誂えものと祈り
新居には家具は揃っていたものの、ダダの提案で「カーテンやシーツなどの細々した物を新調しよう」ということになった。
アルタは鋼鉄製造の職人だけでなく、腕の良い織物や仕立て職人が多いという。冒険者の往来が多い町は武器と共に衣類を新調する者が多いため、縫製産業も盛んらしい。
ドンドが時間を作って連れて行ってくれたのは、シュナ達の新居から程近い『キラ』という女将の名を掲げた生地屋兼仕立て工房だった。
店内には汚れることが必然の冒険者や職人向けの濃い色調の服飾生地が多い印象だが、違うコーナーには優しい色合いの物も揃っており、様々な生地が所狭しと並べられていた。
「シーツならそこの幅広物から選んでおくれ」
「これ可愛い!」
「俺はこの青にしようかな」
「私はシルクにしよう」
「カーテンならあっちの厚物だよ」
キラから指差されたコーナーで、シュナは一目で若草色の反物が気に入り、これでシーツを作ってもらう事にした。ダダとセルムも楽しそうに吟味していく。
流石に一から誂えるとなるとなかなかによい金額になるが「毎日使うものは良い物を買いなさい。大事にして長く使えばいいんだよ」とダダはさらりと言う。
さすが元貴族だと思いながらも、シュナはそれらの出来上がりが楽しみでしかたなかった。誂え物など初めてだったからだ。
「嬢ちゃんが学校に行ってる間、兄ちゃん達は稼ぎに行ってるんだろ?仕立て屋の女将は面倒見がいいから遊びにでも行くといい」
「仕事の邪魔じゃないですか?」
「アルタの子どもはみんなそうやって皆で育ててきたから大丈夫だ。女将の倅もよくうちに来てたんだぜ」
仕立て屋の女将であるキラは細身でありながら子どもが5人もいると言う。うんうんと頷かながら、キラは懐かしそうに笑いながら「いつでもおいで」と言ってくれた。
自分で選んだ生地がどんな形になるのだろうか。
毎日ドキドキしながら指折りその日を待っていたが、仕立て上がる予定の3日前ーーー
ダダとセルムは冒険者ギルドに行ったので、時間を持て余したシュナは1人で仕立て屋に顔を出すことにした。
緊張しながら扉をあけるとカランカランとドアベルが鳴り、奥から「いらっしゃい」と元気の良い女将さんが聞こえる。
「こんにちは」
「あら、ちょうど良かった。カーテンとシュナちゃんの分はもう出来てるよ。あとは兄さん達の分がもうすぐ出来上がるよ。あとは縫うだけ」
「あの…邪魔にならないようにするので、お仕事しているところを見てもいいですか?」
「構わないよ。そこにある椅子を持っておいで」
レジにある白い腰掛け椅子とともに奥の裁縫室に入ると、作業台の上には大きなミシンと真っ青なシーツが置かれている。たしか青はセルムが選んだ生地だったはずだ。
「今縫っているのは背の高い兄さんの分だよ、汗かきだというから色の濃い青綿織生地。こっちは綺麗な兄さんの分は地紋入りのシルク生地。豪華な顔のあの兄さんにはぴったりだね」
くくく、とおかしそうに女将さんはミシンのスイッチを入れ、カタカタと作業を再開しながら教えてくれる。シーツは生地の裁断さえ終われば、あとはファスナー付けと四隅を縫えばすぐ終わるという。
「そうだ。シュナちゃんも縫ってみるかい?」
「わたしが縫ってもいいんですか!?」
「直線のところ一辺なら簡単だよ。ミシンを使ったことは?」
「ないです」
「じゃあそのハギレで練習してからにしよう。祈りをかければ綺麗に縫えるよ」
「祈り、ですか?」
「ふふ、悪い夢を見ません様に。穏やかないい夢を見ます様にって祈るんだよ。あたしはいつもそうやって祈りながら仕立てるんだ。カーテンなら朝1番で開ける時のことを思いながら、良い1日の始まりになります様にってね。そうすると不思議と上手く縫えるもんなんだよ」
「祈り…」
シュナは渡されたハギレを握りしめながらドキドキした。シュナにとって祈りは特別なものだけれど、実はもっと身近で、寄り添う気持ちさえあれば誰にでも出来ることなのかもしれないーーー
腰に下げた護り刀に手を触れると、ミネルヴァ様にそっと願う。チビの言っていたような光の波になりませんようにと。
ハギレでの練習を済ませると、シュナはセルムの青い生地にカタカタと針を進ませる。一針一針ゆっくりと、祈りを込めながら。
「そう、上手い上手い。ゆっくり縫えば真っ直ぐ縫えるから焦らなくていいよ。縫うのはこの一辺だけでいいからね」
「む、難しいですね」
セルムさん
1日の疲れが取れます様に
穏やかな夢を見れます様に
汗をかいても寝苦しくありません様に
カタカタカタカタ…
ダダさん
1日の疲れが取れます様に
穏やかな夢を見れます様に
綺麗な黒髪に寝癖がつきません様に
カタカタカタカタ…
目を凝らさないと見えない位の、淡い琥珀色が薄らと針先に光る。
ミシンなど数えるくらいしか使ったことはないけれど、母がよく姉妹の服を縫ってくれていた。もしかしたら母もこうやって祈りながら作っていてくれたのだろうか、そんな思いを馳せながら針を進める。
「出来た!」
「うん!上出来だよ!上手い上手い!…ん?こんなに鮮やかな色だったかしら?」
キラが目を擦りながらシーツの色味を確認する。どうやら祈りを込めたせいで、素人ではわからない程度にほんの僅かだけ彩度が上がっていたようだ。職人のキラですら疑問程度に思う程、ほんの僅かな変化だ。
シュナは内心焦りながら「そうですかね?」ととぼけてみせた。
「んー?まぁいいか。あとはファスナーを付けるだけだからあたしがやるよ。ご苦労様だったね」
「いえ、こちらこそありがとうございました!一辺でもわたしが縫えて嬉しかったです!2人に自慢しちゃいます」
「ふふ、自分が手を加えたら愛着が湧くから洗濯するのも楽しくなるよ」
「洗濯するのも楽しみです!」
こうして、キラが最後の行程を済ませるまで見学させてもらい、3日早くシーツとカーテンを受け取れたシュナは誂え物を持って帰宅することが出来たのだった。




