畑だ。俺が、命をかけて守った土地だ。誰にも渡さない』
クリスが、
少し間を置いた。
クリス『……一つ、聞いてもいいか』
ダンカン『……何だ』
クリス『あなたは、その畑で、何を育てていた』
ダンカン『……小麦だ。街のみんなが食べるための、小麦を育てていた』
クリス『……街のみんなのために、育てていたんだな』
ダンカン『……そうだ』
ステラが、
静かに口を開いた。
ステラ「……失礼します。少し、伝えたいことがあります」
クリスが、
ステラに受話器を渡した。
ステラ「ダンカンさん、街の人口が増えて、住む場所が足りなくなっています。今の計画は、あなたの畑を潰して、住宅を建てるというものです」
ダンカン『……だから、渡さないと言ってるだろう』
ステラ「はい。ですが、街の人々もまた、生きるための場所を必要としています。あなたが小麦を育てて街のみんなを守ったように、彼らも、住む場所を必要としています」
しばらく、
沈黙があった。
ステラ「……もし、可能であれば。畑の一部を残して、残りを住宅にする、という案は、いかがでしょうか」
長い沈黙の後、
ダンカンの声が、
また聞こえた。
ダンカン『……街の人間が、それで納得するのか』
ステラ「町長と、街の人々に、話をしてみます」
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虎が、
初めて口を開いた。
虎「一つ、聞きたい」
ダンカン『……お前は』
虎「虎だ。お前は、畑を守り続けて、満足しているのか」
しばらく、
沈黙があった。
ダンカン『……満足なんて、していない。ただ、他にどうすればいいか、わからなかった』
虎「そうか」
ダンカン『……俺は、間違っていたのか』
虎「間違っていたとは、思わない。ただ、一人で抱え続けるには、重すぎたんだろう」
ダンカンは、
また黙った。
ダンカン『……久しぶりに、まともに話を聞いてもらえた気がする』
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クリスが、
受話器を戻して言った。
クリス『……もう一度、話がしたい。明日、答えを持ってきてもいいか』
ダンカン『……ああ』
クリス『それまで、暴れないでいてくれるか』
ダンカン『……約束はできない。だが、少し、考えてみる』
通話が終わった。
部屋に、
静けさが戻った。
ステラ「……手応え、ありましたね」
虎「ああ」
クリス『……疲れた。三千年ぶりの通話は、骨身に染みるな』
虎「その言い方、気に入っているのか」
クリス『悪くない』
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役場を出ると、
町長が待っていた。
虎「町長、頼みたいことがある」
町長「なんなりと」
虎「畑を全部潰す計画を、変えられるか。一部を残して、残りを住宅にする」
町長は、
少し考えた。
町長「……街の議会にかければ、可能かもしれません。人口増加への対応と、街の歴史を残すこと、両方を満たせるなら、賛成する者も多いでしょう」
虎「頼む」
町長「かしこまりました。今夜、緊急で話し合いましょう」
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夕方、
宿の庭で、
遅い昼食を取った。
ステラが、
街の市場で買ってきた食材で、
軽い料理を用意した。
小麦を使った、
素朴なパンだった。
虎は一口食べた。
虎「……」
素朴な味だったが、
噛むほどに、
小麦の甘みが出てきた。
どこか懐かしい、
温かい味だった。
虎「……この小麦、どこの畑のものだ」
ステラ「市場の店主が言っていました。街の東側の畑で採れたものだと」
虎(ダンカンの畑ではないだろうが)
虎(似たような小麦を、誰かが今も育てている)
虎「うまいな」
ステラ「はい」
クリスが、
パンの一部を吸い込んだ。
クリス『……素朴な味だ。だが、悪くない』
虎「そうだな」
三人で、
静かに食事をした。
夜が近づいていた。
虎「今夜、暴れなければいいが」
ステラ「……ダンカンさんも、考える時間が必要でしょう」
クリス『三十年分の孤独は、一日では溶けない』
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ステラ「次回予告です」
虎「ああ」
ステラ「ダンカンさんと、対話ができましたね」
虎「まだ、決着はついていない」
ステラ「明日、また話す約束をしました」
虎「町長も、動いてくれるだろう」
ステラ「街の議会が、どうなるか気になります」
クリス『……骨を折って集めた証拠が、無駄にならないといいが』
虎「お前、本当にその言い回しが気に入ったな」
クリス『三千年分の冗談を、取り戻している最中だ』
ステラ「次回、『虎が、畑を守る』」
虎「決着がつくか」
ステラ「はい。おおむね、良い方向に向かうと思います」
虎「おおむね、か」
ステラ「おおむね、です。ダンカンさんの気持ち次第ですが」




