45.
身体の自由がきかないまま、私は床に転がっていた。
指一本、まともに動かせない。
筋肉だけを的確に縛る雷撃。痛みはないが、動こうとすればするほど、勝手に身体が跳ねる。
まだ痛かったとしても、動ける方がマシだ。もしかしたら、身体までは傷付けまいとするクレイヴ先生なりの配慮なのかもしれないが、有難迷惑だ。
「……最悪」
やっと少しだけ動くようになった声帯で、小さく呟く。
視界の端で、モヒート先輩も同じように転がっているのが見えた。
オーランドも、わずかに眉をひそめながら地面に片膝をついている。どうやら、彼の方が復活が早かったようだ。苛立たしいが、若干オーランドの方が魔法耐性が強いのかもしれない。
とはいっても、私達は全員既にクレイヴ先生に魔力を流し込まれて、彼の点数になってしまっている。これ以上は、起き上がる必要性は感じなかった。
「だい、じょうぶか?スプライント」
「はい、なんとか。まだ……当分の間は起き上がるのは難しそうですが」
セレナ先輩たちは無事だろうか、と一瞬考えたが、もうどうしようもない。私達は、あの大人げない教師に敗北を喫したのだ。
ボケーっと天井を見つめていると、もう回復したらしいオーランドがこちらに足を引きずりながら近付いてくる。
負けた上に、この男からの説教じみた説得まで受けるのか。どうせまた、デュエルを辞退しろと言われるのだろう。非常に面倒だ。なんとか誤魔化せないかと目を閉じて、数刻待ったが、オーランドの声は聞こえてこなかった。動くようになっていた首だけを動かして、オーランドの進んでいた方向を見ると、もう既に廊下の陰に消えていた。マナ・タグが、完全に機能停止したまま。
どこに行ったのだろうか。少しだけ疑問を持ったが、それをかき消すように、学院全体に鐘の音が鳴り響いた。
――ゴォォォン
低く、重く、終わりを告げる音。
続いて、モニターや廊下の窓や壁に巨大な表示が浮かび上がる。
《マナ・タグ 競技終了》
《最終結果》
数字が高速で書き換わり、確定する。
《総参加生徒数:500》
《最終残存生徒数:18》
「……え?」
思わず声が漏れた。クレイヴ先生と戦う前は、もっと残っていたはずだ。それが一気に減っている。
「18、だと……?」
横でモヒート先輩も、目を見開いている。
生徒500中、18人しか生き残っていない現実に、驚きを通り越して恐怖すら抱いた。
去年が残り生徒数が70人ほどと聞いていたが、それを大幅に下回る。
そして次の表示。
チーム別残存数。
《蒼氷 残り5/100》
《紅炎 残り4/100》
《黄雷 残り3/100》
《白凛 残り4/100》
《黒狼 残り2/100》
「……蒼氷、ギリギリのところで一位か」
モヒート先輩がぽつりと呟く。
わずか五人。
それでも、この地獄のような競技で生き残ったという事実が、そのまま点数になる。とはいっても、他の5大競技の方が点数配分は高いのだが。こんな恐ろしい競技では、正直割に合わない点数だ。
続いて、教師側の結果が表示される。
《第一位:クレイヴ教諭 318》
《第二位:アルメリア教諭 47》
《第三位:ホレイショー教諭 39》
《第四位:リュシアン教諭 20》
《第五位:ヒューゴ教諭 12(退場)》
《第六位:ドリアス教諭 10》
・
・
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「318人……?」
私は、思わず乾いた笑いを漏らした。
「一人で、生徒の半分以上を捕まえるって、何をしたんでしょうか」
「化け物だな、あの先生は」
モヒート先輩が苦笑する。
化け物呼ばわりも無理ないだろう。マーカスの相手をして、私達に対してもあんな強力な魔法を放って。他にも観測していた限り、色んな魔法を使ってかなりの量の魔力を使っているはずだ。
「よお。迎えに来たぜ。お前たちはまだ完全には動けないだろ――って、オーランド=レッドグルールはどこに行ったんだ?」
「もう回復したみたいで、少し前に、どこかに歩いていきました」
なんだかんだ言いながら、私とモヒート先輩を心配してここまで戻ってきてくれたのだろう。
浮遊魔法でモヒート先輩を、私は制服がスカートだからか、彼の上着を巻いた上で丁寧におんぶしてくれた。
曰く、逃げられたら面倒だから、他の生徒とは比べ物にならないくらいに強めに魔法を使ったとのことだった。そこは少し酷い。
「あ~~。研究費、何に使おうかな。楽しみだな。稼がせてくれてありがとうな、おかねちゃ――じゃなくて、お前たち」
これは若干、わざと言っているだろう。教師としてどうなんだ、これは。
そうジトっとした目を向けながらも、クレイヴ先生がずんずんと歩いていく方向の先を見つめる。どうやら、このまま教師用の表彰会場に向かうらしい。
――終わった。少なくとも、一日目は。
そのとき。
別の表示が重なる。これは生徒向けのものだろう。明日の告知情報だった。
《第二競技 告知》
淡い光が、文章を描き出す。
《第二競技 マナ・ブレイク》
「……マナ・ブレイク?」
聞き慣れない名前に、私は眉をひそめる。そういえば、毎年全体競技は1競技目はマナ・タグで固定だが、2競技目はランダムで選ばれると聞かされていた気がする。
説明文が続く。
《学院中央聖域に存在する『聖樹』へ魔法を行使し、吸収された総魔力量を競う。個人の魔力量・制御力・持続力が問われる。※全生徒参加型競技》
さらに細かなルールが表示されていく。
《・制限時間内であれば、何度でも魔法行使可能》
《・聖樹に吸収された魔力は自動計測され、個人およびチームに加算》
《・過剰出力による暴走は失格。制御しきれているもののみを認める》
《・聖樹への物理攻撃および直接接触は禁止》
「……なるほど。1個目の競技とは全然違いますね」
一つ目の競技が『動』とすると、2つ目の競技は『静』。
正直、あまり派手な競技ではないが、1つ目よりは個人の実力が出やすいだろう。
「スプライントはかなり有利じゃないか?」
「確かにな。リーシャは悔しいが、出力量や魔法単体の強さだけで言えば、俺よりも上だ」
モヒート先輩は宙ぶらりんに魔法で浮かせられながら、クレイヴ先生はモニターを真っ直ぐ見ながら、私の言葉に反応してくる。
二人の言う通り、様々な魔法に触れる中で、私は自分の魔法の強さにはある程度の自信があった。
クレイヴ先生が自分よりも出力量や魔法の威力を褒めてきたのは少し意外だったが、それだけ他と比べても強いものなのだろう。
「次は、生徒だけの競技……ですよね?」
「そんなに俺が嫌か?今のところ特に声がかかっていないし、何よりも、ルール説明にもなかっただろう」
「……安心しました。もう身体が動かなくなるのは嫌なので」
「…………放置せずに、迎えに来ただろう?」
迎えに来たとは言っても、割と嫌な経験だった。暫くはクレイヴ先生と戦いたくなんてない。
だからこそ、次の競技は襲われる危険性を考えなくてもいい分、気が楽だった。それに、自分でも得意だと思っている分野での戦いだ。そこまで努力をしなくても、上位は固いだろう。
今日の緊張は完全に忘れ、明日は楽に終わって屋台を回れそうだと少し心が浮き立ちながら、魔導祭1競技目は終わった――。




