54.
完結まで書き上げたので、ここから予約投稿しておきます。
アルファポリスで先行完結です。
謎の黒い魔力に包まれた。
天と地がひっくり返るような感覚に襲われ、思わず体制を崩し、顔から地面に着地した。痛い。鼻が潰れたかもしれない。
もうオーランドには魔力は残っていないはずなのに、何が起こったのだ。しかし、そんなことを考える暇などない。
彼の魔力が残っていることを前提にして、早く次の攻撃に備えて迎撃の準備をしなければならないと考え、顔を上げた瞬間――。
「これ以上は戦闘続行不能と判断し、リーシャ=スプライントの負けとする。勝者・オーランド=レッドグルール!!」
審判・クレイヴ先生の理解不能な声が響き、私は勝負に負けていた。
意味が分からない。何が起こったんだ。私は無理矢理起き上がろうとしたところで、自身の右腕の掌が全て溶けていることに気が付いた。それに、腕のところどころの骨が見えるくらいに抉れている。そして起き上がろうとした上半身の服は吹き飛んでいた。
「ってぐあ、う゛うあ」
口からは抗議の言葉は出ず、ひたすら痛みにうめくのみ。
おかしい。これは私がオーランドに与えたはずの負傷だ。なんで全てが入れ替わっているのだ。理解が不能だった。そしてそれと同時に、負けたという事実を突きつけられ、深い絶望に心が覆われていた。
すぐに医療スタッフに治療されながら担架で医務室の中の手術室まで運ばれた私は、依然として現在の状況が分からないままで痛みに呻いていた。
もう右手の先の感覚が完全にない。でも、ビリビリとした痛みが襲ってくる。緊急手術だと運ばれたが、既に消毒魔法を掛けられている段階で、今までに味わったことのないほどの酷い痛みに襲われて、先程負けたことなんて考えられないくらいだった。
そして、消毒が終わったようで、全身が淡い光に包まれる。
再生魔法。それは受けたことのない人は光に包まれて、天にも昇るような優しさを想像するだろう。
しかし、これはそんな生易しいものではない。だって、無理矢理骨や皮膚、臓器を再生させるのだ。
しかも今回は急を要する。時間が経てば経つほどに、完治させるのが難しくなる上に今回は重症。臓器が一部こんがりと焼かれているという嫌な言葉まで聞こえてきた。本当の本当に緊急なのだろう。
痛みなどはそのままでの治療。一言で表すと、『地獄』だった。
「治療完了です。なんとか一命はとりとめるでしょうが、右腕はもう動かない可能性が高いです。それと、腕や身体に負った火傷の跡は一部残るでしょう」
痛みはある程度引いたが、痛みで一気に精神を削られたことで遠のきそうになっている意識の中で医療魔法師がそんなことを誰かに報告している声が聞こえた気がした。
別に、良い。負けはしたが、私はもう、誰かのところに嫁入りすることはない。
もう、何もかもがどうでもいいのだ。戦闘と痛みで疲労した私は、諦めの中で意識が深く落ちていった――。
***
「怪我の具合は?」
治療が終わってから、3日。意識が醒めた私の目の前にいたのは、もう私にとっては赤の他人のオーランドだった。
「オーランド、様。怪我はもう、痛くはありません」
何故か私の口から、彼に対する過去の呼び名が出てきた。
頭の中で疑問符が浮かぶ。私は今、なんと言った?私の意識の中では、彼を睨みつけて、無視しようと思っていたはずだ。
婚約を解消して、殺し合いをして、負かした相手に対して、今更何の言葉を掛けようというのか。確実に、『俺の言うことを聞かなかったからだ』なんていうくだらないマウントを取られるに決まっている。だから、せめてもの抵抗で無視しようと思っていた。大人げないとは思うが、今は逃げることも出来ない。それくらいしか思いつかなかった。
「そう、か。大丈夫だ。責任はとる。婚約解消をなかったことにしよう、リーシャ」
は???
この男は何を言っているのだ。ただでさえ、負けた上に絶望的な怪我が残ってしまったのに、今度は私の人生を奪おうというのか。
意識が途切れる一瞬前、私は聞いていたのだ。私の右腕がもう、動かなくなるという事実を。
ふざけるな!そんなの絶対に認めない。いらない、必要ない!!そう激昂しそうになっていたのだが、私の口から出たのは全く別の言葉だった。
「え……本気、でしょうか?」
「知っているさ。俺の関心が欲しかったんだろう?だから、異性と仲良くしたり、婚約解消なんてくだらないことを言い出した」
「っごめん、なさい。有難うございます。私、私、オーランド様と婚約の解消なんて、本当はしたくなかったんです」
オーランドの言葉以上に、自分の口から出た言葉が信じられなかった。
私の口は何を言っているのだ。そして、私の目は何故涙を流しているのだ。
私はオーランドとの婚約を本当に解消したかった。決まった時は喜びの感情すら抱いたはずだ。それを、私の口は何を彼に媚びるようなことを言っているのだろう。まるで、何も持っていなかったあの時期に精神を置いてけぼりにして身体だけ戻ってしまったようだ。
私の心とは裏腹に、勝手に喋る口は一向に閉じない。それどころか、自分自身の口を塞ごうと動かそうとした手は、ピクリとも動いてくれなかった。
「私、オーランド様に突き放されたのが悲しくて、ずっと関心を引きたくて――」
私の口曰く、私はオーランドに冷たくされたのが悲しくて、魔法に興味を持った振りをして、教師や先輩に近付いて勘違いさせるような行動をとっていたらしい。婚約解消の話すらも、関心を引くために出した話だったのに、母からオーランドの両親に伝わったと。
私の身体には何が起こったのだろうか。
私の身体なのに、私の口なのに、何も思い通りに動いてくれない。私は、負けて、怪我を負ったことで、もう精神的におかしくなってしまったのだろうか。
「そう、だったのか。悪い子だ。でも、身の程を弁えたようで何よりだよ。婚約解消をなかったにする件については、俺から伝えておくから、ゆっくり休んでおいてくれ」
そう言って、オーランドは私の頭を、まるでよく懐いた自分のペットでもあやすようにポンポンと叩いた。その仕草の全てに、私を「自分の所有物」として扱い直す傲慢さが満ちていた。
やめて、もう、私をこれ以上壊さないで。私の未来に踏み込んでこないで。せっかく振り切ったはずなのに、何故この男は私を縛り続けるのだろうか。
何故私の身体は勝手に彼に縛り付けられることを選択しようとしているのだろうか。
夢ならば、こんな悪夢は早く醒めて欲しい。
私は彼に一方的に抱きしめられる。私の身体は、ずっと謝罪を続けながらその抱擁を正面から受け止めていた。




