昔々の御伽噺
工房から宿屋に帰ったのは、月が真上に登った真夜中だった。ダダとセルムは「慣らしをしてくる」と譲り受けた剣を片手に再び出て行った。
1人残されたシュナはベッドに潜り込み、ドンドから聞いた御伽噺を思い返していた。
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昔々の物語ーーーー
大きく地が鳴り終わると
崩れた山の割れ目から魔物が溢れ出た。
田畑は荒らされ、麓村の人々は飲まれていった。
この世に魔物が蔓延るようになった、事の始まり。
人々を愛していた優しい梟は泣いた。
梟の子守唄で眠った幼子たちの死を偲んで泣いた。
「せめて幼子たちを逃す時間があれば」
それを聞いた女神は心を痛め、梟と同じ琥珀の瞳を持つ人の子に『時の見える目』をやった。
「せめて幼子たちを逃す時間をやろう」
『時の見える目』を授けられた人の子は優しく、聡かった。その知恵で皆が赤くなる日を導き出すと「禍事の起こるその日に備えよ」と人々に伝え歩いた。
皆赤くなる日がやってきた。
また大きく地が鳴り山は崩れ、魔物は山のねぐらを追われて再び里に降りてきた。
ある村は伝えを信じて、魔物から逃げ皆生き延びた。
ある村は伝えを信じず、魔物に飲まれ皆死んだ。
飲まれた村の幼子は、親を選ぶことができぬ故に逃げることは叶わなかった。誰もいなくなった村を訪れた人の子は泣いた。
「時が見えるだけではすべてのものは救えなかった」
それを聞いた女神はまたも心を痛め、
人の子の祈りを叶えてやることにした。
「ただしお前の命と引き換えだ。それが世界の理」
人の子はその命を削りながら祈った。
魔物は山に潜むよう、
決して里に降りぬよう、
幼子たちがすくすくと育ちますようにと。
人の子の祈りを女神は叶えた。
人の子の身が光輝くと、魔物は山のねぐらに帰っていった。里に魔物が現れなくなると、逃げ延びた人々は幼子たちを抱きしめながら喜んだ。
しかし、人の子はそれから間も無く儚くなった。
それを見ていた心優しい梟もまた泣いた。
「お前だけに責を背負わせてしまった」
その涙は枯れることなく、梟は後を追うように儚くなった。
女神は心優しい1人と1羽を偲み、初めて泣いた。
「また生まれておいで。一度与えた目と定めは不変だけれど、次の世は幸せになるためにまた生まれておいで。その祈りの代償半分は私が引き受けよう」
そして地が鳴って山が崩れそうになるたびに、人の子と梟はこの世に生まれ現れた。
与えられた定めと『時の見える目』で人々に禍事の日を伝え歩き、その命を削って女神に太平を祈った。
魔物は山に潜むよう、
決して里に降りぬよう、
幼子たちがすくすくと育ちますようにと。
そして、再び魔物は山のねぐらへ帰っていった。
女神が代償の半分を引き受けたおかげで、人の子はすぐに儚くなることはなくなったが、それでも心優しい人の子は残りの命を祈りに捧げながら生きた。
人々は祈りを捧げる人の子を聖女と讃え、慈しんだ。
昔々の物語ーーー
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御伽噺は口伝を経て今に伝わるものなので、全てが当てはまるわけではないのだろうが、祈祷師のルーツはきっとこの御伽噺にほぼ間違いないのだろう。
時の見える目や祈りの代償などの話は、シュナの知る限り一致する。
そして、シュナには思い当たる節があった。
それは、両親を襲ったワイバーンだ。山向こうから殆ど出てこないと言われているにも関わらず、あの日を境に続けて4頭も現れた。
「もしかして、明日山が崩れる…?」
ホーホーホー
何処からともなく、夜の帷の中で梟が鳴いていた。




