52.
母様と別れた後。
私は自室ではなく、明日の出場選手専用の控室――私に与えられた部屋に戻っていた。
談合や試合の直前の八百長防止のためらしい。私達選手には最初当たる相手が誰なのかなどの情報が既に渡されているが、他の生徒などには知らされていない。
その上、決闘は、学院主催の『賭け』が行われる。魔導祭開始直後から選手専用の部屋に選手を手配しても良いだろうが、代表選手は別の競技にも参加している人間が何人かいること、そして流石に知らない部屋で寝食をさせると慣れない部屋で眠れなく、体調が悪くなったりする生徒もいるだろうこと、などなど様々な事情から、前日のみの部屋移動らしい。
本来であれば、今日の魔導祭終了直後、夕食の前あたりからの部屋移動だったが、私は今日は母様と会う予定があったので、その予定の後まで部屋移動を免除されていた。
「これで、解放されるのね」
婚約を解消して、私の未来が解放される。そして、明日の決闘でも勝って、精神的な意味でも、学院での関わりてきな意味でも、必ず解放されて見せる。
そう、新たに決意を固めて、私は見慣れない天井を見ながら眠りについた――。
***
迎えた7日目のデュエル当日。
オーランドと1対1で戦う日、そして魔導祭の最終日だ。
最終日、そして最も盛り上がる競技ということもあってか、会場――闘技場が熱気に包まれていた。ここに来るまでは教師に付き添われて、部屋から誰にも会わない隠し廊下から来たのだが、壁越しでもその熱気が伝わってくるほどだった。
私とオーランドがあたるのは、決闘の試合でも一番最初。だから、私はもう既に一人で控室で待機していた。もちろん、相手選手であるオーランドとは別の控室だ。
控室では、モニターに様々な情報が映し出される。賭けについてのルールや賭け倍率、優勝候補予想などなど。正直、選手からしたら、迷惑な情報だとは思う。……人によっては、士気が上がるのかもしれないが、少なくとも私は良い気持ちはしない。
でも、結局は選手よりも魔導祭が盛り上がることの方が学院側としては優先なのだろう。
モニターのくだらない情報をボケっと見る。
優勝候補
1位 オーランド=レッドグルール 30%
2位 リーシャ=スプライント 21%
3位 モヒート=ウーヴ 13%
4位 マーカス=ヴェルナー 11%
・
・
・
魔導祭運営が発表した優勝予想は、私がオーランドに負けていた。他にも見知った名前がちらほらとあったが、私と同じようにオーランドに比べるとやはり……といった様子だった。
しかしまあ、仕方がないことなのだろう。オーランドはスタチュエット以外の全ての競技で1位を独占している。
流れてきた解説曰く、スタチュエットで唯一オーランドを破ったのが私だったので、それなりに優勝票が集まっているらしい。しかし在校歴が長く、実績もある彼には一歩劣るとのムカつく内容も一緒だったが。
画面が切り替わり、現在の賭け倍率も流れてくる。
選手倍率
オーランド=レッドグルール 1.8倍
リーシャ=スプライント 3.2倍
モヒート=ウーヴ 5.5倍
マーカス=ヴェルナー 9倍
・
・
・
こちらについても、やはり私の方が劣ると予測されているのだろう。
でも、他人の評価なんて関係ない。それに、未来なんて誰にも分からないのだから、こんなことで感情を動かされる必要なんてない。
魔力を集中させることで、感覚を研ぎ澄ませながら声がかかるのを待っていると、すぐに呼び出しがかかった。
案内されて、選手控室から歩いて会場である闘技場の中央の広場へと足を進める。扉が開いたので、そのまま前に進んで、暗闇から抜け出した。
太陽の光を感じた瞬間、耳が壊れるかと思うほどの歓声が空から降ってきた。歓声の一つ一つは何を言っているのか分からないが、これ以上ないほどに白熱していて、興奮していることだけは伝わってきた。
そして中央近くまで来て、正面を見つめると、遠く闘技場の端の扉が開いて、人影が確認できた。オーランドだ。私の時に比べると、より甲高い悲鳴に近い声――黄色い声というものなのだろう――が響いて、思わず両手で耳を塞いでしまった。
代表選手として出場させるのであれば、大切な身体の一部である選手の耳も気遣って欲しいところだ。
現実逃避のようにくだらないことを考えていると、顔を視認できるほどの距離にオーランドが立っていた。
スタチュエットの競技後から直接見ていなかったが、なんだかやつれたような、妙な雰囲気を感じた。
そして何よりも…………私を睨んでいる。会場の雑音なんて何もないかのように私だけに浴びせられるその視線。決闘の相手に向けるにしても、あまりにも厳つすぎる。
私の気のせいだと思いたいが、殺意が籠っているような気さえした。
正直、思い当たる節しかない。
婚約解消のことだ。プライドの高いオーランドのことだ。私のことをいくら疎んでいたとしても、私の家からの提案で勝手に婚約解消が決められたことが気に食わないのだろう。恥をかかされたと思っているのかもしれない。まだ公になってはいないことだが、公になる前に私を消してやろうという魂胆だろうか。
彼の暗い表情からは何も読み取ることは出来ない。
だが、どういう心境にしろ、彼が猛烈に憤怒し、私に憎しみの感情を抱いているであろうことは、そのドス黒いオーラから、簡単に読み取れた。
一方的にオーランドに睨まれながら開始の合図を待ち続けていると、向かって左側の実況ブースでクレイヴ先生が魔導拡声器で軽いルール説明を始める。私は説明の直前に、先生がオーランドの方をちらりと見て、『うわ……』というまずい物体を見たかのような態度を私は見逃さなかった。
・武器・魔道具は事前申請の上で持ち込み可
・相手から『降参』の言葉を引き出すと勝利
・相手が『気絶』したと認められる場合も勝利
・審判により戦闘続行不能状態と認められた場合は、即中止し、審判によって勝敗が決められる
・時間は無制限。1日で全ての試合が終わらない場合は、次の日に魔導祭を延長する
事前に聞いていたことではあるが、簡単にまとめるとこんな感じだ。
ちなみに、片腕が吹き飛んだところで、戦闘続行不能状態と認められることはないようなので、これはあってないようなルールだろう。
この学院の医療施設は優秀だ。下半身が吹き飛ぶレベルの重症出ない限りは戦闘続行だろう。
殺さない程度に相手を痛めつけて、負けを認めさせるというかなり野蛮な競技である。
ルール説明が終わって、改めてオーランドに視線を向けると、バチリと視線が合った。彼はルール説明の最中も私から全く視線を逸らしていなかったようだ。あまり嬉しくない気付きだ。
戦闘開始が近付いて、より彼から放たれる魔力が強力になり、刺すように私の方に向けられていた。
ため息を吐く。軽く伸びをして、緊張をほぐしながら、いつでも魔法を放てるように構える。
「第一回戦 オーランド=レッドグルール対リーシャ=スプライント。はじめ!」
こうして戦いの火蓋は切って落とされた――。
ルールが矛盾していたので、修正しました。コメントありがとうございます。




