一飯の礼
「だだ、だっこ」
「ルー、もう少し待っていてくれ」
アンジェの腕の中からルージュが小さな手を伸ばす。
いつもならば子ども達を最優先にさせるダダが断る事などないのだが、生憎とダダの手は挽肉まみれだ。
『またメンツィカツ作ってんのかよ』
「ダダさん曰く、考え事をする時は素振りかメンツィカツ作りが最適らしいよ」
変わった癖がついたものだと呆れながら、チビ達はダダを放置して話を続ける。
『聖女探しを掻い潜るなんて…暫く送還を辞める?』
「シュナちゃんがそれは嫌だと言うから仕方ないわ」
『自分のことより魔物かよ』
「魔物っていうより、どの種族であれ子どもが犠牲になるのが嫌なんだろ?ここ暫くは魔物が出現してないからいいけどよ…」
ラルシュを産んでからというもの、その傾向が顕著になったシュナは頑固だった。王命を拝してから1ヶ月が経つが、魔物出現の情報は入ってこないので送還が行われていないのが不幸中の幸いだ。
「ねぇ、アスタネの聖女出現説がよその国でも噂になってるらしいわよ。そのうち密偵が入ってくるのは時間の問題だわ。…むしろ、もう密偵は入って来ていると思う」
アンジェはルージュをあやしながら、特級冒険者の情報網で得た諸国の動きを懸念する。
「シュナちゃんは一見キラさんとこの仕立て屋で働いてる針子だからわからないだろうけど…」
「アルタは冒険者の出入りが激しいから、一人ひとり警戒するにも限界がある。はぁ、答えがわからん」
ダダは無言のまま、ペタペタとメンツィカツの空気を抜いている。時折ハァと溜息をつく姿は、挽肉さえ持っていなければ、背にラルシュを背負っていなければ、彫像のように美しいだろう。
時計を見ればもうすぐ夕刻になる。
暫くすればシュナとアルが仕事から帰って来る頃だ。
国に片手程しかいない特級冒険者3人が揃って頭を悩ませていると、玄関の呼び鈴が鳴った。
手の空いているセルムが玄関の扉を開けると、そこに立っていたのはダダをも凌ぐ程の眉目秀麗な1人の男ーーー緋緋色金のよりも深い、まるで血のような赤い髪に赤い瞳をもつその男は柔らかに笑う。
「どなた様で?」
「わたしは朱殷という」
聞き慣れぬ名に頭を傾げるセルムだったが、その背後からチビがやって来て驚いたように声を上げた。
『川の厄神じゃん!どうしたの!?あ、セルム、この人、神様だよ」
「神様!?」
「うん、人の世に住んで、人と暮らしてる変わり者の神様。神様って言っても厄神だけどね」
「厄神!?」
「中に入っても?」
朱殷がそう言うと、チビはそそくさと奥のリビングに案内する。既にリビングにはアンジェと、キッチンから様子を見に来たダダが揃っていた。
「メンツィカツのダダとはお前のことか?」
エプロン姿のダダを目にした朱殷は嬉しそうに笑う。
『メンツィカツのダダとはおかしな二つ名を付けられたもんだ』とゲラゲラ笑うチビをよそに、訳がわからない3人は固まっている。
強者だからこそわかる朱殷の圧ーーー漂う雰囲気から一寸の隙もないことを瞬時に察して、言葉が出ない。敵意はないようだが、あまりにも異質な存在感がただの人間ではないことを物語っていた。誰ともなくゴクリと喉を鳴らす。
「あーすまない。突然来たから驚かせてしまったか。改めて、私は名を朱殷という。この近くを連れと旅していたところ、ミネルヴァから頼まれて寄ったのだ。メンツィカツの礼もしたかった所だから丁度良かった」
『ミネルヴァ様?メンツィカツのお礼?』
チビが不思議そうに朱殷に問う。
人と暮らしているはずのこの変わり者の川の厄神とミネルヴァ、そしてメンツィカツと一体何の繋がりがあるのか。
「3ヶ月くらい前か。ミネルヴァから大量にお裾分けを貰った。連れが大層気に入ったからいつか礼をしようと思っていたのだ」
『あー!ラーが生まれた日のことか!ダダめちゃくちゃメンツィカツ作ってミネルヴァ様に供えてたアレか!』
「そうそうアレだ。で、だ。今お前達が困っているとミネルヴァ聞いた。奴が直接干渉出来ないというので私に話が回ってきたわけだが…一飯の礼に力になろうぞ」
まさかあの日の供物が周り回って川の厄神の元へとお裾分けされたなど思ってもみなかったが、ダダは唖然としつつもこの巡って来た千載一遇の好機を見逃さなかった。
「朱殷様、是非力になっていただきたい!」
「あぁこちらも望むところ。出来たらまたメンツィカツを貰えると連れが喜ぶ。あぁ話は手短に。宿に連れを待たせているから、早く帰りたい」
ダダ達は今起こっている聖女探しについて朱殷に語った。そして自分達に残された時間が少ないこと、自分達がいなくなった後もシュナに危険が及ぶことなく平穏に暮らせるよう願っていることをーーー
朱殷は黙ってそれを聞いた。
王の強欲ぶりを知ると、その美しい眉間に皺が寄り、何か思うところがあるかのように溜息をついた。
「粗方理解した。いつの世の人間も足るを知らぬものだな。業が深い者には相応の罰をやろう」
「罰とは?」
「なに、お前達に悪いようにはしないから安心するがいい。無害な人間達には危険がないよう加減する」
そういうと、朱殷はにやりと北叟笑む。
村を水底へ沈めるほどの力を持つこの厄神は、欲深い人間が何よりも嫌いだった。
「暫く川に近づくな」
「私達になにか出来ることは?」
「知らぬ存ぜぬで待っていればいいさ」
「心得ました」
「うむ。善女龍王にも話をつけなければならぬから、そろそろ帰るとしよう。ダダ、供物を貰って帰っても?」
揚げたての供物を前にした朱殷は嬉しそうに指を鳴らすと、あっという間にそれは消え去る。それと同時に、行きは玄関から入って来たにも関わらず、煙のように朱殷の姿は見えなくなった。
アルタのには鉄穴流しが行われている川も多く、アスタネ国自体も大陸から流れ込む大河に沿って存在している。川に近づくなと言われならばそれに従うまで。
これがどう転ぶのか皆目見当もつかなかった3人と1匹だったが、言われた通りに知らぬ存ぜぬで待つ事にしたーーー
朱殷登場٩( ᐛ )و
世界観のリンクやってみたかったんです。
よろしければ『嫌われ厄神と嫌われ神子』を御拝読頂ければ幸いです。15話程度なので比較的短時間で読み終わります。




