職人冥利
スランプに陥り、更新が遅くなりましたm(_ _)m
タンタは不思議そうに辺りを見回した。
助けなければと思った瞬間、体が動いていたところまでは覚えている。しかし、気付いた時には石喰達は跡形もなく消えていて、シュナがしっかりと自分を抱きしめていた。
「……シュナちゃん?どうしてあの鳥いないの?」
「女神様が山に帰りなさいって言ってくれたの」
「だからいないの?」
「うん、もう怖い魔物は皆帰ったよ。だからもう大丈夫」
シュナは優しくタンタの頭を撫でる。
その頭上に浮かぶ数字はもう赤くない。
大人になって騎士に夢を叶える時間も、家族を作り、幸せに暮らせる時間もあるだろう。そんな数字が浮かんでいる。
「…ぼく…ほんとうはこわかったの…」
「うん、とってもとっても怖かったね」
「まもるってやくそくしたから…だけどね…とってもこわかったの…うぅ…うぅーー」
ずっと張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、タンタは大きな声で泣き始めた。大人でも我を忘れて逃惑うほどの恐慌状態の中で、更に母が襲われたのを目の当たりにしたのだ。どれほど怖かっただろう。
それでも懸命にわたしを守ろうとしてくれた。
この子はとても優しく、そしてとても強い子だ。
「タンタ!!タンタァ!!」
タンタの両親とドンドが溢れる涙を拭おうともせず、一心不乱に駆け寄ってきた。それに気付いたタンタは一目散に駆けていき、4人はひとつになって抱き合うとその無事を心から喜び合う。抉れた筈のカカの足は何事もなかったかのように完治しており、シュナはホッと胸を撫で下ろした。
「シュナ!」
「シュナちゃん!」
そんなシュナの身体に衝撃が走った。
駆け寄ってきたダダとセルムが2人してその勢いのまま抱きしめてきたものだから、その衝撃で思わず一瞬息が止まってしまった。
「くっ、苦しい!」
「「…っ!」」
感動の再会のはずなのに、その一言目がなんとも間が抜けていてシュナは思わず笑ってしまう。それでも2人の抱擁は変わらない。ふと気付けばダダとセルムの肩が小さく震えているものだから、シュナは諦め、2人の気の済むまでこのままでいることにした。
「もう皆赤くなくなったから大丈夫ですよ」
「シュナちゃん、そんでなにがあったんだ?」
石喰達が突然いなくなったことで町は再び騒然となったが、人々は無事を喜び合いそれぞれ帰路についていった。シュナ達一同もドンドの工房に場所を移すと、店内のカウンターを囲む。タンタは余程疲れていたのか、2階にあがるとすぐに寝てしまった。
オレンジジュースを片手にシュナはポツポツと話し始める。瞬き一つするより短い、刹那の出来事を。
「ーーーそんなわけで、ドンドさんから貰った護り刀の鞘と引き換えに祈りを叶えていただきました。魔物は里に降りないように言い聞かせると仰っていたので、もうこの町は大丈夫です」
「俺の、あの護り刀か?」
「はい。御伽噺の梟はあの鞘に中に彫られた梟に転生していたらしいんです。また会えたと女神様はとてもお喜びになっていました。…ごめんなさい。そんなわけで鞘が無くなってしまいました」
シュナは申し訳なさそうに抜き身になった緋緋色金の護り刀をテーブルの上に置く。すると間髪入れずにドンドが大きな声で笑い出した。
「ガーッハッハッハッ!女神様に気に入って貰えるなんて職人冥利に尽きるってもんだ!代わりの鞘ならいくらでも作ってやるから安心しろ!」
「…実はドンドさんならそう言ってくれると思ってました。よろしくお願いします」
「すぐに作ってやるからちょっと待ってろよ。あーそういや、数字はどうなったんだ?」
「もう皆さん赤くはなくなりました。十分な時間がある、とだけの答えでいいですか?」
シュナはドンド達に浮かぶ数字に目をやって微笑むと、言葉を選ぶ。ドンド達の残された時間はタンタの成長を見守るには十分だ。
残された時間を知る事はいい事ばかりではない。
ダダ達の余命をいつも心苦しく思うからこそ、シュナは伝えない事を選んだ。
「本当なら今日で終わる筈の命だ。十分な時間があると知れただけでも満足だ。残りの時間は嬢ちゃんに感謝しながら大切に生きるよ。本当にありがとう」
「シュナさん、ありがとう。いくらお礼を言っても足りないけれど、タンタと家族、町の皆を救ってくれてありがとう」
ドンド達は椅子から立ち上がって深々と頭を下げると、シュナは慌てて被りを振った。
「わたしは祈っただけです!しかも足りなくて…ドンドさんの作った護り刀がなかったら、全員は救えなかったんです!お礼なら女神様にしてください!」
「嬢ちゃんだけじゃなく、女神様にもお礼をしなければな。何か奉納するか!」
「それがいいと思います!きっと女神様もお喜びになると思います。わたしは鞘を新しく作って貰えるだけで十分です」
「ふむ、女神様には何がいいかのぅ?」
「…大輪の牡丹のようなとても美しい方でした。牡丹の意匠の…なにかを作るのはどうでしょうか?」
「それは良い!細工師のジジィ達にも手伝わせるか!耄碌してる暇はなぞないわ!ガッハッハ!」
ドンドは早速、軒を連ねる工房へと出掛けて行った。
シュナのことは伏せて今回の奇跡は女神様達の思し召しと語ると、信心深い老匠達はそれを真誠と信じ、すぐさま奉納品の製作に取り掛かった。
牡丹の簪と耳朶飾り、鞘に収める宿木を模した短刀を奉納すると、その供物に女神様は大層喜ばれた。
匠達の夢枕に立って褒め讃えると、老匠達は職人冥利に尽きると涙し、それからアルタにはたくさんの牡丹が植えられ、町のシンボルになったのはもう少し先の話ーーー




