外伝 3番目のフノ
母は子ども達が7歳になるまでの間、新しい上着を仕立てる度に必ずその背に牡丹の刺繍を施してくれた。
その小さな赤い牡丹の刺繍はとても可愛くて、見ているだけで嬉しくて。
いつも兄弟達と喜んでいた。
「ママ、これなぁに?」
「これは『背守り』というのよ」
「せまもり?」
「東にある遠い国のお守りよ。子ども達がすくすく育ちますようにってお祈りするためのお守り」
「ふぅん?」
この時は良く理解していなかったが、それから随分と時を経てから背守りの由来を知ることになる。
◆◆◆
古来より『7歳までは神様の子ども』とされてきた。
昔は今よりも医療や薬が発達しておらず、
幼子が7歳までに死ぬことが珍しくなかった為だ。
人々はそれを『魔物にとられた』と称した。
7歳に満たない子どもが魔物にとられた際、
親達は嘆き悲しみながらも「神様にお返ししたのだ」と自らを慰めた。
魔物は、背中からその魂を抜き取るという。
親達は7歳まで魔物に命を取られぬ為に、
幼子のその上着に魔除けのお守りを縫い付けた。
それが『背守り』の始まり。
強くまっすぐに育つ麻にあやかった「麻の葉」
長寿の象徴である亀を模した「亀甲」
持ち主の身を守ってくれる「矢」
信じる意匠を縫い付け、親達は祈る。
『子らが7つの歳まですくすくと育ちますように』
◆◆◆
東国の縫製教本を閉じ、フノはため息をついた。
一風変わった東の長着を纏った星之助と名乗る冒険者が店にやってきて、「これと同じ長着を作って欲しい」と依頼してきたのは一昨日のこと。
しかし長着など縫ったことがなかったものだから、急いで図書館から東国の縫製教本を借りて来た。
その教本の冒頭に記されていた『背守り』の由来を読んで幼い頃を思い出していたところだったのだがーー
「クケだのキセだの鯨尺だの…和裁というものの用語が全然わからないわ!」
「何をそんなに悩んでいるの?」
「ママ!」
「東の長着のこと?」
母がお茶を持って、店の2階にある休憩室でウンウンと唸っているフノの様子を見に来てくれたようだ。
「そう。長着なんて初めてだからどうしようかと」
「縫い方が違うから初めは大変かもしれないわね…。でもね、上手に縫うことも大切だけど、それよりも大切なのは着る人のために祈りながら作ることよ」
「祈りながら、かぁ…」
フノはまだその意味がいまいち解らずにいた。
縫製のうまさばかり気にしている自覚はある。
一応、祈りを込めているつもりなのだが、なんとなく上辺だけな気がしていていつも後ろめたかったのは事実だ。
母の営む『メゾン・ド・シュナ』の針子として働き始めて3年。シュナの第三子であるフノは今18歳だ。
幼い頃から母の真似をして針仕事をしていたお陰で、今では1人でオーダーメイドの依頼も受けるほど縫製の腕は上達していたが、母からは「まだまだね」と及第点しか貰えていない。
「あれ?このお茶なに?」
「さっき星之助さんが持ってきてくれたのよ。東の国のお茶ですって。あなた、依頼を受けた時に困った顔をしていたんですって?慣れない物を頼んでしまったと気兼ねして持って来てくれたみたいよ」
「…悪いことしちゃったわ」
長着の作り方がわからないとはいえ、顔に出してしまっていたとはまだまだだ。きっとそれを見た星之助は心苦しかっただろう。
お茶を飲み干すと心機一転、フノは気合を入れ直す。
「よし!やるぞ!」
「ふふ、頑張りなさい」
フノが意気揚々としながら階段を降りて奥の作業場へと向かうと、星之助が表の店内で反物を眺めていることに気がつく。まだ帰っていなかったようだ。
「星之助さん!」
「あぁフノ殿か。御母堂に茶葉を預けたから良ければ楽しんでくれ」
「ありがとう。とっても美味しかったわ!」
「それはなにより」
星之助は嬉しそうに微笑むが、途端に眉を下げながら「慣れぬ物を頼んでしまってすまなかった」と謝罪の言葉を口にする。
「この店がアルタで1番腕が良いと聞いたから我儘を言ってしまった。長着に親しんできたせいか、何如せんボトムというものが慣れなくて…。無理を言って申し訳ない」
「私こそごめんなさい!初めての長着依頼だったから困惑したのが顔に出ちゃっていたみたい。嫌な思いをさせてしまって本当にごめんなさい!」
星之助の長着の裾は所々擦れていて、その袂はほつれている。不器用ながらも補修した跡がそこらかしこに施されているのは、どの店にも長着作りを断れてしまい、残ったのはこれと予備の一枚だけだという。
「ボロボロで恥ずかしい限りだ。これは亡き母が仕立ててくれたものだから捨てるのが忍びなくてな…しかしもう限界だ。フノ殿が長着依頼を受けてくれて嬉しかったよ」
「…亡くなったお母様が作ってくれたのね」
寂しそうに笑う星之助を見て、フノはふと縫製教本に載っていた『仕立て直し』の文化を思い出した。
東の国では貴重な絹物はそのまま捨てずに、帯や小物などに仕立て直し、成れの果ては雑巾になるで永く使っていくのだという。
「新しい長着を誂えるとして…それとは別にその長着を別の物に仕立てるのはどうかしら?」
「別の物?」
「ええ、せっかくお母様が作ってくれたものだもの。傷の少ない部分で何か仕立てるの。巾着くらいしか作れないかもしれないけど」
「母の思い出が手元に残るならなんでも嬉しい!勿論その代金も払うので是非作って欲しい!」
お代は見立てが終わってからということで話がつき、星之助はとても嬉しそうに帰って行った。
それを見送ったフノは、俄然やる気に満ちていた。
先程まで和裁用語がわからないだの弱音を吐いていたのが嘘のようだ。
星之助さんは新しく仕立てた長着も、お母様の作ったものを仕立て直した物もきっと喜んでくれるだろう。職人冥利に尽きるとはこのことだ。
「少しでも長く着られるように、しっかりと仕立てあげなくちゃ」
作業台に広げた新しい長着を作るための生地を眺めながら、慎重に布を断つ。
冒険者の立ち回りは派手なので、ほつれていた箇所を思い出しながらそこには丈夫な生地の力布を当てていき、細かめにクケていく。
裏地はなんでもいいと言っていたが、汗をよく吸うしなやかな生地が良いだろう。
動きを妨げない様に袂を少し短くし、裾が擦れていたからその部分だけ違う裏地を当てようかーーー
フノはいつになく真剣に針を進めていく。
些細な箇所にも創意工夫しながら、一針一針丁寧に。
『どうか、星之助さんが無事でありますように』と祈りを込めながら。
「…ママが言っていたのはこの事なのね」
フノはやっと母の言っていた事が分かった気がした。
出来上がった長着は、星之助によく似合っていた。
和裁を基本にしつつも、フノ特製の縫製で着やすく頑丈な冒険者仕様だ。そしてその背には小さく牡丹の背守りが刺繍されている。
「背守りは少し子どもっぽいかと思ったけど、牡丹は女神様のシンボルなの。きっと守ってくださるわ」
「これはいい!今まで1番着やすい!背守りも気に入った!残布で巾着まで作ってくれて、なんとお礼を言ったらいいか…」
「そんなに喜んで貰えると頑張って作った甲斐があったわ。冒険者のお仕事は大変だろうけど、無事に帰ってこれるよう心から祈ってるから」
星之助は改めてフノに向き合うと、深々と頭を下げて
深謝の言葉を述べた。
「フノ殿ありがとう。仕立ても見事だが、それ以上に心遣いに感銘した。次も必ずフノ殿に仕立てを依頼させてもらう。どうか末長くよろしく頼む」
「こちらこそ末長い御愛顧をよろしくお願いします」
それからーーー
赤い牡丹の背守りがトレードマークになった『メゾン・ド・シュナ』は更に評判になった。
客の要望を一つひとつ丁寧に聞いてくれる針子親子の心遣いと、その客に合った提案をしてより着やすくより丈夫に仕立てようとする職人気質な仕事ぶり。
客のの口コミは段々と広がってその人気は押しも押されもせぬものになっていく。
「いらっしゃいませ!今日は何を仕立てましょう?」
フノが星之助との間に儲けた子どもに、牡丹の背守りを縫うことになるのはもう少し先のお話であるーーー
外伝は4番目のキュナネちゃんに引き続き、
今回は3番目のフノちゃんでした^_^
本編よりも外伝の方が1話1話が長くなるのは、
なんとか読み切りにしようと足掻いているせいです…
長くなってしまいすみませんm(_ _)m
最後までお読みくださりありがとうございました!
(まだもう少し続く予定です!)




