第20話「虎が、魔力細部修行をする」
スノーピア祭の翌朝。
コウ「……一か月以上か」
虎「ああ」
虎が魔力細部修行を開始するのだった。
コウ「修行の内容は?」
虎「魔力のみを使った将棋だ。」
コウ「将棋……修行が将棋なのか」
虎「3連魔法大局将棋だ。36×36マスの盤を三枚、立体に重ね合わせて行う」
コウ「なんだそれ」
虎「全魔力を並列して使う。魔力量が多いほうが制御が難しく、不利になる。」
コウ「……虎が不利な修行なのか」
虎「そうだ。制御できないほどの魔力を、細部まで精密に扱う訓練になる」
コウはしばらく考えた。
コウ「……俺、一か月以上はさすがに待てないな。ランク上げもあるし」
虎「そうだろ」
コウ「別れる感じか」
虎「そうなる」
コウ「……また会うか?」
虎「会うだろ」
コウ「根拠は」
虎「この世界は、面白い奴が集まってくる」
コウが少し笑った。
コウ「……そうだな。じゃあ、またな」
ステラ「お気をつけて、コウさん」
コウ「ステラちゃんも。虎のこと、よろしく頼むな」
ステラ「いつものことです」
コウの背中が、
雪道の向こうに消えた。
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宿の一室を、
一か月以上借りた。
広い部屋ではなかったが、
二人には十分だった。
虎が魔力を展開した。
部屋の中央に、
36×36マスの盤が三枚、
立体に浮かび上がった。
駒が、
一つ一つ光の粒として現れた。
ステラ「……これが全部、魔力で生成されているのですか」
虎「そうだ。盤も駒も全部魔力だ。動かすのも魔力、考えるのも魔力と同時進行になる」
ステラ「三枚の盤を同時に」
虎「ああ。縦の連動もある。上の盤の駒が下の盤に影響する局面がある」
ステラ「……複雑ですね」
虎「魔力の精密制御には、これが一番効く。力任せに動かそうとすると、盤が崩れる」
虎「魔法火力修行によって膨れ上がった魔力を、これで制御する」
ステラは三枚の盤を見上げた。
ステラ「……私が相手で、よいのですか。私の魔力量では、虎様のハンデが大きすぎます」
虎「それが狙いだ。ハンデが大きいほど、制御の精度が上がる」
ステラ「……わかりました。では」
ステラは盤に向かった。
ステラ「参ります」
虎「ああ」
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一日目。
虎(三枚の盤を同時に見る。上の盤、中の盤、下の盤)
虎(それぞれ独立しているようで、連動している。ある駒を動かすと、別の盤の力関係が変わる)
虎(魔力で全部を同時に掌握しようとすると……)
盤の端が、
わずかに揺れた。
ステラ「虎様、右上の盤の三十一列が崩れかけています」
虎「わかってる」
虎(わかっているが、修正しようとすると別の場所が揺れる)
虎(力が多すぎる。絞れていない)
ステラが静かに駒を動かした。
ステラ「……三十一列、いただきます」
虎「……うまい手だ」
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十日目。
虎(盤の全体像が、少しずつ見えてきた)
虎(魔力を絞るのではなく、流れを作る。川のように)
虎(力任せに押さえるのではなく、必要な場所に必要なだけ流す)
ステラが駒を動かした。
ステラ「中の盤、二十二列です」
虎「……読んでいた」
虎が応手を打った。
ステラ「……読んでいましたか」
虎「三手先まで」
ステラ「私は五手先まで読んでいます」
虎「……そうか」
虎(人形の演算能力は、こちらの上をいく場面がある)
虎(だがそれでいい。それがハンデの意味だ)
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一か月目。
虎(盤が、揺れなくなってきた)
虎(魔力の流れが、自分の体の中で整理されている)
虎(川が、岸を覚えた感じがする)
ステラ「虎様、最近は盤が安定していますね」
虎「ああ」
ステラ「動かし方が変わりました。最初の頃は力で押さえていたのが、今は流れている感じがします」
虎「よく見ている」
ステラ「毎日見ていますので」
ステラが駒を動かした。
ステラ「上の盤、七列です」
虎「……これは」
虎(上の盤で動かしたように見えるが、三手後に下の盤に影響が出る)
虎(仕掛けだ。気づかなければ、三枚同時に崩される)
虎「……細かい手を打つようになったな」
ステラ「虎様が強くなったので、こちらも対応しました」
虎「そうか」
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一か月半後。
最終局面。
三枚の盤に、
残り駒が少なくなっていた。
虎(ここまで来た。あとは中の盤の要を取れば、連動して上と下が崩れる)
虎
虎(ステラが、その手を読んでいる気がする)
盤を見た。
ステラが静かに座っていた。
その目が、
いつもより真剣だった。
虎「……お前、何手先まで読んでいる」
ステラ「今は、七手先です」
虎「俺は五手先だ」
ステラ「……では」
ステラが駒を動かした。
上の盤の端。
一見、
意味のない手に見えた。
虎(……待て)
虎
虎(上の盤の端から、中の盤を経由して、下の盤の要に繋がっている)
虎(七手後に、全部繋がる)
虎「……見えた」
だが、
遅かった。
七手後。
盤が、
静かに崩れた。
三枚同時に。
ステラ「……詰みです」
虎は盤を見た。
それから、
ステラを見た。
しばらく、
沈黙があった。
虎「……俺の負けだ」
ステラ「……」
ステラも、
しばらく黙っていた。
ステラ「……驚いています」
虎「俺もだ」
ステラ「まさか、勝てるとは思っていませんでした」
虎「俺もそう思っていた」
虎は少し笑った。
虎「……お前、強くなったな」
ステラ「虎様と一か月半、毎日対局していましたから」
虎「それはそうだな」
ステラが、
珍しく、
少し誇らしそうな顔をした。
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一か月半ぶりに、
外に出た。
冬の空気が、
冷たく澄んでいた。
虎「……外はいいな」
ステラ「こもっていましたから」
虎「腹が減った」
ステラ「一か月半ぶりのまともな食事ですね」
二人で、
街の食堂に入った。
ステラが迷わず注文した。
ステラ「煮込み肉の盛り合わせと、根菜スープをお願いします。それと、焼き立てのパンを」
しばらくして、
料理が運ばれてきた。
虎は一口、煮込み肉を食べた。
虎「……」
柔らかかった。
長時間煮込まれた肉が、
箸で触れただけでほろりとほどける。
スープの旨みが肉全体に染み込んでいて、
噛むたびに、
じわじわと旨みが出てきた。
脂は溶けて、
スープに混ざっている。
根菜スープを飲むと、
野菜の甘みと肉の旨みが合わさって、
体の奥から温まった。
一か月半ぶりの、
ちゃんとした食事だった。
虎「……うまい」
単純な言葉だったが、
それ以外に言いようがなかった。
ステラも食べた。
ステラ「……やはり、外の食事はいいですね」
虎「そうだな」
ステラ「修行中は、ほとんど携帯食でしたから」
虎「すまなかったな」
ステラ「いいえ」
ステラは根菜スープを一口飲んだ。
ステラ「……勝った日の飯は、特別うまい気がします」
虎「そうか」
ステラ「虎様にではなく……一般的に、です」
虎「そうだな」
虎はパンをちぎった。
虎(一か月半。長かったが、何かが変わった気がする)
虎(魔力が、手足のように動く感覚が出てきた)
虎(次は、肉体か)
ステラ「虎様」
虎「何だ」
ステラ「次の修行が、もう頭にありますか」
虎「ああ」
ステラ「……表情に出ていました」
虎「そうか」
ステラ「おおむね、いつもそうです」
虎「おおむね、か」
ステラ「おおむね、です」
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ステラ「次回予告です」
虎「ああ」
ステラ「魔力細部修行、終わりました」
虎「ステラに負けたがな」
ステラ「……そこを言いますか」
虎「事実だ」
ステラ「……複雑です」
虎「なぜだ」
ステラ「嬉しいような、申し訳ないような」
虎「申し訳なくない。お前が強かっただけだ」
ステラ「……ありがとうございます」
虎「次は肉体火力修行だ」
ステラ「将棋とはまた違う修行になりますね」
虎「全然違う」
ステラ「どのような修行ですか」
虎「動く」
ステラ「……それだけですか」
虎「それだけだ」
ステラ「詳細は次回に、ということですか」
虎「そういうことだ」
ステラ「次回、『虎が、肉体火力修行をする』」
虎「ああ」
ステラ「読んでいただけますと幸いです」
虎「任せる」




