群れの長
シュナは震えて泣いているタンタを抱えながら、その場に立ち竦んでしまった。そんな暇などないと頭ではわかっていても、足が動かない。
「シュナ!走れ!」
「シュナちゃん!走れ!」
石喰蜥蜴を蹴散らしながら、3m程先まで逃路を作ってくれているダダ達や、血塗れのカカを抱えて走ろうとしているトトの姿も視界に入っている。
わかっている。
わかっているのだ。
(走らねば。ここから一歩でも先に進まねば。やらなければならないことはわかっている。でも身体が動かない。祈祷師として祈らなければならないこともわかっている。でも…どうやって?)
シュナは初めて見た凄惨な光景にパニックを起こしていた。その姿を見たダダは後悔する。
(たった13歳の少女が人の肉が抉られる一部始終を見たのだから、こうなるのも無理はない。…何故最初から抱えて逃げなかったのか。セルムと2人ならばタンタも含めて抱えられただろう。くそ、判断を間違えた。今からでも遅くはない、抱えてーーー)
「…シュナちゃんおろして!」
タンタが身を捩って、シュナの腕から飛び降りた。
勢いよく飛び降りたものだから、着地に失敗して膝を擦りむいてしまった。しかし、タンタはそんなこと気にもせずにシュナの手を握りしめてながら言った。
「…はしるよ!」
「タンタ、君」
「ぼくがまもるってやくそくしたから!」
タンタはシュナの手を引きながら走り始めた。
さっきまで震えて泣いていたせいか、タンタの目にはまだ涙が浮かんでいる。しかし、その小さな足が駆ける小さな一歩一歩につられてシュナの足は動き出し、徐々にしっかりした足取りに変わっていった。
(あぁ、わたしは馬鹿だ。タンタ君の方が辛いのに何を呆けてしまっていたんだろう。この子を逃すためにここまで来たのに。…しっかりしろシュナ!)
それを見た一同はほっと胸を撫で下ろす。
ダダ達によって石喰蜥蜴のいない逃路ができており、タンタでも難なく進むことが出来る。このままシュナさえ動ければ、あとは2人を抱えながら逃げればいい。ダダは両腕を広げてシュナ達を迎えようとした。
しかし、それを阻むようにセルムの絶叫する。
「ダダさん!後方注意!背後4時方向上空から石喰鳥1羽接近中!距離凡そ5m!」
「はっ!こんな時にか!」
ダダは背後から急襲してきた石喰鳥に向かって大剣を構えると、勢いをつけて振りかぶった。ヴォンッと風を切り裂く低音が響くが、その剣身は石喰鳥の足趾にガチリと掴まれ、止められてしまう。
「く、そがぁぁぁあ!!!」
「ダダさん言葉が汚ねぇすよ!!!」
「私の邪魔を、するんじゃねぇぇ!!!」
ダダは石喰鳥に止められた剣身を、力の限り押し進める。ミチミチという音と共に、その刃先は徐々に石喰鳥の足趾に食い込んでいく。
石喰鳥はギャアギャアと鳴き叫んでその場を離れようと羽ばたくが、足趾に食い込んだ刃がそれを許さない。最後の仕上げとばかりにダダは剣身を振り抜くと、黒い鉤爪を生やした足趾がボトリボトリと転がり落ちた。
ダダはその美貌に付着した返り血を拭う事もなく、足趾を落とされて石畳の上でのたうち回っている石喰鳥の心臓めがけて大剣を突き刺した。
皆歓声をあげて、束の間の勝利を喜んだ。
シュナもタンタも喜んだ。
ーーーそれを見ていた1羽の石喰鳥がいた。
他の石喰鳥達よりも一回り大きく、
他の石喰鳥達よりも賢かった。
その個体は群れの長だった。
欲張って大きな餌を狙った仲間は殺された。
ならば小さな餌を狙えばいい。
あぁ、あの柔らかそうな琥珀色の餌がいい。
群れの長は大きく旋回したのち、シュナに狙いを定めて急下降を始める。そのスピードは先程討伐された石喰鳥よりも疾く、あっという間に距離を詰めていった。
「シュナ!!」
「シュナちゃん!!」
ダダとセルムが気付いた時には遅かった。
2人の声に気付いたシュナが上空を見た時には、もう目の前まで降下しており、2人の助けは間に合わない。
羽根を広げている群れの長の大きさはゆうに5mを超え、その足趾に生える黒い鉤爪の1本1本はシュナの足ほど太い。子どもの身を掠め取ることなど造作もないだろう。
シュナは迫り来る衝撃を想像し、硬く身を竦めた。
その時―――
突然、タンタがシュナを押し退けた。
その小さな肩は小刻みに震え、
その小さな手はきつく拳を握られている。
群れの長が狙ったはずのシュナの位置にはタンタが立っている。それを見た長は餌が更に小さくなった事に気付いたが、まぁいいかと、そのまま狩ることにした。
「タンタ君!!」
「ぼく、かあちゃんまもれなかったの…でも、シュナちゃんのことはまもるから」
「だいじょうぶだよ、しんぱいしないで」
タンタは母親とよく似た顔で、笑った。




