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シュナと余命10年の騎士  作者: ぽこ
2章 新天地と出会い
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足りぬ代償

笑っているタンタ君の小さな身体に黒い鉤爪が食い込む直前、身体中全ての血液が逆流して何かが溢れ出る感覚になったか思うと、()()()()()()()()()()()

シュナは不思議と怖くはなかった。



周りを見渡せば、皆瞬きひとつすることもなく、ただそこにいた。ダダとセルムは手を伸ばしながらこちらに駆け寄る最中で、ドンドと両親はその顔を歪めながら何か叫んでいるようだった。



今がその時かもしれない。

シュナは居住まいを正すと、目を瞑り、天に向かって手を合わせて静かに祈った。



「女神様、どうかお助けください」



何処からか風が吹き、この世のものとは思えないほどに美しい迦陵頻伽(かりょうびんが)な声が聞こえてくる。



「人の子よ。そなたは何を望む?」



返って来た声に驚き、シュナは顔を上げる。

目の前にはいつの間にか澄みきった湖畔に映る月のような明眸(めいぼう)でこちらを見つめる端麗の主がいた。その居姿はまるで国色天香(こくしょくてんこう)、辺り一面に華やいだ香りが広がっていく。



「…この子を、この優しい幼子をお助けください」

「叶えてやろう。まだお前の命は余りある」



シュナはいつの間にか強張っていた顔を弛める。

ダダ達のようにタンタの命を救えることに安堵し、胸を撫で下す。しかし、それも束の間ーーータンタを救えたとしても、ドンドやその両親、自分を信じてくれた人々はどうなるのか。


御伽噺を思い出す。

人の子が祈った一言一句を思い出す。



◆◆◆


魔物は山に潜むよう、

決して里に降りぬよう、

幼子たちがすくすくと育ちますようにと。



人の子の祈りを女神は叶えた。


人の子の身が光輝くと、魔物は山のねぐらに帰っていった。里に魔物が現れなくなると、逃げ延びた人々は幼子たちを抱きしめながら喜んだ。


◆◆◆



シュナは意を決し、再び女神に祈った。



「女神様。今アルタの町に魔物が溢れ出ています。このままでは多くの人々が死んでしまうでしょう。どうか…どうか魔物は山に潜むよう、決して里に降りぬよう、幼子たちがすくすくと育ちますよう、お助けください」



女神はふむ、と一考すると告げた。



「叶えてやりたいが、お前の残りの命では足りぬのだ。わたしが半分請け負ってもまだ足りぬ。足りぬ代償を何で償う?」

 


シュナは大それた事を祈ってしまったと青ざめる。

よくよく考えてみれば自分は無力な13歳。この命にどれほどの価値があるというのだ。ダダ達を生かしただけでも奇跡だったのかもしれない。何故全てを救えるなどと信じてしまったのかと落胆し、言葉に詰まる。



「そう卑屈にならぬで良い。此度は(いささ)か死ぬべき者が多すぎる。アルタとやらには1000…そこに来訪者も含めて、ふむ、1300余りというところか。(かつ)ての人の子の時代でも一つの村に100程度。多くて200が際限だった。時が移り変わり、子孫繁栄したのだから致し方が無い」



「…足りない代償はなにで償えますか?」

「お前の1番大切にしているものを捧げるがいい」

「わたしにはこの命以外、何の財産もありません」

「ふむ。…ん?そなた懐に何を持っているのだ?」



シュナは胸元を探ると、1本の短剣を取り出した。それは手のひらに乗る程度の大きさの、漆黒に塗られた鞘に飛翔する(ふくろう)が彫られた護り刀。いざという時のため、そしてお守りだといってドンドが託してくれたもの。


女神が手を差し出すと、それはふわりと浮かんでその手元に飛んでいった。



「これはこれは!」



女神は護り刀の鞘を愛しそうに見つめ、蕾が綻ぶように、大輪の牡丹が咲き誇るように美しく破顔した。



「梟、此度は鞘に転生したのか。あっはっは!いくら探しても見つからぬはずだ!」

「梟?」

「あぁ、ご覧。ここに梟が彫られているだろう?これは私の可愛い梟だ。随分探した。そうかそうか、鞘に生まれておったのか!」



女神が愛しそうに待つその漆黒の鞘に彫られた梟は、いつの間にかまるで生きているように羽ばたいている。まるで夜空を飛ぶ本物の梟のようだ。



「人の子よ。この鞘を妾に譲ってはくれぬか」

「その護り刀を、でしょうか?」

「鞘だけで良い。梟がいるのはこの鞘だ。さすれば此度のこと全て妾が請け負おう。世界の理を保つため、暫しの間妾の力は弱まるが、それも致し方あるまい」



貰った物をあげてしまってもいいのだろうかと一瞬悩むが、そんなことを悩むなど詮無いことだろう。多くの人の命が助かるのならば、きっとドンドさんはいつものように笑い飛ばしてくれるはずだ。この鞘はアルタにいる人達にとってのお守りになってくれる定めだったのだ。



「鞘を献上することで皆を守ることが出来るのなら、それがその鞘の定めなのだと思います」

「うむ。…妾は後悔していたのだよ。人の子と梟だけに責を背負わせてしまったことを。さぁおかえり。この時を以て、魔物は全て山に返そう。里に出ぬようよく言い聞かせるから安心するがいい。そなたのその目は定め故に変わらぬが…どうか幸せになるのだよ」



女神はそういうと、シュナの頭をそっと撫でた。


その刹那、止まっていた時が動き出した。


タンタを襲う石喰鳥の長の姿は消えていた。

旋回する石喰鳥の群れも、無数に蠢いていた石喰蜥蜴も、一つ残らず消えていた。

シュナの手には抜き身の緋緋色金の刀身ひとつ。




「シュナ!!」

「シュナちゃん!!」

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