第22話「虎が、シーソルを歩く」
翌朝、
宿の窓から海が見えた。
ステラ「今日は何をしますか」
虎「歩く」
ステラ「どこへ」
虎「決めていない」
ステラは少し間を置いた。
ステラ「……修行は」
虎「最後の修行に入る」
ステラ「どのような修行ですか」
虎「対応力強化の修行だ」
ステラ「対応力、ですか」
虎「体の頑丈さ、魔法火力、魔力細部制御、肉体火力。それぞれ鍛えてきた。だが、俺はまだこの世界に慣れていない」
ステラ「……一万年ぶりですから」
虎「知らないことも多い。人間の文化も、街の仕組みも、魔物の種類も、まだ把握できていないものがある」
ステラ「その対応力を鍛えるために、どうするのですか」
虎「旅をする」
ステラ「……旅を」
虎「ただ、旅をする。それがそのまま対応力の修行になる」
ステラはしばらく黙った。
ステラ「つまりは」
虎「つまりは?」
ステラ「……もとの旅に戻る、ということですか」
虎「そういうことだ」
ステラ「……」
ステラは窓の外を見た。
海が、
朝の光に光っていた。
ステラ「……よかったです」
虎「何がだ」
ステラ「修行のための旅より、ただの旅の方が、好きだったので」
虎「そうか」
虎も窓の外を見た。
虎「……まず、この街を歩く」
ステラ「はい」
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シーソルの朝市は、
港に近い広場で開かれていた。
魚介類が並んでいる。
貝、
海老のようなもの、
見たことのない青い魚。
ステラ「あの青い魚は、シーソル固有の魔力魚です。鱗が蒼翠玉に似た色をしていることから、コバルトフィッシュと呼ばれています」
虎「うまそうだな」
ステラ「うまいそうです。ただ、鮮度が落ちやすいので、この街でしか食べられません」
虎「買うか」
ステラ「夕方に買いましょう。今日の夕食にします」
市場を抜けると、
港に出た。
漁師たちが、
網を手入れしていた。
虎(一万年前の漁師と、やっていることが変わらない)
虎(人間は変わっているのに、変わっていないものもある)
漁師の一人が虎を見て、
目を丸くした。
漁師「……でかい猫だな」
虎「虎だ」
漁師「虎!? 本物か!?」
虎「本物だ」
漁師「……す、すごいな。害はないか」
虎「ない」
漁師「そうか……まあ、いいか」
漁師は網に戻った。
ステラ「……適応が早いですね、この街の人は」
虎「港町だからだろ。色々なものを見慣れている」
ステラ「なるほど」
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夕方、
ステラがコバルトフィッシュを買ってきた。
宿の小さな庭で、
ステラが調理した。
塩と柑橘だけで味付けした刺身と、
皮目を炙った一切れ。
虎は刺身を一口食べた。
虎「……」
最初に、
さっぱりした酸味が来た。
柑橘の香りが、
魚の甘みを引き出している。
嚙むと、
青い魚特有の旨みが広がった。
臭みは全くない。
後味に、
魔力魚特有のじんわりとした余韻が残った。
炙りを食べた。
皮の香ばしさが加わって、
旨みがより立体的になった。
虎「……うまい」
ステラ「刺身と炙り、どちらが好みですか」
虎「炙りだ」
ステラ「……虎様は、火が入ったものの方が好きなことが多いですね」
虎「そうか」
ステラ「一万年前から、そうですか」
虎「……そうかもしれない」
海の向こうに、
日が沈んでいった。
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夜になった。
港に、
祭の名残の屋台が出ていた。
ステラが一つの屋台の前で立ち止まった。
ステラ「……線香花火ですね」
虎「線香花火」
ステラ「火の粉が散る、小さな花火です。手で持って楽しむものです」
屋台に、
細い棒が束になって置かれていた。
ステラ「……やってみますか」
虎「やる」
二本買って、
港の端の石段に座った。
ステラが先に火をつけた。
小さな火の粒が、
ぱちぱちと散り始めた。
ステラ「……きれいですね」
虎は自分の線香花火を見た。
虎(魔力を使えば、いくらでも大きくできる)
虎(だが、それは違う)
虎は火をつけた。
最初、
なかなかうまく燃えなかった。
ステラ「……先端を、もう少し下に向けてください」
虎「こうか」
火の粒が、
ようやく散り始めた。
虎(小さい)
虎(だが、これはこれで)
ぱちぱちと、
小さな光が散っては消えた。
虎「……魔法でやればもっと大きくできるが」
ステラ「それではつまらないですか」
虎「いや」
虎は線香花火を見た。
虎「……これはこれで、悪くない」
ぱち、ぱち。
小さな光が、
夜の港に散っていた。
ステラの線香花火が、
先に消えた。
ステラ「……消えました」
虎「そうだな」
虎の線香花火も、
静かに消えた。
二人でしばらく、
消えた先を見ていた。
ステラ「虎様」
虎「何だ」
ステラ「大きな花火も、きれいですが」
虎「ああ」
ステラ「……これも、きれいでした」
虎「そうだな」
波の音が、
続いていた。
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ステラ「次回予告です」
虎「ああ」
ステラ「旅に、戻りました」
虎「そうだな」
ステラ「修行の旅と、ただの旅。違いはありますか」
虎「歩いていることは同じだ」
ステラ「では何が違いますか」
虎「急いでいない」
ステラ「……それだけですか」
虎「それだけだ。それが大きい」
ステラ「……そうですね」
虎「線香花火も、急いでいたらやらなかった」
ステラ「……確かに」
虎「急がない旅は、面白いものを見つけやすい」
ステラ「おおむね、同意します」
虎「おおむね、か」
ステラ「おおむね、です」
虎「次の予告をしろ」
ステラ「次回、『虎が、海を渡る』」
虎「船か」
ステラ「はい。シーソルから、島伝いに東へ向かいます」
虎「面白そうだ」
ステラ「クラーケンは出ないと思います」
虎「出たら出たで、構わない」
ステラ「……出ないことを願っています」
虎「なぜだ」
ステラ「今回は、のんびりしたいので」




