53.
緊張感で空気がヒリヒリしている。
負ける気など毛頭ない。魔法決闘における初手――それは互いの力量を測る試金石であり、同時に最も危険な行動だ。先制攻撃の失敗は、そのまま致命的な隙となり、深いダメージへと直結する。最強の鉾となるが、それは諸刃の剣だ。
だからこそ私は、彼が仕掛けてくるであろう苛烈な一撃を想定し、いかなる魔法に対しても、対抗できる魔法をいつでも撃てるように準備していた――のだが。
オーランドの最初の行動は予想外のものだった。
「あの話は本当か?」
低く、地を這うような低くて重い声。
『あの話』が何を指すのかなど、思考を巡らせる必要すらなかった。今、私と彼の間に横たわる因縁など、一つしか存在しないのだから。
婚約解消の話だ。
「本当よ。私と貴方はもう元婚約者――いえ、ただの決闘の対戦相手であり、それ以外は無関係の他人」
断言すると同時に、よりオーランドの纏う空気が重くなった。
明らかな殺意と言える意思。全身の産毛が逆立つ。気持ちが悪いくらいに重い空気。
「……そうか」
しかし、その殺意とは裏腹に、彼の内から噴き出す魔力の見た目は不気味なほどに静まり返っていく。
嵐の前の静けさ、などという生ぬるいものではない。感情のすべてを削ぎ落とし、ただ私という存在にだけ向けられた純化された魔力。
息を呑む。彼は今、本気で私を殺そうとしている。本気で怒っている。
次の瞬間、彼の手に魔力が収束し、透明な刀身の剣が現れる。次の攻撃を見極めようなんて思考が動く前に、身体が飛んできた雷魔法を全て防御していた。少し、危なかった。なんの予備動作も魔力の大きな動きもない魔法。考えて動いていない、咄嗟に危険を感じて防御魔法が出た。
剣での薙ぎ、払いと一緒に軌道の予測できない魔法が大量に飛んでくる。
複合魔法ではない。単色の魔法だが、一つ一つに途轍もない量の魔力が凝縮されていて、掠っただけでも致命傷になりうる魔法ばかり。私はそれを、思考を挟むことなく捌き続ける。否、思考を挟む暇などないのだ。そんなものを挟んだら、防御が遅れる。
正直に言うと、押されていた。
この絶え間ない連撃の中では、防御するだけで手一杯。反撃の隙などない上に、一瞬でも油断すれば致命傷を負う。ただ、耐え続けるしかなかった。こんな高出力な攻撃、長時間続けられるはずがない。今はただ、防御に徹する。それに、オーランドの魔力だって無限じゃない。有限だ。いつかは必ず底が見える。
私は耐え続けることが得意だ。オーランドの言動にだって、今の今まで耐え続けてきた。それと一緒だ。いつかは終わる。
心を無にして、攻撃を最小限の動きと魔力で避けて、防御をし続ける。いつの間にか、オーランドから漏れ出る少ない魔力から、次の攻撃が読めるようになり始めていた。
私は今、これ以上ないほどに研ぎ澄まされている。
スタチュエットのお陰で身に着けた魔力制御が、うまく生かされているのを身をもって感じていた。
人間は、極限の状態に置かれ続けると、極限を超えてその殻を破る瞬間があるらしい。
きっと今がそれだ。全身を包む、感じたことのないほどの全能感。
「っ何故、何故、何もかもうまくいかないんだ!!!」
彼の攻撃を躱し続けて1時間近く経っただろうか。
オーランドはきっと、魔力が尽き始めている。そろそろだ。もうすぐにでも、彼は魔力が使えない無力な人間に変わる。
そして、次の瞬間、完全に彼の魔法での攻撃が止んだ。きっともう意地だ。その意地だけで振り続けている剣だけがまだ振り続けられている。
「っくそ!使えない、魔法め。だが、まだだっ――」
やっと私にも余裕が生まれた。今度は私から攻撃を仕掛けていく。
単純な炎の魔法を放つと、それはいとも簡単に剣で振り払われ、そのまま弾くように打ち返されてきた。
とんだ化け物だ。魔力がすっからかんの状態でも動き続け、身一つで魔法に突っ込んで、まるでボールを打ち返すように魔法をこちらに打ち返してくる。
この魔法を学ぶ学院では見たことのない戦術だった。
自分でまだだと言える程の実力はあるらしい。
このまま続けては、私も一緒に魔力を削られ続けて、魔力切れになる。そうなってしまったら、オーランドのように『剣術』という手段を持たない私は、負ける。
「次で――終わり!!」
魔法を剣で打ち返せるというのであれば、打ち返せないくらいに強力な魔法を撃てばいいだけ。
オーランドの身体なんて、心配しない。彼だって、私に致命傷を与えるような攻撃を繰り返してきた。もう、何も気にしない。私の全力を撃って、彼と、私の過去と完全に決別する。
風魔法で空中に浮きあがり、空中に水魔法を集める。そこに雷魔法を込めて、重力魔法で人差し指の先ほどの大きさに圧縮する。そしてその外側を炎と風の複合魔法で包み込んだ。
この魔法は吹き荒れる嵐。災害、災厄、膨大なエネルギーの塊。
人間どころか、この会場が簡単に吹き飛ぶ。それをオーランドの方に軽く投げた。
空中にいる私に魔力がすっからかんな彼がダメージを与えるには、私からの魔法を撃ち返すしかない。
我ながら、悪趣味だし、最悪な魔法の使い方だと思う。でも、加減などする気はない。
私の魔法が完成した時点で、審判のクレイヴ先生が止める声が聞こえたが、もう魔法を放った後だった。
そしてオーランドの剣に私の魔法が当たる。
既に防御魔法を張っていた私は、砂埃が防御魔法の外を削るように舞い上がって、何も見えなくなっていた。会場全体から悲鳴が聞こえる。
これでオーランドが死んでいたとしても自分の意地で負けを認めない彼の責任。悲鳴を上げている観客が怪我をしたところで、事前に怪我は自己責任という契約書に同意しているうえで危険なものを見に来ている観客の責任。世の中は全て、自分自身の選択によって回っているのだ。
そして、全てが地に落ちた後、目の前に人影が見えた。
オーランドだ。彼は利き手である右腕の掌は全て溶け、腕のところどころの骨が見えるくらいに抉れている。上半身の服は吹き飛んでいた。そして、右腕から右半身にかけては酷い火傷を負っている。元々、着ている服自体にかなりの量の魔力が込められていたのだろう。一種の魔道具だ。魔力が強い人間が着続けているとよく魔道具化していることがある。それだろう。事前申請で私と同じように、申請しているのを見ていたから知っている。
そんなものだけであの規模の魔法を魔力なしでこの怪我なのも化け物じみてはいるが。
これで勝負は決した。こんな怪我を負ったのは、くだらない意地を張るからだ。
多分まだ同じように生きているであろう審判に、もう勝負は終わりだろうとの判断を仰ごうと、目線を向けると同時。私はオーランドから漏れ出てきた真っ黒な魔力に包み込まれていた――。
私事ですが、右下にあった親知らずを抜きました。
抜いた後、腫れて物凄く痛かったので、全然更新できなかったです……。かなり症状収まったので、続き書いてます。この作品は今月中に完結予定です。




