聖女探しの王命
「だぁー」
「聞いたか!?ラーが私の名を呼んだぞ!」
シュナとアルの第一子であるラルシュは、まだ首が座ったばかりの新生児だ。(まだ3ヶ月だから違うのではないか)などと野暮な事は誰も言わない。いや、言えない。喃語であろうとそれでダダの機嫌が良ければそれでいい。
「良かったっすね!それじゃダダさん行きましょう」
「…何故私まで行かねばならぬのだ」
「上級以上の冒険者全員召集されてるんだから仕方ないっすよ。諦めてください」
『帰って来たらルーとラーと遊べばいいじゃん。どうせアスタネの王城に行くんだから、城下町で玩具でも買ってきたら?』
「玩具!そうだな!それを買いに行くことしよう」
ダダの機嫌がようやく治ったところで、機を逃すまいと馬車の中へと押し込む。見送りに来ただけのシュナとラルシュに張り付いて離れなかったおかげで遅刻しそうだ。
馬車に乗り込んだダダの頭の中はすっかり土産のことでいっぱいだ。それでも久しぶりに手にしたグレートソードの手入れは怠らず、剣身確認や柄の調子を丹念に調べていく。
「わ!ダダさんこんな狭いとこで抜刀しないでくださいよ」
「家でやったら子どもたちが危ないだろ」
「今俺達が危ないっす!」
やれやれと剣を鞘に収めると、ダダは一転して真顔になり、今回の収集令について話し始める。
「で?何故召集が掛かった?」
「あー…どうやら人探しらしいっす」
「人探し?」
「極秘事項らしくて、これ以上は陛下直々に御触れを出すらしいよ」
「冒険者まで駆り出すということは…その人探しとやらは難航しているようだな。ちっ。時間が惜しい。さっさと探すぞ」
「そっすね!」
早々の依頼完遂を胸にアスタネの王城に着くと、既に謁見の間の前には30人程の冒険者達が集まっていた。その内、見知った顔が手を振りながら近づいて来る。ガルウィングだ。
「よ!久しぶりだな!」
「あぁガルウィングさん、お久しぶりです」
「お前さん全然顔を出さなくなったから気になっていたんだ。今何してるんだよ?」
「育児です」
「育児!?ダーハッハッハッ!セルムが言ってたのは本当だったのか!こりゃいい!」
「それより私はすぐに帰りたい」
「あぁ、耳を貸せ」
ガルウィングがダダの肩を組み、久しぶりの再開を喜ぶ体でそっと耳打ちする。
「魔物が突然いなくなり始めたせいで、聖女が現れたんじゃないかって話になってる」
「は!今更か!」
「ここ数年でめっきり魔物が出現しなくなったものだから、それが仇になっちまったようだ。すまない」
「人も魔物も混ざらず互いの地で安寧に暮らすことがシュナの願いなのだから謝る事ではない」
「王命の聖女探しは見つからなければ見つからないで済むはずだ。あとは暫く送還を控えるか、極秘で送還し続けるしかない」
「子を産んでから母性が強くなったせいで、シュナはいつも通りやる気だ。私達が気をつける」
ダダから腕を外したガルウィングは「見つかるなよ」と呟くと、そのまま他の知り合いのところへと消えて行った。
隣でで耳をそば立てていたセルムは、苦虫を潰したような顔になっている。
「厄介な事になったっすね」
「あぁ。私達がいるうちはなんとか誤魔化せるが…あと3年しかない」
「アンジェちゃんが俺らの代わりになってくれるとは言っているけど1人じゃ限界があるっす。チビは犬の扱いだから誤魔化しすら出来ないし」
「どこの王家も似たようなものだ。使い潰されてなるものか」
2人が頷きあったその時、王の来訪を告げる銅鑼が鳴った。謁見の間に通された冒険者達は一様にして片膝をつき、配下の礼をとる。
現れたアスタネ王はその光景を一瞥すると、フンッと鼻を鳴らしながら王座につく。
「皆のもの、よく集まった。…ここ数年で魔物が減ったことは耳にしているだろう。これは我が国だけで起きている奇跡である。諜報によれば、キルフェをはじめ近隣諸国では変わらず魔物は出没し、甚大な被害を齎しているという。そこで、だ…」
丸々と肥えた手で、顎髭をなぞりながら王は続ける。
どこか試算したような、勝ち誇った顔で。
「この奇跡、聖女の出現に違いない。汝等の中でそれといった噂を聞いた者はおらぬか?」
ざわざわと冒険者達がざわめき立つ。
上級以上の冒険者が集まっているということは、それなりに情報があると踏んでの問いかけだったのだろう。
だがしかし、アスタネの中でも大きな冒険者ギルドを構えるガルウィングが徹底的に情報を隠蔽してきたお陰で誰一人として声を上げる者はいない。
「ふん。おらぬか。では聖女らしき言動の者がおれば誰でも良いから連れて参れ。これは王命である。秘匿する者があれば処罰する。以上だ」
思うように情報を得られず、どことなく不満気なまま王は退出していく。
ダダとセラムは頭を垂れ、その一部始終を聞きながら憤怒していた。握りしめられた拳が小刻みに震えている。
あの王の態度から、見つけ出した聖女を讃えるというよりも便利なモノとして扱うつもりであろう。傲慢な私欲が手に取るように伝わってきた。
「ダダさん」
「…」
「この国を出ますか?」
「…どこへ行ったとしても、同じ事になるだろう。ならば味方の多いアルタにいた方がシュナのためだ」
「そっすよね。ふぅ…暫く送還を控えてもゆくゆくは同じこと、か。参ったな」
「俺達が生きているうちにどうにかしてやらないと、シュナの身が狙われ続ける」
ーーーだがどうすればいい?
ここ暫く、幸せ以外の何物でもない時間を過ごしてこれられたというのに…
爪の食い込んだ拳から薄らと滲む血を見つめながら、ダダは思案し続けた。




