物取りと少年 sideチビ
牡丹祭に合わせて仕立てた若葉色のワンピースに着替え、シュナは鏡の前で上機嫌だった。チビは自分のリードを咥えて持ってくると、シュナの足元に置いて出発をせがむ。
「チビちゃんありがとう。そろそろ行こっか」
『牡丹もいいけど、肉あるかな?』
「何かしらあるんじゃないかな?なかったら帰りにお肉屋さんに寄って帰ろ!」
『やった!バロン肉屋のメンツィカツがいい!』
花より食気のチビは、尻尾を振りながら嬉しそうにシュナの後をついていく。
子犬サイズだったチビはいつでも大きさを変えられるのだが、3年経った今は周りに怪しまれないように成犬サイズに姿を変えて生活している。牡丹園までの道のりは徒歩で20分ほどもあれば着く。5月に入ると風も暖かくなっており、絶好の散歩日和だ。
『ドンド爺も祭りにいる?』
「いくつか商品を持って出店出すって言っていたよ」
『じゃあ新しい弟子って奴もいるかな?』
「いるかもね。仲良くなれるといいね」
(仲良くなったらなったで、1人めんどくさいヤツがいるんだけどね〜)
みなまで言わず、チビは眉目秀麗なめんどくさいヤツの顔を思い浮かべて呆れたように空笑いした。
3年経って過保護に拍車がかかったダダはまるで口うるさい父親と化しており、自分のいない間にシュナとその新弟子が仲良くなったら後が面倒だ。
チビがそんなことを思ってあると、鼻先に微かな血の匂いが漂ってきた。犬の嗅覚は人間の3000倍〜10000万倍と言われているが、狼神の嗅覚はさらにその上を行く。
(進路100mというところか…あの路地だな。出血しているのは1人。喧嘩か?)
『シュナ、この先…』
「あ」
丁度血の匂いが漂って来た路地から、喧騒と共に数人が揉み合いながら飛び出して来た。ガラの悪い男達に囲まれている若い少年が必死に荷物を守りながら抵抗している。
少年の口角が殴られたように赤くなり、そこから出血しているようだ。
「よこせ」
「ふざけるな!」
「これ以上怪我する前にその荷物を置いていけよ」
「これは売り物だから渡せるかよ!大人ならちゃんと買えよ!お前らなんかに売らねぇけどな!」
少年が担いでる麻袋からは何本かの剣の柄が見えている。その出来は美しく、それだけ見ても造り手の腕の良さが垣間見えた。
ガラの悪い男達は醜悪な笑みを浮かべながら少年の麻袋をひったくろうとしているが、少年は一歩も引かない。
(物取りか。剣からドンド爺の匂いがする。ちっ)
『シュナ、アレはドンド爺のだ』
「…そう、わかった」
シュナは臆する事なく、騒ぎの只中は向かってチビのリードを引きながら近づいていくと「あの」と声をかけた。
声をかけられたことに気付いた男達は初めは驚いたものの、シュナを上から下までジロジロと値踏みするとゲラゲラ笑い始めた。
「可愛いお姉ちゃん、何のよう?今忙しいから少し待ってろよ。あとで相手してやるからよ」
「この僕ちゃんの知り合いか?僕ちゃん、助けが来てくれまちたよ〜」
「…知らねえよ!危ねぇからこっちに来んなよ!」
グルル…
チビは鼻の上部分を引きつらせて口を開け、その鋭い犬歯を剥き出しにして男達を威嚇した。
(調子に乗りやがってくそ野郎共が。汚ねぇ顔でシュナを見るんじゃねぇ。なぁシュナ、ヤッちまっていいか?)
シュナの顔を下から覗き込むが、当の本人は平然した表情で男達と対峙している。ダダ達よりも弱いであろうことが明白な男達に怯む理由もなく、その顔に怯えの色は一切見えない。
「その荷物はわたしの知り合いの方の物です。何をしようとしているんですか?」
「はっ!こいつには勿体ねぇから俺らが貰ってやるところだ。お姉ちゃん勇敢なのもいいが、 ワンちゃん1匹連れて何が出来るってんだ?」
「あなたたち、アルタの人じゃないんですね」
「当たり〜!それがどうした。今更怖気付いたか?」
(こいつらバカかよ)
アルタの人間ならばシュナの事は誰でも知っている。
冒険者ギルドのガルウィングと、職人ギルドの重鎮ドンドに可愛がられ、共に住む2人の男は向かうところ敵無しの無敗ランカーだ。
特に美しい男の方が過保護で、年々可愛く成長しているシュナに寄ってくる有象無象など眼光一つで蹴散らしていることなど周知の事実。このアルタでシュナに絡むような人間はいない。
少年が男達の隙をついて、「こいつは関係ねぇから!」と叫びながらシュナの前に立ちはだかる。そんな少年の背後からシュナは気にもせず続ける。
(お、やるじゃん)
「ドンドさんが作った大切な剣は、あなた達が奪っていい物じゃない。すぐにこの町から出て行きなさい」
「何言ってんだこのアマ」
「俺たちが優しく言ってるうちに黙れよ」
シュナの周りを取り巻くように風が吹く。
仕立てたばかりの若草色のワンピースの裾がふわりと舞うと、その風は男達に向かって勢いよく吹きつけていく。祈りは風となって、あっという間に男達を洗脳し終えた。
「ちょ…なんだよ…あ?」
「行こう…」
「来たばっかじゃ…行こう…」
「どこに…キルフェに帰る…」
ふらふらとガラの悪い男達が立ち去る姿を、少年はまるで狐に包まれたような顔で見送った。何があったのか解せぬようだが、肩に入っていた力が抜けたのかホッと一息ついている。
(あーあ、俺の出番何もなかったな。ふぅん、こいつが新しい弟子だな)
ペロペロと前脚を舐めながら、チビは少年の様子を伺った。
シュナより少し背の高い少年はまだあどけなさを残しているが、物取りに怖気付くこともなく、シュナを守ろうとした。
(そこは加点だな)
「…お前!危ないだろ!よくわかんねぇけど、アイツらがいなくなったからいいけ…ど………!?」
少年は背後にいたシュナに注意しようと振り向きながらそう言うが、その言葉は最後まで続かずに口をパクパクとさせながらシュナの顔を凝視した。
(あ、これ。アカンやつだ)
顔を真っ赤にさせた少年は言葉に詰まったまま硬直し、当のシュナは訳の分からないまま頭の上に「?」を浮かべている。
(こんなことある?ダダになんて言えばいいんだよ)
「あ、あ、あの…」
「はい?」
「な、な、名前は…」
「シュナです。シュナ・デューラー。あなたもしかしてドンドさんのところの新しいお弟子さん?」
「なんでわかるの!?」
「その剣、ドンドさんのでしょう?」
「あ、これ!?そう!これから牡丹園に持ってくとこで…お、おれアルブレヒト!アルって呼ばれてるからアルって呼んで…っていや、その…!」
「わたしのこともシュナって呼んでね。よろしくねアル」
「シュ、シュナ、ちゃん…!」
(人間が恋に落ちるとこなんて初めてみた)
何も気付かずニコニコとするシュナと真っ赤になったままモジモジしているアルを横目に、チビはこの先に起こるであろう2人の喜劇とダダの悲劇を想像しながら、呑気に欠伸をした。
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寒暖差でヤラれているのでのんびり更新になりますが、気長にお付き合いくださいませ。もうそろそろラストスパートに入ります^_^




