第25話「虎が、エンド島に着く」
ミドル島を出て、
半日ほど船が進んだとき、
霧が出てきた。
船乗り「……出た」
船乗りが、
帆を少し絞った。
船乗り「エンド島の手前から、こうなる。いつもだ」
虎「どこまで続く」
船乗り「島の港まで。島に着いたら、霧は晴れる。不思議なことに」
ステラ「島の周りだけに、霧が出るのですか」
船乗り「そうだ。風向きには関係ない。晴れの日でも、曇りの日でも、いつもここから霧になる」
船乗り「……見えるものは、見ないようにするのがコツだ。気にすると、引っ張られる」
虎「何が見える」
船乗り「人によって違う。俺は、死んだ父親が見える。毎回だ」
虎「慣れるか」
船乗り「……慣れない。ただ、引っ張られなくなった。それだけだ」
白い霧が、
船を包んでいった。
前が見えなくなった。
ステラ「……音が変わりましたね」
虎「ああ」
ステラ「霧の中は、音の伝わり方が変わります。ただ、これは……それだけではない気がします」
虎(静かだ)
虎(海の音が、霧に吸われているようだ)
霧の中に、
何かの輪郭が浮かんだ。
ステラ「虎様、前方に」
虎「見える」
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大きな影が、
二つあった。
霧の中から、
輪郭がはっきりしてきた。
一つは、
虎だった。
自分より、
ずっと飽き飽きした目をした虎が、
霧の中に立っていた。
もう一つは、
ステラだった。
表情のない、
今より人形らしい顔をしたステラが、
その隣に立っていた。
虎(……一万年前の、俺か)
虎(そして、あれは)
ステラ「……私です。虎様に会う前の、私です」
過去の虎が、
ゆっくりとこちらを向いた。
過去のステラも、
無表情のまま並んだ。
空気が、
変わった。
過去の虎「……来たか」
声が、
今の虎と同じだった。
だが、
重さが違った。
疲れた、
冷たい声だった。
過去の虎「強くなったつもりか」
虎「……お前と話したいわけじゃない」
過去の虎「通りたければ、通ってみろ」
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過去の虎が動いた。
速かった。
今の虎と、
同じ動き方だ。
いや、
似ているが、
違う。
虎(力任せだ。今の俺より、力はあるかもしれない。だが、制御がない)
虎は一歩横にずれた。
過去の虎の拳が、
霧を切った。
どごん。
霧が、
渦を巻いた。
虎(でかい。この頃の俺は、ただ力があるだけだった)
過去のステラが、
同時に動いた。
音もなく、
今のステラの内側に入り込もうとした。
ステラ「虎様」
虎「わかってる」
ステラが後退した。
過去のステラの手が、
空を切った。
ステラ(……速い。私と同じ動き方だ。いや、私より洗練されているかもしれない。感情がない分、迷いがない)
ステラ「虎様、合体モードを」
虎「ああ」
虎は手のひらに魔力を集めた。
魔力鎖が、
光の粒から現れた。
鎖がステラの腰と、
虎の背を繋いだ。
過去の虎が、
それを見た。
過去の虎「……何だそれは」
虎「今の俺にしかできないことだ」
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合体モードで、
動きが変わった。
ステラが虎の背から、
過去のステラの動きを読む。
ステラ「右から来ます」
虎「ああ」
過去の虎の拳が右から来た。
虎は受けた。
ごん。
今度は弾かれなかった。
虎(体の頑丈さ修行の成果だ。この頃の自分の拳なら、受けられる)
過去のステラが、
ステラに向かった。
ステラ「魔法式、組みます」
虎「流す」
ズバァ。
光が走った。
過去のステラが、
後退した。
過去のステラ「……」
表情はない。
だが、
動きに迷いが生まれた。
ステラ「効いています。次は左側から誘導します」
虎「わかった」
今の虎とステラが、
連携して動いた。
ステラが過去のステラを引きつけ、
虎が過去の虎の間合いを詰める。
過去の虎が、
全力の魔法を放った。
ズバァァ。
強力な光が、
こちらに向かった。
虎(一万年前の俺の魔法火力か。これは、受けるより)
ステラ「回避します。右に」
合体モードで、
二人が同時に動いた。
光が、
横を通り過ぎた。
虎(連携があれば、かわせる)
虎(一人だったあの頃の俺には、これができなかった)
虎は距離を詰めた。
過去の虎の腕を、
両手で掴んだ。
過去の虎「……」
今度は、
逃げられなかった。
虎はそのまま、
霧の地面に押し付けた。
どごん。
同時に、
ステラが過去のステラの手首を取って、
静かに投げた。
二つの影が、
霧の中に沈んだ。
静かになった。
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霧の地面に押し付けた過去の虎が、
消えていく前に、
口を開いた。
過去の虎「……一人じゃないのか」
虎「ああ」
過去の虎「……そうか」
それだけ言って、
霧に溶けた。
過去のステラも、
消えていく前に、
ステラを見た。
表情はなかった。
だが、
その目が、
わずかに揺れた気がした。
ステラ「……」
ステラはしばらく、
消えた場所を見ていた。
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霧が、
薄くなっていった。
船乗り「……二人とも、大丈夫か。さっき、船が揺れたぞ」
虎「問題ない」
船乗り「そうか……。霧で戦う人間は、初めて見た」
前に、
島の輪郭が見えてきた。
ステラ「虎様」
虎「何だ」
ステラ「過去の私、目が揺れていました」
虎「そうだな」
ステラ「……変わりたかったのかもしれませんね、あの頃の私も」
虎「そうかもしれない」
ステラは前を向いた。
ステラ「……変われてよかったです」
虎「ああ」
ステラ「虎様も、よかったですか」
虎「ああ」
霧が完全に晴れた。
エンド島が、
目の前に広がっていた。
緑が深く、
鳥の声がする。
虎「……行くぞ」
ステラ「はい」
魔力鎖が、
静かに消えた。
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ステラ「次回予告です」
虎「ああ」
ステラ「霧の中で、過去の私たちと戦いました」
虎「強かった」
ステラ「……虎様が、過去の自分を強かったと言いますか」
虎「力はあった。ただ、一人だった」
ステラ「……合体モードで勝てました」
虎「そうだな」
ステラ「合体モード、命名してよかったです」
虎「活躍したな」
ステラ「……はい。少し誇らしいです」
虎「そうか」
ステラ「次回、『虎が、エンド島を歩く』」
虎「霧が晴れた島か」
ステラ「霧の中とは、全然違うようです」
虎「そうか」
ステラ「おおむね、穏やかな回になると思います」
虎「おおむね、か」
ステラ「おおむね、です。霧の後ですから、少し休みましょう」
虎「……それも悪くない」




