愚かな王と神々の怒り
これはアスタネとその近隣諸国に永く伝わることになった、愚かな王が神々の怒りに触れたお話ーーー
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ある日を境に、アスタネに雨が降らなくなった。
二ヶ月近く雨が降らぬものだから、
川は干上がりかけ、田畑は実りを止めた。
人々は噂した。
雫一つ降らぬこの天変地異を凶事と捉え、
神を怒らせたのだと噂した。
人々は知っていた。
愚かな王が聖女を我が物にしようと、
国中からそれらしき女達を集めたことを知っていた。
人々は嘲笑した。
人智を超える存在を囲おうとする王の愚かさを、
その傲慢な太々しさを嘲笑した。
ところが、集められた女達が一向に帰ってこない。
人々は弾劾した。
親元から引き離された少女達を、
乳飲み子を置いていかねばならぬ母達を、
未だに帰ってこぬ女達を返せと弾劾した。
愚かな王はそれでもまだ諦めず、
聖女を探し続けろと宣った。
人々は愚かな王を憎み始めた。
ある日、雷鳴が轟くと、空に一柱の龍が現れた。
龍の舞うその姿、天上で流れる雅楽の如し。
金色に輝く龍から溢れた涙はいつの間にか雫となり、
降り止まない雨となった。
人々は泣き続ける龍に心を痛めた。
この雨は神々の怒りか悲しみか。
雨は降り止まないものの、
不思議なことに小川は溢れず、
大河もその一線を越えることはなく、
ただ王の住まう居城の周りの川だけが荒れ狂った。
堀は溢れ、城は崩れた。
行き場を無くした王は逃げることもできず、
ただただ静かに水底へと沈んでいった。
人々は喜んだ。
気儘で愚かな王が死に、
大事な女達が無事に帰ってきたことを喜んだ。
人々は戒めにした。
神々の愛する者を手繰ろうとしてはいけないと、
神々は決してそれを許さぬのだと戒めにした。
こうして聖女探しは禁忌となった。
これは愚かな王と神々の怒りのお話ーーーー
◆◆◆
「神様って怖ぇーーー!」
セルムはまさか王が死ぬとは思っておらず、この2ヶ月で起こった一連の流れを思い出して身震いした。
『朱殷が川を溢れさせなかったから王以外死ななかったし、まぁこれくらいはいいんじゃない?』
「サラッというなよ!」
『ミネルヴァ様が優しすぎるだけで、神様なんてこんなもんだよ。まぁこんなこと実際やってのけるのは厄神とか粗神くらいだけどね』
チビはソファの上で毛繕いしながら、なんて事ないように言ってのける。
(実際、お裾分けしたのが朱殷だったって辺り、ミネルヴァ様は先見していたんだろうけどね。とは、言わないけれど)
「でもなんで善女竜王様が力を貸してくれたんだ?」
『お裾分けパワーらしいよ』
「また供物のお裾分けかよ!神様達どんだけメンツィカツ好きなんだよ!」
「あーっはっはっ!こりゃダダ様々だね!」
当のダダは一人黙々とローストビーフならぬローストゴメスを仕込み中だ。勿論、その背にはラルシュがスヤスヤと眠っている。シュナとアルもそろそろ帰ってくるだろう。
ダダは耳だけはそば立てているものの、隣で騒いでいるセルム夫妻とチビ達の元には混ざらない。混ざらないのはローストゴメスには絶妙な火入れ加減が肝心要だからという建前だが、それとは他に理由がある。
ぽとり
オーブンの火加減を覗き込みながら、その美しい漆黒の瞳から涙が零れ落ちる。ダダはそれを拭いもせずに、ただオーブンの中に鎮座するローストゴメスに視線を向ける。
「ミネルヴァ様、朱殷様、善女竜王様」
囁くような小さな声で、守護して下さった神々の御名を口にする。三柱に届くかなどわからないが、口に出さずにはいられない。大切に大切に、まるで宝物のようにその御名を口にする。
雨が降らなくなった事で迷惑を被った人々には悪いが、これほど嬉しい事はない。これで自分がこの世から去ってもシュナが探される事はなくなった。大事な娘が害される事なく、大事なその子どもが悲しむ事はなくなった。
ぽとり
「三柱の御方には心からの感謝申し上げます。シュナを救ってくださってありがとうございました…!」
新しい供物はたちまち神々の評判になり、時折厄神と龍がダダのもとを訪れる様になったのはまた別のお話ーーー




