はぐれ討伐
「疑って悪かった!」
「もう十分謝って貰ったのでいいんです!」
「チビもすまん。知らなかったとはいえ眠り矢を射た挙句…国に献上するところだった」
『シュナがいいなら、僕ももういいよ』
ミネルヴァが去ってから2日経ち、はぐれ討伐依頼を受けたダダ達は、ガルウィングと共に禁足地の森と向かっていた。
その道中、ガルウィングは何度目かわからない謝罪をシュナに繰り返し続けるものだから、皆すっかり呆れ果てている。
余程、ミネルヴァの釘差しが効いたらしい。
「ガルウィングさん、そろそろ森の最奥に着きそうだ。シュナを解放して貰ってよろしいか」
「ああ、そうだな。すまん!」
ダダの助け舟でようやく解放されたシュナはほっと胸を撫で下ろす。そして懐に入れた護り刀を抜き出し、辺りを警戒し始めた。
先頭からダダ、ガルウィング、そして元の大きさに戻ったチビとシュナ、後方にセルムという布陣なので万が一の心配もないのだが、つい護り刀を握る手に力が入る。
『僕がいるからその刀の出番はないと思うよ〜。なんなら僕に乗る?石喰蜥蜴に襲われる心配もないし』
「それいいな。シュナちゃん、チビに乗ってなよ」
「シュナが刀を振り回したら逆に怪我をしそうだ。チビ、頼んだよ」
『乗って乗って〜』
満場一致で戦力外通告を受けたシュナは、解せぬ顔をしながらも背を低くしてくれたチビに跨がった。
立ち上がったチビの背から見える景色は格段に見晴らしがよく、禁足の森の終着地である金剛鉱山の入り口が見える。
「あと20m程先で森が終わりそうです。あ…石喰蜥蜴と、なんだろう…灰色の兎がいます。多分10羽位?」
「そりゃ石喰兎だな。集団で襲ってくるタイプだ。しかも動きが速い。岩を食う頑丈な前歯は常生歯ってやつで折っても伸び続けるから気をつけろ」
はぐれ討伐に向けて、ドンドから徹底的に鉱夫伝承を仕込まれたガルウィングが教えてくれる。
あんなに可愛いのに恐ろしいんだ…ぞくりと粟立つ感覚を覚えながら、シュナはあるモノに気付いた。
石喰兎の群れの中に何組かの親子。
子兎はまだ小さく、片手に乗る程の大きさだ。
「子どもがいる…」
魔物にも子どもがいる。初めから恐ろしい成体として存在する訳ではないのだと改めて認識した途端に、シュナの恐怖心が凪いでいく。
住む場所さえ違えば遭遇することもなく、縄張りの中で生きていけたのに。そこに食べ物と認識したものがあったら、人間だって動物を食べるのだ。何が悪いというわけでもなく、それが自然のことわり。
「出会わなければ…縄張りの中にいれば…」
ミネルヴァ様の言葉を思い出す。
初めて会った時、ミネルヴァ様は魔物を殺すと言った?
先日会った時、ミネルヴァ様ははぐれを殺せと言った?
◆◆◆
『里に出ぬようよく言い聞かせる』
◆◆◆
『里に降りぬようにするがよい』
◆◆◆
…殺せと言わず、里に降りぬようにと言ったんだ。
討伐すると宣言したガルウィングさんに「精進しろ」と言っていたけれど、それは肯定ではなかったのかもしれない。
魔物の縄張りは?
魔物はどこから来た?
大事な事が抜けている。
私の定めとは何だろうーーー
◆◆◆
『魔物は山に潜むよう、
決して里に降りぬよう、
幼子たちがすくすくと育ちますようにと』
◆◆◆
御伽噺を思い出した途端、全てのことが腑に落ちた。
ミネルヴァ様は人間だけでなく、すべての生き物に平等だったのだ。
梟に願われて、幼子達に逃げる時間を与えたのは、決して人間だったからではないだろう。
神の思し召しなど推測するのも烏滸がましいが、ミネルヴァ様は全ての幼子達のためにこの目を与えてくださったのかもしれない。
「ダダさん、止まってください」
「どうした?」
先方にいたダダに声をかけ、止まってもらう。
皆不思議そうな顔をしながらシュナを見つめている。
このまま進めば魔物達は襲ってくるだろう。そしてダダ達もそれを迎え撃ち、討伐が始まってしまう。
その前に出来る事があるーーー
「わたし、あの子達が山に帰れるように祈ります」
「シュナ?」
「山が崩れたのがきっかけで出てきてしまったのなら、きっと山があの子達の縄張りなんです。だから、そこは帰れるように祈ります」
出来るかわからないけど、とはもう言わない。
あの小さな石喰兎の子兎も、タンタ君も同じ。誰かの可愛い子どもなのだ。そして誰もがすくすくと育つように祈られながら大きくなるべき存在なのだ。
「ミネルヴァ様、どうか私にお力をお貸しください。
どうか魔物は山に潜むよう、
決して里に降りぬよう、
幼子たちがすくすくと育ちますように。
この命の続く限り、これからも祈り続けます。
どうか、幼子たちのためにお力をお貸しください」
組んだ手がふわりと暖かくなると、途端に眩い光の渦がシュナの全身を包み込んだ。キラキラと輝く琥珀の揺らぎが辺り一面に広がると、その波紋はどこまでも続いていく。禁足の森を、金剛鉱山のその頂を、留まることなく琥珀の波紋は広がっていく。
目も絡む眩い光の渦の中で、ダダとセルムは必死に目を凝らしながらシュナの姿を見つめていた。愛し子のその一瞬たりとも見逃すまいと。




