第24話「虎が、ミドル島に寄る」
ミドル島が見えてきたのは、
昼前だった。
ステラ「……大きいですね」
虎「カラロ島より、ずっと大きい」
ステラ「交易の中継地点ですから。東西の船がここで荷物を積み替えるようです」
港に近づくと、
船が何十隻も停まっていた。
色々な旗を立てた船が、
所狭しと並んでいる。
船乗り「ミドル島は、世界中から商人が集まる場所だよ。言葉も文化も、全部混ざってる」
虎「そうか」
船乗り「虎みたいな旅人も、ここじゃ珍しくない。安心していい」
港に降りると、
確かに賑やかだった。
様々な格好の人間が行き交い、
聞いたことのない言葉が飛び交っている。
ステラ「……世界が混ざっていますね」
虎「悪くない」
虎(一万年前にも、こういう場所はあった)
虎(だが、あの頃より人の数が多い。世界が広がったのか、人が増えたのか)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
市場を歩いていると、
声がかかった。
少年「……おい、そこの虎!」
振り返ると、
十歳前後の少年が走ってきた。
息を切らしている。
顔が青い。
少年「助けてくれ! 妹が……妹が迷子になった!」
虎「どこで」
少年「市場の奥の方で。人が多くて、見失って……もう一時間探してる」
ステラ「妹さんの特徴を教えてください」
少年「赤い帽子で、黄色い服で、七歳で、名前はリナで……」
ステラが虎を見た。
虎「わかった」
虎は鼻を動かした。
虎(子供の匂い。人混みの中でも、子供は特有の匂いがある)
虎(赤い染料の匂い……帽子か。あっちの方向だ)
虎「こっちだ」
少年「え、わかるのか?!」
虎「ついてこい」
人混みをかき分けて、
進んだ。
市場の奥の、
細い路地に入った。
そこに、
小さな女の子が座っていた。
赤い帽子に、
黄色い服。
泣いていた。
少年「リナ!!」
リナ「おにいちゃん……!!」
二人が抱き合った。
ステラ「よかったですね」
リナが泣きながら虎を見上げた。
リナ「……おっきい」
虎「そうだ」
リナ「……ありがとう」
虎「気をつけろ」
リナ「……うん」
少年が虎を見た。
少年「どうやってわかったんだ」
虎「匂いだ」
少年「……すごいな」
少年は懐を探った。
少年「これしかないけど……」
小さな飴玉を、
二つ差し出した。
虎「いらない」
少年「でも……」
虎「お前たちが食べろ」
少年はしばらく虎を見た。
それから、
深くお辞儀をした。
少年「……ありがとうございました」
二人が走って行った。
ステラ「虎様」
虎「何だ」
ステラ「飴玉、受け取ればよかったのでは」
虎「子供の飴玉を取るな」
ステラ「……そうですね」
ステラは少し、
口の端を上げた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
市場を歩き続けると、
見慣れないものが並んでいた。
香辛料、
布、
魔道具、
乾物。
ステラ「虎様、あれを見てください」
ステラが指したのは、
小さな屋台だった。
見たことのない果物が、
山積みになっていた。
外側が紫で、
中が白い。
屋台の主「それはモルワ果っていうんだ。南の島でしか取れない珍しいもんだよ。食べてみるか?」
虎「もらう」
一つ受け取って、
割った。
白い果肉から、
甘い香りがした。
虎は一口食べた。
虎「……」
柔らかい。
甘みが強いが、
くどくない。
マンゴーに似ているが、
それより水分が多く、
後味に独特のさっぱり感がある。
南の島の果物らしく、
食べると体が涼しくなるような感覚があった。
虎「……うまい」
屋台の主「だろ? これ、島から持ち出すと三日で傷むから、ここでしか食えないんだよ」
虎「もう一つもらう」
屋台の主「毎度!」
ステラも食べた。
ステラ「……甘みの後に、すっとした感触がありますね」
虎「ああ」
ステラ「これが南の果物か、と思います」
虎「そうだな」
屋台の主「お前さんたち、エンド島まで行くのか」
虎「そうだ」
屋台の主「……霧の話、聞いたか」
虎「カラロ島の漁師に聞いた」
屋台の主「最近、ミドル島でも噂になってる。エンド島から戻った船乗りが、様子がおかしくなるって」
ステラ「様子がおかしくなる、とは」
屋台の主「……何日も眠れなくなるとか、同じ夢を見続けるとか。霧の中で何かを見たって言う奴もいる」
虎「何を見た」
屋台の主「それが、誰も同じことを言わないんだよ。人によって、見たものが全部違う」
ステラ「……人によって、違うものが見える」
屋台の主「気をつけな。まあ、お前さんたちみたいな手練れには関係ないかもしれないけど」
虎(面白い)
虎はモルワ果を食べながら、
海の方向を見た。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夕方、
宿を取った。
部屋の窓から、
港が見えた。
様々な船の灯りが、
夜の海に映っていた。
ステラ「虎様」
虎「何だ」
ステラ「霧の中で見るものが、人によって違う。虎様なら、何を見ると思いますか」
虎「……わからない」
ステラ「想像もできませんか」
虎「一万年前のことを見るかもしれない。強い相手のことを見るかもしれない。飯のことかもしれない」
ステラ「……最後は違うと思いますが」
虎「なぜだ」
ステラ「……夢に飯が出てきたことはありますか」
虎「ある」
ステラ「何の飯ですか」
虎「大イノシシだ。最初に食べたやつ」
ステラはしばらく黙った。
ステラ「……最初の食事が夢に出てくるのですね」
虎「印象が強かった。一万年ぶりだったからな」
ステラ「……そうですか」
ステラは窓の外を見た。
ステラ「私が霧の中で見るなら、何でしょうね」
虎「お前は夢を見るか」
ステラ「……たまに、見るような気がします。確かではないですが」
虎「何を見る」
ステラ「……おおむね、虎様が食べているところです」
虎「……そうか」
虎は少し黙った。
虎「それは、夢としてうまいのか」
ステラ「……意味がよくわかりません」
虎「夢の中のうまいものは、うまいのか」
ステラ「……わかりません。でも、悪い夢ではないと思います」
港の灯りが、
波に揺れていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ステラ「次回予告です」
虎「ああ」
ステラ「いよいよエンド島です」
虎「霧の島か」
ステラ「虎様が名付けた名前ですね」
虎「気に入っている」
ステラ「霧の中で、何かを見るかもしれません」
虎「そうだな」
ステラ「虎様は怖くないですか」
虎「面白さの方が大きい」
ステラ「……前にも聞いた気がします」
虎「同じ答えだ」
ステラ「次回、『虎が、エンド島に着く』」
虎「海編の最後だな」
ステラ「はい。霧の中で、何が起きるか」
虎「楽しみだ」
ステラ「……私はおおむね、心の準備をしています」
虎「おおむね、か」
ステラ「おおむね、です。完全な準備は、できません」
虎「……正直だな」
ステラ「いつものことです」




