みんな1
黒猫亭の前で待っていると、ダダとセルムは本当にあっという間に戻って来た。
先程まで「ぼくがまもるからね!」と小さな眉間に皺を寄せて手を繋いでいてくれたタンタだったが、セルムを見た途端にホッとした顔に戻っていった。短い間であったが緊張していたのだろう。小さな手はずっと汗ばんでいた。
「ぼく、ちゃんとまもったよ!かあさんとシュナちゃんをね、ここまでつれてきて、ずっとまもってた!」
鼻息荒く報告するタンタをセルムは抱き上げ「約束を守ってくれてありがとう」と褒めちぎる。タンタは嬉しそうにセルムの首に抱きつき、トトとカカはそれを見ながら深々と頭を下げて礼を言った。
「ダダさん、セルムさんありがとうございました。私では妻と息子を守り切れなかったと思います」
「タンタと男手の貴方がいたからシュナを預けられました。こちらこそありがとうございます。さぁ行きましょう。馬車が待ってくれています」
タンタを肩車したセルムを先頭にしてキャラバンへと向かうと、乗客は他におらず貸切状態だった。
ダダが御者に待機の礼を伝えると「とんでもありません。こちらこそ柄の悪い客をあしらって下さりありがとうございます」と上機嫌で、タンタにキャンディをひとつ渡してくれる。
タンタは「ぼくがんばったから!」と嬉しそうにキャンディを頬張り、大切そうに包み紙をポケットにしまった。
「あの人達どうなったんですか?」
「ちょっと相手をした」
「ちょっと?」
「拳は使っていない」
馬車が走り始めて港町を抜けた頃、シュナはことの顛末を尋ねた。
ダダが美しい微笑みを浮かべながら答えるものだから、つい見惚れてしまったものの、ちょっとどころではなかっただろうことがダダとセルムのブーツに付着する点々とした血痕から見てとれる。拳を使っていないからちょっとなのだろうか。騎士の基準はよくわからない。
「小狡い顔をしていたから、今までした悪事を喋らせた。案の定色々やっていたものだから、そのまま警邏に自首するように暗示を掛けたのさ」
「俺らやり過ぎるない様に我慢するの大変だったよ」
相手は兎も角、ダダとセルムが無事だったことにシュナは安堵した。実際に戦闘しているところを見たことがないのでいまいち想像がつかないが、魔獣を相手にする騎士団にとって輩など塵芥なのだろう。
「あまり無茶しないでくださいね」
「大丈夫だよ。それなりに俺ら強いから」
「それでもです。でも…ありがとうございました。変な目で見られてたのはわかっていたので…」
タチの悪そうな輩からのねっとりとした視線を思い出し、シュナは身震いする。トトが言うとおり、やはり人の多く集まる場所には一定数の輩がいる。ダダ達が手を繋いでいたのには意味があったのだ。平穏な町育ちのシュナにとって、初めて悪意のある視線を向けられたことは相当にショックなことだった。
「…怖かった。2人がいてくれて良かったです」
ダダとセルムの顔が曇り、真顔になっていく。
「やっぱり殺っておけば良かった」
「マジっすね」
「次はヤる」
「うぃす」
「…だめですからね」
「「…」」
「だめですからね?」
「「…」」
いつまで経っても返事をしない真顔な2人がどこまで本気なのかわからないが、タンタの前でこれ以上物騒な話はやめよう。そう思っていた時、タイミングよくトトが話を振ってくれた。
「皆さん、アルタについたら宿はどうなさいますか?父の家は工房を兼ねていて狭いので、申し訳ないんですが泊まっていただくことが出来ないんです。良ければ安全で飯のうまい宿屋を紹介します。私たちも帰省する時はそこで過ごすんですよ」
「それは助かります。着くのが夜になるのですぐに宿屋へ向かえると嬉しい」
トトは『木漏れ日』という宿屋を紹介してくれた。
従兄弟がやっているといい、この時期は大体空き部屋があるという。同じ宿屋に宿泊出来るのならば、3人の安否も確認し易い。
相変わらず、親子3人の頭上には『1』が浮かんでいる。
先程の輩を排除しても数字が変わらなかったということは、他に何かが起こるということだ。
タイムリミットはあと1日。
シュナは未だ見ぬ脅威に胸を痛めながら、キャンディを美味しそうにほうばるタンタを見つめた。
2時間が経ち、硬い椅子に尻を痛め始めた頃にキャラバンはアルタの町に着いた。
長い船旅と馬車旅に疲れたのか、タンタはセルムの膝の上ですっかり眠ってしまっている。御者は貸切ということで親切にも宿屋木漏れ日まで馬車をつけてくれたのがありがたかった。
「飯はどうする?」
「なんだか食べてばかりな気がします」
「移動ばかりだったからね。それでも少しでも食べておいた方がいい。明日は何があるかわからないから」
「…確かに」
タンタが寝てしまったので今日は部屋で食べるという両親達と別れ、3人は宿屋に併設している食堂兼居酒屋に向かう。
そこは料理ギフトを持つ宿主が切り盛りしており、ハズレがないと評判らしい。セルムは既に腹ペコらしく、何を食べようかと嬉しそうに居酒屋の木戸を開いた。
「…え?」
店内には冒険者であろう風貌の客で賑わっており、皆ビア片手に談笑している。ちらほらと女冒険者もいて、入店してきたダダ達を見て色めき立つ。そんなよくある風景のはずだった。
シュナの見える世界以外はーーー
「なんでみんな1なの?」




