2度目の赤い0
2人の頭上に浮かぶ『赤い0』を横目に、シュナは今日何度目かわからないため息をつく。
とうとうこの日が来てしまった。
前日、2人は事情を知っているドンドとガルウィングの元へと挨拶に行っていた。帰ってきた2人の目が少し赤らんでいたから、きっと男同士で色んな話をしてきたのであろう。
しかし、今日の本人達はいつもと変わらず、セルムは子ども達と遊び、ダダは朝早く大量の料理を作ってはせっせとマジックバッグの中に詰め込む作業をしている。
アルも昨日から仕事を休んでいて、ずっとシュナ達のそばにいる。
シュナとアンジュは生まれたばかりの赤ちゃんを抱きながら、ソファで2人の姿を眺めていた。なんとかこの日を迎える前に出産、退院出来たのは僥倖だった。ダダとセルムが狂喜乱舞した様は今も記憶に新しい。
「赤い0が浮かんだら、残り時間はどれくらい?」
「父さん達は朝浮かんでいて、それから昼頃だったから…大体6時間位は大丈夫なはず」
「そっか、あと2時間は平気だね」
一見してアンジェはいつもと変わらぬ様子だが、我が子を抱く手が微かに震えている。それはシュナも同じだ。
「ふぅ、ようやく出来上がったよ。何があっても必ず食事だけは摂るんだよ」
ダダがそう言いながらキッチンから漸く出てきた頃にはすでに昼の10時を回っていた。危ないからとキッチンに立ち入る事を禁じられている子ども達は、パァっと顔を輝かせながらわらわらとダダの元へと駆け寄っていく。
「ダー!ごはん出来た?ご本よんで!」
1番ダダに懐いているラルシュが嬉しそうに飛び跳ねる。
どうやらルージュとは既に遊ぶ順番を取り決めていたようで、ルージュは「その次はわたしのごほん読んで!」と順番待ちをしている。
「本を読む前に、2人に話がある」
「おはなし?」
「あぁ。大事なお話だよ」
「わかった!聞く!」
3歳と2歳になった2人は聞き分けよくダダの前に座って『大事なお話』を聞く体勢を取った。1歳の双子達は不思議そうな顔をしながらもそれに倣って座り出す。
ダダがセルムに目配せする。
するとセルムは何処からともなく小さなプレゼントの箱を子ども達の数だけ持ってきて、一人ひとりに手渡していく。
「プレゼント?ぼくおたんじょうびじゃないよ?」
「わたしもおたんじょうびじゃないよ?」
「「ないよー?」」
「これは私とセルムからの特別な贈り物だよ。開けてごらん」
子ども達が綺麗にラッピングされた箱を開けると、中からは緋緋色金で作られた赤いピアスが出てきた。
ダダは結局結婚指輪に縁がなかったので、アルに頼んで子ども達用にピアスに仕立ててたのだという。シュナの隣に腰掛けているアルが「小さくて作るのに苦労したよ」とこっそりと教えてくれた。このところアルの帰りが遅かったのはこのせいだったのかと合点がいく。
「きれい!ダーとセルムとママのと同じのだ!」
「これは最後のプレゼントだ。大事に使ってくれると嬉しい」
「…さいご?なんでさいご?」
「それはね、今日で私達はいなくなる。本当はもっと前にいなくなるはずだったんだけれど、シュナとミネルヴァ様が今まで時間をくれたんだよ。それで…今日が最期の日なんだ」
年幼い子どもが理解出来るのかはわからない。
それでもダダは続けるーーー
いつの日か、子ども達がわかる日が来ると信じて、有耶無耶にする事なく全てを伝える。
昔々、死ぬはずだった自分達をシュナと女神の祈りの力で生きながらえさせて貰った事、それから自分達はシュナを守る為に生きてきた事。そして、その日々は沢山の人達との出会いに繋がり、アルやアンジェと出会えた事。
そして大切な子ども達に出会え、自分達2人はこの10年間ずっと幸せだった事を。
ラルシュとルージュは大きな瞳いっぱいに涙を溜めながらも、その一言一句を聞き逃すまいと真剣な眼差しで2人を見つめる。
「…ダーとセルム、いなくなるの?」
「パパとダー、今日でいなくなっちゃうの?」
ラルシュの琥珀色の瞳からぽろぽろと涙が溢れ出る。
だが泣き叫ぶことはなく、小さな拳をきつく握りしめながら、ただ静かに2人を見つめる。
どこまで伝わったのかはわからないが、いつもと違う真剣なダダとセルムの様子に、それは誠なのだということは伝わったのだろう。
「うん、ごめんな。お前達に会えて幸せだったよ」
「私達はいつまでもお前達を愛しているよ」
先に動いたのはラルシュだった。
揃って並び座るダダとセルムの元へと歩みを進めると、小さな両手を広げてギュッと2人を抱きしめる。
続けてルージュもやってきて、セルムの大きな体躯にしがみつく。
「2人がいなくなるなんてイヤ。ずっとずっと、一緒にいたい。いなくならないで!」
「パパ!パパ!大好き!いなくなるなんて嫌!」
「「パパー!パパー!!」」
堰を切ったように泣き出す4人の子ども達。
シュナ達のように物分かりよく見送るなど、到底無理な話だったのだ。大好きな2人がいなくなる事をすんなりと受け入れる事など出来る訳がなかったのだ。
その様子を見ていたシュナ達もとうとう我慢出来ずに泣き出した。ダダとセルムは子ども達を抱きしめながら、肩を震わせている。
「おねがいだから、ずっと一緒にいてーーー!」
ラルシュが悲鳴に近い叫びを上げた、その時だった。
ふわりと辺り一面に甘い芳醇な香りが広がり、泣き暮れるシュナ達のもとに国色天香な女神が現れたのはーーー




