タンタの爺ちゃん
シュナは木戸の前で立ち尽くした。
今見えている数字が信じられず、何度も目を擦る。それでも、大勢の客の頭上に浮かぶ数字は変わらなかった。
「シュナ?」
「…みんな1なんです」
「まじか」
3人は絶句するが、その脳裏に同じ予想を立てていた。
タンタ達のみならず、こんな小さな居酒屋に集まる者全てが『1』ということはーーー単発的な事故などではなく、このアルタの町に何か起こるのだろう。
「ご注文は?」
「あー…と、ビア2杯とオレンジジュース1杯。つまみは適当に頼む」
木戸に立ち尽くす3人を訝しげに見ながらウェイトレスが声を掛けてきた。我に返ったセルムがそう注文をすると、奥のボックス席に案内される。
ちょうど店内が見渡せる角席だったので、シュナは更に目を凝らして辺りを見回すが、楽しそうに酒を酌み交わしている若者達も、カウンターで管を巻いている酔っ払い達も、ダダ達にウィンクを投げてくる女性達も…全ての数字が『1』を浮かべており、例外はない。
被りを振ったシュナを見て、2人は鎮痛な面持ちになった。
「明日、何か起こるな」
「はい、皆が1だから…きっととても悪い事が起きます」
「うーん…何が起こるかわかんないけど、とりあえずその前に武器の新調したいとこっすね。盾はいいとして、今の剣じゃ心許ないっす」
ちょうど注文品が届き、ガヤガヤと騒がしい店内を眺めながらそれを口にする。事の大きさに青ざめたシュナはオレンジジュースを一口飲むが味がよくわからない。
「セルム、お前、剣を持て」
「いいんすか?」
「もう死にたがらないだろ。守るために剣を持て」
自暴自棄になり、捨て身の特攻をしていた『死にたがりのセルム』はもういない。今は守るべきシュナがいる。何が起こるかわからないが、騎士が2人しかいない中で大盾の護りだけでは足りないかもしれないとダダは結論付け、セルムに告げる。
「私の剣もどうにかしないとな。所詮予備の剣だ。本気で切れるのは3回が限界だろう」
ダダが今帯刀しているのは慣れ親しんだものではなく予備の大剣だ。その切れ味や強度はたかが知れており、ダダのパフォーマンスを活かしきれない。
「悩んでいても仕方がない。今からタンタの祖父の工房に行って剣を見繕えるか交渉しよう」
「そっすね。善は急げってやつっすね」
時刻は19時を回ったところだ。今ならタンタの祖父も対応してくれるだろう。2人は一気に残りのビアを飲み干すと、トトの元へ行くために席を立った。
すると、今まで黙っていたシュナが声を上げる。
「あの…私に出来る事をしたいです」
「それは…」
「はい。メアリーさんが言ってたように、皆のためなら神様が力を貸してくれるかもしれません。大丈夫…かはよくわからないし、出来るかもわからないんですけど…」
自分の力に確信が持てないが故に、最後の声が小さくなる。ダダ達に祈ったことも偶然だった。皆の為に祈った事がないのでどれだけ祈祷師として力を発揮出来るかも正直わからない。それでもーーー
「こういう時の為に祈祷師のわたしがいるんだと、思います」
シュナの迷いのない宣言に、ダダ達は困惑した。
シュナの願いは出来る限り叶えてあげたいが、この願いはシュナの命を削る事になる。この小さな少女にそんな重荷を背負わせていいのだろうか。
「シュナちゃん、でもそれはーーー」
セルムが躊躇いながら声を掛けようとした時だった。
後ろの席にいた白髪の老人が、逞しい片手にビアをかかげながらこちらに顔を出してきたのは。
「呼んだか?俺がタンタの爺ちゃんだ」
突然のことに3人はそのまま固まる。
その老人は筋肉隆々の腕にコブを作りながらニカっと笑うと「もう少し端に寄れ、お前さんデカいな」と空いていたセルムの隣席に座り込んできた。
「すまんな、立ち聞きした。いや、座り聞きか。ダッハッハッ!」
「…タンタの爺ちゃん?」
「おう、今日来るって手紙を寄越すから、早めに店じまいして会いに来た。待ってるついでに飲んでたんだが…お前さん達が隣にやってきてとんでもない事を話すもんだからよ。聞くつもりはなかったんだ。つい、座り聞き。ダッハッハッ!」
豪快に笑う老人は美味しそうにビアを飲み干す。
空になったジャッキをテーブルに置いて一息つくと、ダダとセルムに向かって尋ねた。
「で、剣が欲しいんか?」
「欲しいっす。爺ちゃんのとこにいい得物あるっすか?」
「ある」
「今から買いに行ってもいいっすか?」
「やる」
「へ?」
「やるよ」
「まじっすか」
「そこの嬢ちゃん、数字が見えるんだろ?」
シュナは突然話を振られ、ドキリとする。
タンタの祖父と名乗るこの老人にどこまで話を聞かれていたのか、いや例え聞かれていたとしても、数字のことや祈祷師であることを信じて貰えるかわからない。しかし、もう時間がないのだ。
「…はい。数字が見えます」
「1、だったか。明日何か起こるのか?」
「何が起こるかまではわかりません。ただ、この店の中にいる人達全員、そして…タンタ君達も全員残り1日です」
そこまで聞くと、老人はふぅと長いため息をついた。
何か考えているようで、トントンとテーブルを指で叩く。
「…ここは昔からある武器造りの町だ。それこそ大陸中の話が舞い込んでくる。数字が見える聖女様の話もな。まぁ昔話過ぎて御伽噺みたいなもんだが」
「数字が見える、聖女…」
「あぁ、俺が小さい頃に聞いた御伽噺だ。禍事がある日を言い当てて奇跡を起こし、色んな村やら町を救ったっていうよくある御伽噺さ。…嬢ちゃん、あんたソレだろう」
ニヤリと老人が笑う。
「…そんな御伽噺みたいな話を信じてくれるんですか?」
「信じるさ。鍛冶屋は験担ぎしてなんぼだ。有難い聖女様の話を信じないバカは鍛冶屋じゃねぇ。それにこの兄ちゃん達、騎士のギフト持ちだろ?長年鍛冶屋で客を見てきた俺の目に狂いはねぇ。そんな男共が2人揃って嬢ちゃんを信じてるんだ。信じるなって方が難しいぜ」
騎士のギフト持ちだという事を言い当てられた2人は目を丸くした。だが、今1番会いたい人物に早々に出会え、信じてもらえたことは僥倖以外の何物でもない。
「明日に起こる事は何なのか、今はわかりません。ですが、それに抗うために剣が欲しい。今から工房に伺ってもよろしいですか?」
「勿論だ」




