バッカみたい
「ダダさん、顔がめっちゃブスっす」
長い脚を組んでワインを片手にするダダは、不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。
珍しくセラムと2人で昼間からやっている居酒屋『唐辛子』にやってきているのだが、朝からずっとダダの機嫌がよろしくない。
セルムはこの状態のダダと何故酒を飲まねばならぬのだと思いつつも「飲まねばやっていられない」というダダに引きずられて今に至るーーー色々思い当たる節のあるセルムだが、藪から蛇が出そうな所までは突かない。
「何故だ」
「はい?」
「何故チビはアルブレヒトの味方ばかりする」
「今朝から2人と1匹でピクニックに行ったの根に持ってるんすか」
「何故私がついて行ってはいけないのだ」
「ちっさ!」
自ら藪の中から飛び出た蛇は美しい大蛇にも関わらず、その度量はシュナに関してだけは非常に小さい。驚くほど小さい。この小ささはダダとシュナの近しい人間ならば誰しもが知っている。
三つ編みに束ねた漆黒の髪を弄りながら、ブツブツと「何故ついて行ってはいけないのだ」と繰り返し呟き続ける。
「チビが護衛するって言うなら安心っすよ。シュナちゃんもいい歳だし、ピクニック位可愛いも「まだ16だ!!」わーーーーちっさ!」
「何かあったらどうするんだ?」
「何かって?」
「変な男が襲ってきたり」
「チビがいるから大丈夫っすよ」
「魔物が襲ってきたり」
「シュナちゃんが送還するから大丈夫っすよ」
「アルブレヒトが襲っ…あぁぁぁ!!」
居ても立っても居られない様子のダダは、ワインを一気に煽るとダンッと空いたガラスをテーブルに叩きつけた。
「ちょっと!割れるじゃない!丁寧に扱いなさいよ」
「あーアンジェちゃんごめんね。今ダダさん荒れてるんだわ。割ったら弁償するからスルーして貰える?」
通りかかったウェイトレスのアンジェが臆することなくダダに向かってクレームをつける。
このアルタでダダに猫を被らない女性は少なく、その1人がこのアンジェである。小柄で可愛らしい顔をしているにも関わらず、その竹を割ったような性格故になかなか良いご縁がないという居酒屋唐辛子の名に相応しい看板娘だ。
「どうせシュナちゃん絡みでしょ?」
「わかる?」
「ダダがこんなに荒れるのはシュナちゃんのことしか無いでしょ。本当小さいわね。そんなんじゃその内嫌われるわよ」
「まじそれな。今朝ピクニックの同行断られてからずっとこの調子なんだよ」
「お前達五月蝿い!」
5杯目になるワインを追加注文すると、ダダは少し赤らんだ顔を窓に向けて遠い目をする。
セルムとアンジェもつられて窓の外を見るが、特に変わったことのない天気の良いアルタの街並みが見えるだけ。
「…雨が降ればいいのに」
「「マジちっさ!!!」」
年頃の娘をもつ父親とはかくも面倒くさい生き物なのだろうか。ダダとは同じ時からシュナとともにいるが、どちらかと言うとシュナは娘というより妹だ。アルブレヒトに関していえば親元を離れてドンドの元で暮らしながら修行しているからか、しっかりした良いヤツだと思う。「そこまで毛嫌いしなくてもいいのに」といつも嗜めているものの、親父にはその声は届いていない。
「母親みたいな顔なのに頑固親父なんだから…」
「ぶっ!本当だよねアンジェちゃん!」
「セルムも大変だね」
「お前達五月蝿い!」
録音機のようにエンドレスで同じことしか言わなくなったダダを放置して、唐辛子名物のホルホル鳥の唐揚げを頬張りながらセルムは天気の良い街並みを眺める。先程と何ら変わらない平和な街並みーーーのはずだった。
「「「お前ら、有金全部出せ!」」」
突然扉を押し開けて入ってきたのは剣を構えながらニヤニヤと笑う男が3人。どうやら強盗のようだ。
店内で楽しく飲んでいた客達が一斉に静まり返り、新しく入ったウェイトレスの女の子だけがキャーキャーと声を上げ、その場にしゃがみ込んだ。
「命が惜しくなきゃ、言うことを聞け!」
「おい!そこの女!こっちに来い!人質だ!」
不幸にも指名されたのは、扉に1番近いテーブル席にいた先程しゃがみ込んでいたウェイトレスだった。彼女は「いやぁ!」と繰り返しながら被りを振りながら拒絶している。
「あたしが代わりになるよ」
アンジェはシラーっと表情ひとつ崩さず、呑気に銀のトレイをクルクルと指一本で回しながら退屈そうに前に進む。
「おい!早くこっちに来い!」
「はいはい」
痺れを切らした強盗の1人が剣を向けながらアンジェに近寄っていく。
この町の住民ならば、そして普通の冒険者ならば、この無敗ランカーの特級冒険者3人のことを知らないはずがない。現に唐辛子にいる客達は誰1人騒いでおらず、静観している。
「五月蝿い」
「ああ゛?そこの女みてぇな男!今何か言ったか!」
「私は今日とても機嫌がよろしくない」
「「確かに」」
アンジェとセルムの声が揃った瞬間、ダダは前髪を掻き上げると、美しい双眸の瞳孔を開かせながら哀れな男達を睨みつけた。その瞳は磨硝子様に変化して底の見えない夜の海のような、仄暗い暗闇を宿している。ダダのもつ魔眼の洗脳が発動したようだ。
『他の者には手を出すな。外に出ろ』
「わっ!体が勝手に!!」
強盗3人組は操り人形のように店外へと向かっていく。
『外に出たら全力でかかって来い』
「は?ダダさんやる気満々かよ」
ダダが魔眼を使って男達を無力化するでもなく捕縛するでもなく、憂さ晴らしをする気のようだ。完全に八つ当たりである。
ダダはまるで玩具を見つけた子どものように楽しそうに、その美しい顔に残酷な微笑みを浮かべながら店外へと出て行った。
(命は無事だろうけど、骨の4〜5本は逝くだろうな)
セルムは運の悪い強盗の無事を祈りつつ、人質になり損ねたアンジェの元へと歩み寄る。
居酒屋唐辛子の看板娘であり、特級冒険者でもあるアンジェは、泣きじゃくるウェイトレスの女の子を立ち上がらせて「今日はもう帰っていいよ」と宥めており、店内の客達は呆気ない幕引きを酒の肴にまた飲み始めているようだ。
「大丈夫?」
「ふふ、心にもないこと言うね」
「人質を代わるなんて危ないことするのはアンジェちゃんくらいでしょ」
「このあたしをアンジェちゃんなんて呼ぶのはあんたくらいだよ」
「剛腕のアンジェなんて二つ名、可愛くないじゃん?」
「その名のお陰で未だにお嫁に行けないよ。あぁねぇ、今度2人で飲みに行かない?」
「俺、長生き出来ないよ」
「冒険者なんて皆そんなもんでしょ。覚悟はとっくに出来てる」
「あーそっか。そんなもんか」
「そんなことを理由に独りもんだったの?バッカみたい」
クスクスと2人は笑い合いながら、次の休みの予定を擦り合わせ約束を取り付けるとアンジェは仕事に戻っていった。
厨房に溜まった料理やビアガラスをこれでもかと言うほど細い腕で持ち上げながら、「騒がせて悪かったね」とカラカラと笑いながら次々と客達に配膳していく。
「バッカみたいかぁ…」
セルムは相方のいなくなったテーブル席で少しぬるくなったビアに口をつけ、その風景をいつになく真剣な面持ちで眺めた。
いつの間にか自分を縛っていた余命を易々と超えて来た一言は思ったよりも強烈だった。
あれから3年間シュナの為だけに生きてきたが、優しいシュナがそんなことを望んでいないことなど本当はわかっていた。
「楽しんでもいいんだろうか…?」
呟かれたそれは誰に語るでもない、自分への問いかけ。
迷いがないといえば、嘘になる。
隠し続けたこの想いを伝えていいものなのか。
必ず別れなければならない日が決まっているのに。
残していかなければならないのに。
「考えても仕方ないか!アンジェちゃんと考えよ!そもそもお誘いも俺の勘違いだったら恥ずかしいしな!」
セルムは残ったビアを飲み干すして立ち上がると、強盗達を助けるために店外へと向かったのだったーーー
セルム君に春が来ますように




