石喰
既に事態は深刻なものになっていた。
宿屋が軒を連ねる通りのそこらかしこに、身体を石礫で覆った蜥蜴に似た生き物が蠢いている。
その生き物は街路に敷かれた石畳を剥がしては、ガリガリと旨そうに咀嚼していた。のそりのそりと動く様子を見る限り一個体の動きは鈍いようだが、その数はあまりにも多い。今目視出来るだけでもこの通りだけで50体はいるだろう。
町の人々は一様に悲鳴をあげ、アスタネへ続く大きな街道に向かって逃げ惑っている。
「なんだこりゃ、見たことねぇぞ」
足元に蠢く異様な生き物に目を丸くしながらセルムが呟くと、ドンドがしかめ面をしながら忌々しげに答えた。
「石喰蜥蜴だ」
「石喰蜥蜴?」
「禁足地の奥にある金剛鉱山住んでるっていう坑夫伝承の化け物だ。石も食うが人も食うらしいから、噛まれないように気をつけろ!」
「うへ。それにしてもコイツら多すぎだろ」
「伝承が本当なら腹が弱点のはずだ。ひっくり返して石に覆われていない腹を刺せ。こいつらは『森の斥候』だ…これからもっと大物が出てくるぞ!」
セルムは行く手を阻む石喰蜥蜴を蹴り飛ばすと、一部だけ剥き出しになった軟そうな腹めがけてファルシオンを振り下ろした。「ギャッ!」とひと鳴きすると石喰蜥蜴は腹の刺傷からドロリとした濃緑色の血を吹き出して動かなくなる。
「セルム!殺すのは容易いが数が多い!コイツらは無視して先に進むぞ!逃路を開け!」
石畳を食い飽きたのか、石喰蜥蜴が強靭な顎をガチガチと鳴らしながらシュナ達を追い始めてきた。動きが鈍いがその顎に捕まったら骨など容易く噛み砕かれるだろう。
ダダとセルムが石喰蜥蜴を全力で蹴飛ばしながら道を開けると、皆その後を追った。
「シュナちゃん!あそこ!なんかとんでる!」
カカに抱かれたタンタが東の空を指差した。
アスタネへ向かう街道を背に向けた方向ーーー崩れただろう東の山の方角から、夥しい数の鳥のような生き物がギャアギャアと叫びながらこちらに向かってくるのが見えた。
軍馬よりも遥かに大きく、異様に伸びた黒い鉤爪を持ったそれは、赤い単眼をギョロギョロとさせながらこちらを見ている。
「おいおい、ワイバーンよりでっけぇな!」
「ワイバーンより厄介なはずだぞ…ありゃ羽根まで金剛石並みに硬い石喰鳥だ。お前さん達の緋緋色金2本しか通用しねぇはず!チッ!とにかく急げ!逃げるしかねぇ!」
7人は石喰鳥を背にしながら、街道をひた走った。
足元に無数の石喰蜥蜴が蠢き、空からは石喰鳥が逃惑う餌に狙いを定めて追ってくる。
(逃げ切ることなど出来るのだろうかーーー)
そう誰もが思い始めた頃、タンタを抱いていたカカが石喰蜥蜴の尾に足を取られて転倒してしまった。
獲物を認識した石喰蜥蜴達がその周りにのそりのそりと集まり始める。その数凡そ20体程だろうか。
カカは寸でのところでタンタを突き飛ばし、よろめいたタンタをすかさずシュナが抱き上げた。
「かあちゃん!」
「行きなさい!母ちゃんに構わないで!」
カカはそう言い終えるか否や、絶叫をあげた。
1匹の石喰蜥蜴が脹脛に齧り付いたのだ。グジュリと鈍い音が聞こえると同時に、鮮血が辺り一面に飛び散った。
「ああああーーーー!!!」
「かあちゃん!!かあちゃん!!」
「コイツ…!!」
先頭から駆けつけたダダは、その石喰蜥蜴の首元めがけて大剣を振り下ろした。石礫に覆われた硬い首は力が足りなかったのか両断できなかったものの、石喰蜥蜴はその衝撃を受けて口を離して飛び退いた。
ダダはその一瞬の隙を見逃さずその腹を蹴り飛ばす。
ドンドやセルム達も加わって、集まってきた石喰蜥蜴達を一蹴し終えると、ダダは急いでサーコートの裾を破り、大腿部をきつく巻上げて止血した。
カカは脹脛を抉り取られた壮絶な痛みを歯を食いしばりながら耐え、絞り出すような声でタンタに伝えた。
「タンタ!母ちゃんこれ、くらい大丈夫。…だから…先に行きなさい……シュナちゃん守る、んでしょう?」
「かあちゃんーーー!!」
「大丈、夫だよタンタ。心配しないで」
カカはそう言って笑うと、そのまま気を失った。




