信じる者 信じない者
その時だった。
テーブルがカタカタと鳴り、テーブルにあるガラスの水が揺らいで波紋を作ったかと思うと、ドンっという衝撃を皮切りに山が崩れる轟音が鳴り響いてきた。
「地震?」
「もう鎮まったから大丈夫だろ」
「今ので山が崩れたか?東の方か?」
「あの辺は禁足地の古い森しかないから誰もいないさ」
呑気に食事を続ける人々をよそに、シュナの顔は青ざめていた。ドンドに聞いた御伽噺が脳裏によぎる。
『皆赤くなる日がやってきた。
また大きく地が鳴り山は崩れ、
魔物は山のねぐらを追われて
再び里に降りてきた』
まさか御伽噺と同じ事を繰り返すの?
…だとしたら、次にやってくるのは魔物に違いない。
それもここにいる人達全てが犠牲になるほどの多くの魔物がーーー
「ふん、御伽噺通りなら話は早い。おいトト、お前も武器を持て。魔物が来る。タンタ達を逃すぞ」
「…ああ。父さんとタンタが信じるなら俺も信じる。剣は持ってきてくれたのか?」
ドンドは大きな荷袋の中にある幾つかの剣を取り出すと、好きなものを選べと手渡した。どれも一晩かけて研いだという。「魔物相手じゃ時間稼ぎにもならないかもしれないがな。ガッハッハ!」といつものように豪快に笑った。
「ぼくも!ぼくも武器もつ!」
一刻も早くこの地から遠ざけたい親心とは裏腹に、タンタは小さな手で祖父の荷袋を漁った。しかしタンタ用の武器などあるわけもなく、出てくるのはタンタ用の菓子ばかりだ。いつもはドンドがくれる菓子に大喜びしているタンタだったが、今はそんなものには目もくれず「ぼくも!ぼくも!」と半狂乱に泣きながら訴える。
そんなタンタを抱き上げてセルムは言った。
既にタンタの顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。
「タンタ、お前に頼みたいことがある」
「ぅうっうっ…だのみたいごと?ぐすっ…」
「ああ、これはタンタにしか頼めない」
「…ぼくだけ?ぐすっ…」
「こないだみたいに母ちゃんとシュナちゃん連れて守っていてくれないか?俺たちすぐ帰ってくるからよ」
「…うん!ぼぐまもるっ!…ぜっだいまもるっ!」
「おう!ありがとうな。頼んだぜ!」
タンタが落ち着きを取り戻したので、一同は揃って胸を撫で下ろす。
あと出来ることといったら…周りに伝えることだ。
シュナは意を決し、居残った冒険者と思しき宿泊客達に向かって叫んだ。
「山が崩れたら魔物が来ます!手遅れにならないうちに早く逃げてください!」
しかし、返ってきたのは呆れ顔と嘲笑だった
クスクスと笑う者、ヒソヒソと小声で耳打ちする者、のんびりと食事をしながら見向きもしない者。
皆、その頭上の数字は変わらずに『赤い0』だ。
『ある村は伝えを信じて、魔物から逃げ皆生き延びた。
ある村は伝えを信じず、魔物に飲まれ皆死んだ。』
この人達は後者になってしまうのだろうか。
しかし、もう信じてくれと説得している猶予はない。シュナはきつく唇をかみしめた。ダダとセルムは冷ややかな目で辺りを一瞥すると、シュナの肩を抱いて食堂を出ようとした。
その時ーーー
「なぁ、今の話、本当か?」
木漏れ日の宿主が声をかけてきた。
ドンドの甥である宿主はこのアルタの地に生まれ育ったので、もちろんあの御伽噺は幼い頃から知っている。全てを説明する時間はないので、シュナ達は黙って首肯した。
「…おじさん俺にも剣をくれ」
「おう、そういうと思ってお前の分も持ってきたぜ」
宿主は牛刀によく似た大剣を受け取ると、居残った客に向けて大声で叫んだ。
「おい、お前ら!もう店じまいだ!飯なんか食ってないで出ていけ!魔物が来る!武器はいつでも出せるようにしとけよ!」
ざわつく客など目もくれずに、その緊迫した声をを聞いた客達は、1人また1人と立ち上がっていく。
最初から大人が叫んでいたら皆もっと早くに動いてくれたかもしれない。あぁ、悔しいがもうそんなことどうでもいい。タンタ君を逃さねばーーー
シュナ達は今度こそ足早に食堂を出て行った。




