55.
私の身体は言うことを聞かないまま、月日は流れる。一度たりとも思い通りに動かなかった私の身体に対して、私は精神的に大きな苦痛を感じていた。もう、死ぬまでこれが続くのだろうか。頭がおかしくなりそうだ。
結局、私とローランドの婚約解消は、なかったことになった。そして私の方からも、迷惑を掛けたとしてオーランドの両親に謝罪に来ていた。
「振り回してしまい、本当に申し訳ありませんでした。私は、オーランド様のことを心から愛しております」
愛してなんかいない。その逆だ。なんなんだろう、このバカ女は。
1か月近く経つと、精神的苦痛を感じながらも、自分の言動にツッコミを入れるようになってきた。
あまりの絶望感でおかしくなっているのかもしれない。
「そう、だったのか。オーランド、お前の婚約者に対する突き放すような態度をずっと叱責し続けて、すまなかった。私が全て間違っていた」
「いいんだよ、父さん。愛し合っている者は外から見ても分からないことがあるから。彼女も、俺の気を引くためにあんな無茶をしたんだ。まあ、今回のことで、ようやく自分が俺の庇護なしには生きていけないか、身に染みて分かっただろうしね」
オーランドは私の肩を抱き寄せながら、さも寛大な恋人を演じるように笑った。その言葉の端々には、『怪我で役立たずになったというのに、わざわざ拾ってやった』という恩着せがましさと、彼自身の両親の前で、自分の正当性をアピールする狡猾さが透けて見えた。
何が愛し合っている、だ。オーランドの言葉に吐き気がする。
それにこの男は、ずっとこの両親から態度に対する叱責を受け続けていたのに、私に対してあんな態度を取っていたのか。それにこの前後のやり取りからして、彼も私に冷たかった自覚はあるようだ。
その気持ちの悪い人間性と歪んだ行動にゾッとした。
愛し合っている者は外から見ても分からないなんてことを言っているが、普通は愛し合っていたら誰から見ても明確に分かるものだろう。全てに於いて言っていることがおかしいのに、この世界はオーランドの行動を全て肯定するように進んでいく。
それが本当に不気味で仕方がなかった。
時間は私の苦痛と共に進み続けていく。
私の身体は、オーランドをずっと追いかけまわして、彼が課外活動として外での討伐をしてきたら全力で媚びて労い、スポーツや魔法の大会があれば、それを最前列で見に行った。そして、誰よりも大きい黄色い歓声を送る。
オーランドはそんな私を、まるで自慢の勲章か奴隷でも誇示するように、周囲に見せびらかして満足そうに微笑むのだった。
そして何よりも最悪だったのが、クレイヴ先生やモヒート先輩、マーカス、ミレイア、セレナ先輩、ガイゼル先輩、コリアンナに対してつけろと言われた『けじめ』だ。
「君のせいで俺の面命が丸潰れだ。早く彼らとの関係を清算して、俺への忠誠を示してくれ」と、オーランドは私に笑顔で迫ったのだ。
彼によって皆が私の前に集められた。そして、『愛を証明してくれ』と言われた私は、そのまま冷たい言葉を放ったのだ。ずっと世話になって、恩がある彼らに。
「私は、オーランド様の婚約者の立場に戻ったので、貴方達はもう用済みです。さようなら。もう話しかけてこないでくださいね」
オーランドの前で、そう吐き捨てた。
睨みつける私の身体から見る彼らは、悲しいような、失望したような、そんな顔をしていた。
私は、自由や魔法、将来だけでなく、唯一無二の師と友人すらも失ったのだ。全ては、この男の歪んだプライドを満たすためだけに。
もう、死んでしまいたい。こんな人生は無意味だ。そう思って、魔法や刃物で自死を図ろうと何度も試したが、私の身体は指一本すら私の思い通りには動いてくれなかった――。
***
気が狂いそうな長い長い時間の中でも、季節は流れ、時間は進んでいく。
今日は、学院内で様々な輝かしい功績を遺したオーランドの卒業式だった。そして、私がこの学院を去る日でもあった。彼は今年、18歳になった。もう結婚できる年齢だ。私達の国では、男性と女性で結婚できる年齢が違う。女性は16歳、男性は18歳。今となっては、男にばかり都合の良い、気持ちの悪い制度だと思う。
私は、スプライント家の人間である私は、国王から直接この学院に入るようにと命令されていたはずだ。だから、結婚のためとはいえ、なんでこの学院から去ることになるのかは分からなかったが、それはオーランドに学院を辞めるように指示された時に判明した。
『もうその身体じゃ、国費を投じる価値もないからね。俺が国王陛下に直接処理を申し出ておいたよ。君はもう、何の役にも立たない人形だ。ああ、でも大丈夫。俺が貰ってやるから』
オーランドが浮かべたあの憐れむような、しかし底冷えするような勝ち誇った笑みが忘れられない。彼は裏で色々と手をまわしていたというわけだ。私にはもう、仲間も味方もいない、国からの命令もない、オーランドだけにただ生涯飼い殺される人生が改めて始まるというわけだ。
彼は私を含めた様々な生徒から羨望の眼差しと尊敬の声を受ける。それを、首輪を嵌められた犬のように一番近くで見つめることしか私には許されなかった。
私の魔法に費やすための未来は、今日で本当に全て絶たれてしまうのだ。
もう、何もかもがどうでもいい。早く、自分の人生が終わることだけを考えている。
学院に居た頃も、何度か彼の信奉者である女子生徒に襲われかけたが、いつでもそれをオーランドが『俺の所有物に傷をつけるな』と言わんばかりにすぐにそれを察知して、私は傷一つ負わずに全てが終わってしまう。まるで、自分以外の誰にも私をいたぶらせないという深い執着のようだった。
何度夢見たことだろうか。誰かが何かしらの要因で私を殺してくれることを。この、私が私ではなくなってしまった人生を全て終わらせてくれることを――。
でも、今後はそんな僅かな希望すらも抱けなくなるのだろう。私は今日で、オーランドの実家である公爵家に完全に囲われる。なんの不自由も、危険もない環境下で永遠にオーランドに管理されるのだ。彼に逆らわない、従順で貞淑な妻として。
もう、明日挙げられる結婚式でそれが完全に確定してしまう。
オーランドは少しでも早くことを進めたいようだ。
「柔らかい春の光が降り注ぐ今日の良き日、私たち卒業生のために、このような厳かで温かい卒業証書授与式を挙行していただき、誠にありがとうございます」
壇上でオーランドが答辞を堂々と読み上げる。周囲の生徒は、彼が卒業することを悲しんで泣いたり、嬉しそうに見守ったり、うっとりしたりなど、様々な反応だ。
彼は学院で過ごした様々な思い出を楽しそうに語っている。私の大切なものを、その尊厳すらも全て奪い尽くして、何食わぬ顔で綺麗事を並べて笑っている。
私はもう、全てがすり減って、自分への憎しみとオーランドに対する恨みでおかしくなっていた。
「最後になりますが、学院のますますのご発展と、本日ご臨席いただきましたすべての方々のご健勝とご多幸を心より祈念いたしまして、答辞といたします」
会場全体から、壇上の彼に拍手が送られる。
それでかつて私がスタチュエットで浴びた脚光と拍手を思い出して、叫びたいほどに悲しい気持ちになった。私は何を間違えたのだろうか。
私の努力は、私の人生は、あの男の支配欲を満たして、引き立て役になるためだけのものだったのか。




