臨月とメンツィカツとポンコツ
「だだぁー」
「聞いたか!?ルーが私の名を呼んだぞ!」
セルムとアンジュの第一子であるルージュは、大好きなダダに抱かれながらその美しい漆黒の三つ編みを喰む。涎まみれになった髪などお構いなしにダダは「賢い賢い」と褒め称える。いつ喰まれてもいい様に朝晩洗髪し、身体に悪い香油類は一切使わないほどの溺愛っぷりだ。
今日はルージュの一歳の誕生日。ダダは朝から甲斐甲斐しくルージュの世話を焼いている。
「…ダダってめっちゃ子煩悩タイプだったのね?」
「うちの子でこの可愛がりようなら、シュナちゃんの子どもが産まれたらどうなるっすかね…」
「俺の子取られるかも…」
「「あり得る」」
臨月を迎えたシュナは大きなお腹を揺らしながらその様子を見て大笑いしているが、アルは本気で父親の座が危ないかもしれないと悩んでいた。
アルのプロポーズからとんとん拍子に話が進み、あれから半年程で式を挙げた2人は約束通りシュナの家で暮らし始めた。
それから2年が経ち、郊外の小さな家はシュナ夫婦にセルム夫婦とルージュ、ダダ、チビの大所帯となった。更に今月シュナが出産するので小さな家は更に満員御礼となる予定だ。
シュナの結婚騒動で荒れ果てたダダだったが、2人が立て続けに懐妊したと知るや否や、頑固親父から甲斐甲斐しい母親へと変貌したのは記憶に新しい。
当の本人はあれだけの美貌を持ちならが恋愛をする気も暇も一切なく、幼いルージュと臨月のシュナの世話を焼くことを生き甲斐としている。
時折セルムに引きづられながら特級冒険者としての仕事に行っているのは、最早運動不足解消でしかなくなった。余計な事をしている暇などダダには無い。
「ダダさん、今からそんな調子じゃシュナちゃんの赤ちゃん産まれたら仕事する気ないっすよね?」
「無期限休業する決まっているだろ。誰がシュナと赤ん坊の世話をみるんだ。セルムとアンジェとアルはしっかり稼いでこい。家のことは心配するな」
「私はすごい助かるー!家にいると身体が鈍っちゃって!たっくさん稼いでくるからダダヨロシクね!」
「うむ、心配しなくていい」
イケイケの武闘派だった男がこうなることを誰が予想できたであろうか。すっかり家事全般をそつなくこなす様になった元貴族のダダは、オーブンの出来上がり音を聞いてそそくさとキッチンに消えていった。
「シュナちゃん…俺の父親という立場は…」
「アル、ダダさんは父親というより母親だから、実は私の方が危ういのよ。…ん…痛い?」
下腹部に違和感を感じたシュナは、壁掛け時計を見ながらその間隔を測る。どうやらその痛みは10分に1回の周期らしい。痛みといってもまだ可愛いものだ。
「アル、陣痛来たみたい」
「え!」
「まとめておいた荷物を持ってきてくれる?産院に行かなくちゃ…」
「母さ…じゃなかったダダさーん!シュナちゃんに陣痛来ましたー!」
エプロンを脱ぎ捨ててたダダが一目散に駆け寄ると、シュナを軽々と抱き上げてソファに移動させる。
アルは2階へ荷物を取りに行き、セルムは街道まで馬車を拾いに行った。アンジェはルージュを抱きながら、シュナの片手を握って「まだ大丈夫だよ」と励ます。誰が指示する訳でもなく、大家族の団結力ここに極まれり。
「行って来ます!次は3人で帰って来ますね!」そう言うと、シュナはアルと共に産院へと向かっていった。
残されたダダは始終落ち着かなくなってきたものだから、アンジェから「気分転換に遠乗りでもして来い」と家から追い出された。
そして何故かゴメス牛ーーー荷馬車ほどに大きい凶暴な野生牛の群れを10頭以上狩ってきて、女神様の好物のメンツィカツを大量に作り始めたものだから、セルム夫妻は呆れるしかなかった。安産祈願のための女神への供物だというが、夕方の時点でその数は優に1000個を超えていた。完全にただの美しいポンコツと化したダダは更に量産していく。酒が入っていない分だけタチが悪く、止まるところを知らない。
いくら止めても無駄と悟った周囲はもう好きな様にさせることにしたのだった。
『チビや』
ダダの作った供物の匂いにに釣られて、まんまと現れた女神にチビは大笑いした。
『ミネルヴァ様!ダダがいっぱい好物作ってるから好きなだけ持って行って!』
『いかに妾とてこんなには食べられぬ』
『だよね〜。みんなで止めたけど、ダダ止まらなくってさ。なんなら他の神様達のところにも持って行ったら?』
『うむ。ダダの作る物は美味故、他の神々も喜ぶだろう』
女神が透き通る様な白い腕を振ると、大きなダイニングテーブルの上に所狭しと山積みされていた供物が一斉に消える。そのうち一つを頬張りながら、女神は嬉しそうに北叟笑む。
『うむ、美味じゃ』
『良かった!ねぇミネルヴァ様、本当にシュナ大丈夫?無事に赤ちゃん産める?』
『あぁ心配ない。妾の加護もついておるし、多くの者達もシュナの無事を祈っているからね』
『多くの者達?』
『シュナが今まで送還してきた魔物達だよ。皆安寧の地に還れて感謝しているのだ。シュナが子を産むと知らせたら、皆一様に無事を祈っていたよ。いつもシュナが祈る様にね。シュナが無事でありますように、子がすくすくと育ちますようにとね』
『じゃあ大丈夫なの?』
『祈りは力だ。これから先、幾度と子を産もうが、その者達が祈ってくれるだろうよ。勿論汝等の祈りも力になろうぞ』
『そっか!安心した!教えてくれてありがと!』
『うむ。では確かに供物は受け取ったぞよ。大義であった』
そういうと、女神は天上へと帰って行った。
大量の供物と共に。
女神によって神々に配られた供物の評判は上々で、アルタに新たな加護を齎らす神々が集い始めたのはまた別のお話ーーー
そして0時を過ぎた頃、アルが報告のために嬉々として帰って来た。
「生まれました!元気な男の子です!」
「生まれたか!シュナは!?」
「無事です!…って、なんでこんなにメンツィカツがあるんですか?」
「女神様への供物だ」
「供物…?」
家中には新たに所狭しと並べられたメンツィカツの山が出来ており、肉肉しい匂いがに充満している。
アンジェがポンコツの奇行の一部始終を説明すると、アルは空笑するしかなかったのだが、当のダダは女神が住まう天上へと向かって母子共に無事であったことに感謝の祈りを捧げている。
「今から会えるのか!?」
「ダダさんもう0時っすよ。明日っすよ明日」
「チッ!」
「シュナちゃんも今疲れて眠ってますし、明日ゆっくり面会に行きましょう。どうせ3日もすれば産院退院してきますけど」
そして翌日ーーー
産院の面会にまでメンツィカツを山の様に持っていったポンコツはシュナに大笑いされ、産婆に「肉臭い!」としこたま怒られたのだったーーー
カロリーは正義!




