外伝 4番目のキュナネ
「ダダさんって結婚する気とかないんすか?」
「全くない」
ダダとセルムは久々に居酒屋唐辛子に飲みに来ている。3杯目のワイングラスが空になり、ダダの口が滑らかになったところで、セルムは常日頃聞きたかった質問を投げかけてみた。
すぐさま完全否定されたが、こんなことでセルムはめげない。
「余命10年の件が片付いたんすから、これからいくらでも時間はあるじゃないっすか」
「次々に生まれる子ども達の世話で手一杯だ」
特級冒険者業に復帰して5年。
今のダダは週の半分程仕事をし、残りは子ども達の世話と料理のために時間を費やしている。
40になったダダはその色気は歳を追うごとに色濃くなり、その端麗な容姿だけでなく洗礼された物腰にも磨きがかかっていた。
ーーー実は今日セルムがダダを飲みに誘ったのには訳がある。
「ダダさん!お見合いしません!?」
「は?」
顔面求愛孔雀が女性に困っていないのは百も承知だ。
群がる女性達を袖にも掛けないところから、このアルタでは『鉄壁のダダ』という不名誉な二つ名で呼ばれるようになって久しいが、子煩悩なダダだからこそ自分の子どもが生まれたらどんなに喜ぶだろうとセルムは考えていた。
既に良さそうな女性達に目星はつけている。
あとは本人が了承さえしてれれば、声を掛けてセッティングするだけ。
「断る。そんな時間があれば、子どもとの時間に使いたい。第一、子どもを作るために結婚するなど相手に失礼だろう」
「えーーいい案だと思ったのに!ダダって元貴族なのに恋愛結婚主義だったんすね…」
「元貴族だからこそ、だ。両親の冷ややかな結婚生活を目の当たりにしたあとに、シュナやお前達みたいな家族を見ていたら嫌でも恋愛結婚主義になる」
「なるほど!」
逆に説得されてしまった感が否めないが、そういうことなら納得である。
「キュナネが今丁度剣に興味を持っているようだから、愛のない結婚をしている暇があるなら訓練をしてやりたい。あの子は筋がいいから良い剣士になる」
「キュナネはまだ4歳すよ。一人前になる頃にはダダさんおじいちゃんじゃないっすか!」
「今更愛のない結婚をするより有意義だろう?」
キュナネはシュナの第4子、末っ子の次女。
子ども達の中で1番ダダさんに懐いていて、暇さえあればいつも玩具の木剣で遊んでいるような子だ。
今朝も仕事前のダダさんと嬉しそうに剣術の稽古をしていたのは記憶に新しい。
「キュナネかー!天真爛漫なあの子と比べたら大人の女性は勝ち目ないっすね…」
「そういうことだ」
ダダはキュナネのことを思い出しのか、嬉しそうにワインを飲み干す。
これ以上説得しても、徒労に終わるだけだろう。
セルムは早々に諦めることにした。
「ダダ!パパが作ってくれたの!」
唐辛子から帰ってきたダダに、キュナネは刃のついていない模造刀を嬉しそうに掲げてみせた。
アスタニウムという青い特殊弾性金属で作られているそれは、騎士団の訓練でもよく使われている物だ。
鋼剣と同じ位の重量があるものの軟かいという特性があるため訓練には丁度いい素材なのだ。
「アスタニウムか。良いものを作って貰ったな」
「本当はもっともっと大きいのが欲しかったんだけど、これに慣れたらねってパパが言ってた!」
「大きいと取り扱いが難しくなるからこれで十分ではないか?」
「ダダのグレードソードくらい大きいのがいい!」
「これを持つのは相当力がないと無理だぞ」
「いっぱい食べていっぱい大きくなるから大丈夫!」
キュナネは嬉しそうにダダに飛びつくと、その腕の中で思いつく限りグレードソードの素晴らしさを褒め称えた。緋緋色金で出来た美しい剣身は母のもつ護り刀と同じものなのだが、グレードソードは別格なのだという。
「ねぇダダ、寝る前にお話してくれる?」
「なんの話がいい?」
「ダダが騎士さまだったころの話!キュナネね、騎士さまになるの!ダダみたいにみんなを守るんだ!」
「キュナネならいい騎士になれるよ。お話をしてあげるからベッドに行こう。お休みの時間だ」
「ダダ、だーいすき!」
それから20年後ーーー
アスタネ国に初めての女騎士が誕生した。
細身ながら師から受け継いだ大剣を振るう彼女は、入団1年目にしてその頭角を表し、女伊達らに先駆けを務めるほどであった。
並みいる敵を物ともせず、超重量剣技で薙ぎ倒す。
その姿、まさに鬼神の如し。
「キュナネちゃん!今夜飲みに行かない?」
「俺もご一緒したい!」
「な!馬鹿!遠慮しろよ!」
「明日から故郷に帰る予定だから、そんなに遅くならなければいいよ」
「「「やった!」」」
明日から1週間、冬季休暇に入る騎士団の若い団員達は、キュナネにお近づきになりたくて必死だった。
一見するとキュナネは母譲りの可愛らしい顔立ちをしており、師譲りの料理好きという良妻賢母タイプの為非常にモテるのだ。
城下町にある居酒屋『唐辛子アスタネ店』に着くと、4人は早々に乾杯する。皆はビアで、キュナネはワインだ。そして、キュナネの帰省について盛り上がる。
「キュナネちゃんの故郷ってアルタだっけ?」
「アルタと言えば、鉄鋼産業の町だよね?アルブレヒト工房が有名じゃん。注文しても5年待ちはザラだっていう超有名武器工房」
「俺もあそこの剣欲しいんだよなぁ。親父さんの息子が若いながらに腕がいいらしいよ」
「…小さい頃から鍛治狂いの変人」
「え?」
「何でもない」
1杯目のワインはアスタネ東のドコ産の赤。
ほどよい甘みと微炭酸がマッチするライトボディで、ホロホロ鳥の唐揚げとよく合う赤だ。
「アルタって、特級冒険者が3人もいるところだろ?もう皆引退して育成に力を入れてるらしいけど」
「鉄壁のダダだっけ?超重量剣技のすげぇ人」
「35年間完全無敗ランカーの鉄壁のダダ!昔見たことあるけど、めちゃくちゃ格好良かったよ。渋い大人の男って感じでさ」
「…趣味は料理」
「え?」
「何でもない」
2杯目のワインはキルフェ南のアドマリン産の白。
海沿いの暖かい海沿いで作られた果実味の強いこれはサモンのカルパッチョと相性がいい。
「特級冒険者といえば、残る2人は夫婦なんだろ?」
「セルムとアンジェ夫婦!2人も完全無敗ランカー」
「めっちゃ子沢山らしいよ。5人だか6人だかいて、皆女の子らしい。そのうちの1人がアルブレヒト工房の後継者の奥さんなんだって」
「…8人」
「え?」
「何でもない」
3杯目はビアに替えた。
ホップの苦味が特徴の、この店自慢の人気酒だ。
これは何の料理にでも合うから、注文した料理がすっかり空になってしまった。
「『メゾン・ド・シュナ』もアルタだっけ」
「冒険者御用達の仕立て屋だよな?皆験担ぎにそこで仕立てるらしいよ。何でかそこの製品着てると無傷で帰ってこれるって評判らしい」
「冒険者者って運も必要だから験担ぎするよな」
「…腰痛も治るよ」
「え?」
「何でもない」
4人が改めてビアを注文して2回目の乾杯し終えると、若い騎士3人はそわそわし始め、誰からともなく本日の本題を切り出した。
「そんでさ、キュナネちゃんてどんな男がタイプ?」
「タイプ?」
ふむ、とキュナネは何かを思い出すように、指折り条件をあげていく。
優しくて
格好良くて
黒髪黒目で
料理が趣味で
大剣を扱える人
キュナネが言い終えるやいなや、若い騎士達3人の落胆ぶりは非常にわかりやすかった。
「そんな人この世にいんの?」
「ふふ、どうかな」
「特に黒髪黒目なんて限定しすぎん?」
「それが好きだから仕方ないの」
「ダメだ。守りが堅すぎる…」
アスタネ国に初めての女騎士、その名はキュナネ。
群がる男性達を袖にも掛けないところから、このアスタネ騎士団では『鉄壁のキュナネ』という不名誉な二つ名で呼ばれるようになったのはこの日からーーー
「あの後、ダダは結婚したのだろうか?」
自問自答した結果の外伝でした。
他の作家さんたち「その後」を読むのが大好きなので、これからもぼちぼち「その後」を書いていこうと思います^_^




