第16話「虎が、修行を続ける」
朝のヒスイの湖。
ズバァ!
虎が自分の腕に魔法を放った。
風魔法の鋭い音が、
湖面に響いた。
だが。
虎「……」
腕を見た。
体毛が、
数本切れていた。
それだけだった。
ステラ「……体毛が切れた程度ですね」
虎「ああ」
ステラ「体の頑丈さが、おおむねかなり強化されましたね」
虎「そろそそろ次の修行に向かってもいいだろう」
ステラ「次はどのような修行を?」
虎「魔法火力強化の修行を行う」
ステラ「体の頑丈さの次は、攻撃力ですか」
虎「ああ。古代兵器を止めるとき、核心への最後の一押しが足りなかった。あの場面で魔法火力がもう少しあれば、早く終わっていた」
ステラ「魔法火力の強化は、どうやって行うのですか」
虎「食事だ」
ステラ「……食事」
虎「高い魔力を持った生物を取り込むことで強化される。そういう魔物の情報を集めたい。街へ行くぞ」
ステラ「街、ですか」
虎「ギルドで情報を集める。近くに街があるはずだ」
ステラが地図を確認した。
ステラ「北の街、ノースピアが最寄りです。ここから一時間ほどかと」
虎「乗れ」
ステラは虎の背に乗った。
ステラ(……やはり、もふもふしている)
ステラ(この感触には、なかなか慣れない)
虎「準備できたか」
ステラ「はい」
ステラ(……いつまでも乗っていられる気がする。問題だ)
ステラは満足だった。
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ノースピアは、
山に挟まれた縦長の街だった。
ステラ「北の山岳地帯への玄関口になっているようです。冒険者が多い街です」
ギルドに入ると、
確かに人が多かった。
防寒具を着た冒険者、
重装備の戦士、
魔道具を抱えた魔法使い。
虎「ランクの高い依頼が多そうだな」
ステラ「山岳地帯は危険度が高い魔物が多いようです」
掲示板を見た。
虎(高い魔力を持った魔物の情報が欲しい。だが……)
虎「我々のランクに対して開示されている情報では、弱すぎるな」
Eランクの依頼票には、
小型の魔物や荷物護衛ばかりだった。
ステラ「Bランク以上の依頼には、魔力保有量の高い魔物の討伐もあるようですが、閲覧できません」
虎が腕を組んだところで。
声がした。
声「え、虎?! マジで?!」
振り返ると、
茶髪の青年が目を丸くしてこちらを見ていた。
名前はコウ。
ひょろっとした体格。
へらっとした顔。
ミニステラ(読者の皆様に説明いたしますと、
コウはギルド試験の際に出会った三人のうちの一人です。
炎魔法を手数で押す戦い方をします。
女性にもてたくて冒険者になった方で、
本人曰く「ハーレムの一つや二つ夢じゃない」とのことでした)
コウ「いやー、まさかここで会うとは! ミオは? レンは?」
虎「別々に動いている」
コウ「そっかー。俺もここしばらく一人だよ。寂しいわー」
ステラ「お久しぶりです、コウさん」
コウ「ステラちゃんも! 相変わらず紫髪だね」
ステラ「……ありがとうございます?」
虎「コウ、今いくつのランクだ」
コウ「えっ、俺? Bだよ、Bランク。レンとミオは目的が目的だから依頼こなす暇ないけど、俺はランク上げが目的だからね。着実に上げてきたよ」
虎「そうか。ちょうどいい」
コウ「なに、急に」
虎「高い魔力を持った魔物の情報が欲しい。Bランク帯の依頼で、そういうものはあるか」
コウが少し考えた。
コウ「魔力高い魔物かー。あるよ、ちょうど昨日新しく貼られた討伐依頼。アイスフェニクスっていう魔物なんだけど」
虎「アイスフェニクス」
コウ「雪山と火山地帯が混在する地域に生息してる珍しいやつ。氷と炎を同時に操る鳥型の魔物で、魔力保有量がめちゃくちゃ高いらしい。Bランク推奨だけど、正直Bランクじゃきつい案件だと思って俺も迷ってた」
ステラ「虎様の目的には、うってつけですね」
コウ「俺も一緒に行っていい? 俺的にもランク上げになるし」
虎「構わない」
コウ「やった」
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コウがギルドの受付に向かった。
コウ「すみません、アイスフェニクスの討伐依頼、詳細資料って出せますか。Bランクなんで」
受付が奥から書類を持ってきた。
コウ「……結構な量だな」
三人でギルドの隅のテーブルに座った。
コウが資料を広げた。
コウ「えーと……生息域は北東の双峰山域。雪山と活火山が隣接してる特殊な地形で、そこにしかいないらしい。体長は翼を広げると十メートル前後。氷属性と炎属性を切り替えながら攻撃してくる」
虎「切り替える、か。同時じゃないのか」
コウ「同時は無理みたいで。どちらかに切り替えるのに少し間があるって書いてある。そこが唯一の隙らしい」
ステラ「切り替えの瞬間を狙う、ということですね」
コウ「そういうことになるな。氷属性のときに炎で攻撃、炎属性のときに氷で攻撃するのが定石って書いてある。ただ」
コウが資料をめくった。
コウ「切り替えの間隔がランダムで読めないのが厄介らしい。長いときは数分、短いときは数秒。規則性がない」
虎「つまり、常に見ていなければならない」
コウ「そう。それで過去に何人もやられてるみたい。隙だと思って突っ込んだら切り替わってた、みたいな」
ステラ「虎様はどう動きますか」
虎「俺は属性攻撃を受けながら接近する。体が頑丈になったのを使う。お前とコウは遠距離から属性を見極めて攻撃してくれ」
コウ「え、虎が盾になるの?」
虎「修行だ。どちらの属性攻撃も受けてみたい」
コウ「……目的が独特だな、本当に」
コウが資料を閉じた。
コウ「あと一個だけ気になることがあって」
虎「何だ」
コウ「アイスフェニクスを倒したとして、食べるんだよな?」
虎「ああ」
コウ「……鳥、だよな。フェニクスって」
ステラ「はい」
コウ「……うまいのかな」
虎「高い魔力を持つ生物はたいていうまい」
コウ「根拠は」
虎「経験だ」
コウ「……一万年分の経験か。それは信用できるな」
虎「寝ていただけだがな」
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出発前に、
ステラが装備屋に寄った。
ステラ「雪山と火山地帯に向かうなら、防寒装備が必要です」
コウ「俺は持ってるよ。でも虎は……あるのかな、そのサイズ」
店主が、
虎を見た。
それから店の奥を漁り始めた。
店主「……あるにはあるよ。獣人の大型向けで特注したやつが、ちょうど売れ残ってて」
取り出したのは、
大きな防寒マントだった。
虎「これでいいのか」
ステラ「体毛がありますので、虎様は四肢だけ覆えれば十分かと」
コウ「よくこのサイズがあったな」
店主「三年前に大型の獣人冒険者から注文されたんだけどね。受け取りに来なくて、ずっと眠ってたんだよ」
コウ「……なんか切ない話だな」
ステラに渡されたのは、
白い防寒コートだった。
ステラが袖を通した。
コウ「……ステラちゃん、それめちゃくちゃ似合うな」
ステラ「……そうですか」
コウ「うん。なんか、もこもこして虎みたいだ」
ステラはコートの袖を少し確認した。
ステラ(……温かい。熱は感じないが、外気が遮断されている感触がある)
ステラ(これが、防寒というものか)
ステラ「虎様、いかがですか」
虎はステラを見た。
虎「……似合っている」
ステラ「……ありがとうございます」
ステラは満足げだった。
コウ「虎もマント着てみてよ」
虎はマントを羽織った。
コウ「……なんか、余計に迫力増したな」
虎「そうか」
コウ「そのサイズ、本当によく売れ残ってたな……」
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装備屋を出て、
そのまま食堂に入った。
ステラ「雪山に向かう前に、体を温めておく必要があります」
運ばれてきたのは、
熱々のシチューだった。
北の街らしく、
根菜と骨付き肉を長時間煮込んだものだ。
虎は一口食べた。
虎「……」
脂の甘みが、
最初に来る。
骨から出た旨みが、
スープ全体に染み渡っている。
根菜が溶けるように柔らかくなっていて、
肉の繊維がほろほろとほどける。
飲み込んだ後も、
体の芯が長く温かかった。
虎「……うまい。体に入ってくる感じがする」
コウ「わかる。北の飯って、なんか力が出るんだよな」
ステラ「脂質と根菜の糖質が、寒冷地での活動に適しています」
ステラも一口食べた。
ステラ「……濃いですね。でも、くどくない」
コウ「だろ? 俺、この街来るたびここ寄ってる」
コウ「……なんか、久しぶりだな。こういうの」
虎「そうか」
コウ「レンもミオも、最近どこにいるかわからないし。ちょっと心細かったよ」
ステラ「コウさん」
コウ「なに?」
ステラ「虎様は、一万年間一人でしたよ」
コウ「……そっか」
コウは少し黙って、
シチューを飲んだ。
コウ「……じゃあ今は、俺とステラちゃんがいるから、賑やかじゃん」
虎「そうだな」
コウが、
へらっと笑った。
明日から三人で、
雪山へ。
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ステラ「次回予告です」
虎「ああ」
ステラ「アイスフェニクスとの戦いになります」
虎「楽しみだ」
ステラ「高い魔力を持った物質は、鉱石などもあります」
虎「リザード系やマイマイ系には、そういったものを食べて己を強化する魔物も存在するな」
ステラ「修行の幅が、まだあるのですね」
虎「まだまだある」
ステラ「……虎様は、どこまで強くなるつもりですか」
虎「飽きるまで」
ステラ「……飽きますか」
虎「まだ飽きていない」
ステラ「それは、よかったです」
虎「なぜだ」
ステラ「飽きたら、旅が終わってしまいそうなので」
虎「……そう簡単には飽きない」
ステラ「ところで虎様、今回の装備屋ですが」
虎「何だ」
ステラ「虎様のサイズの装備が、ちょうど残っていました」
虎「ああ。以前にも似たような獣型の冒険者がいたようだな」
ステラ「……そういう方と、いつか会えるといいですね」
虎「そうだな」
ステラ「次回、『虎が、アイスフェニクスと戦う』」
虎「……お前、予告を最後に持ってきたな」
ステラ「たまには順番を変えます、テクというものです」




