タンタのやくそく
高速馬車と違い、南風号では酔うこともなく1泊2日の船旅を過ごすことが出来た。タラップを降りた5人はひとまず飯屋に向かう事にした。
「腹減ったー」
「はらへったー」
「セルムさん、変な言葉教えたらだめですよ」
「ごめんなさい」
「ごめんなさいー」
タンタは面倒見の良いセルムによく懐き、離れようとしなくなったものだからご両親は恐縮し続けた。しかし、当の本人達は始終楽しそうだったのでなんら問題はない。
すっかり見慣れたセルムとタンタの肩車組を横目に、シュナはこそりとダダに耳打ちする。
「みんなの数字が1になりました」
「明日か」
「…いつ何があるかまではわからないのがもどかしいです」
「カウントでわかっていれば対策も取れるから気にする事はないよ」
今日も今日とてダダにしっかりと握られている手に力が込められる。タンタ親子の前で手を繋ぐのは恥ずかしかったが、ダダは頑として譲らなかった。
その理由はアスタネの港町はイドと変わらない大規模な港町だがその顔ぶれは屈強な男達が多くを占めており、飯屋に着くまでに警邏隊も頻繁に見かけたからだ。鋼鉄の国アスタネには輩も多く、荒事が絶えないからだとトトが残念そうに教えてくれた。
「飯食ったら爺ちゃんのいる町までひとっ走りっすね」
「ひとっぱしりっすねー」
セルムの隣に腰掛けたタンタが、お子様ランチのエビフライを頬張りながらオウム返しする。変な言葉使いをする度に咎めているものの一向に治らない。両親は船旅が始まってからタンタがいつもより食べる様になったと喜んでいるのでいいのか悪いのか。
シュナは複雑な気分になったがひとまず2人のことは置いておき、これからの予定を両親に尋ねた。
「ここからお爺様のところまでどうやって移動するんですか?」
「父の住むアルタという町まで寄り合い馬車が出ているから、それに乗って2時間位で着きますよ。アルタは昔からある鉄鋼職人の町なので、変な輩はここよりも少ないから安心してください」
「少ないんですか?」
「変なのは職人達にぶっ飛ばされて叩き出されるんですよ。下手な警邏より強いです」
「職人さん達…すごい」
「シュナちゃんは俺が守るから安心してー」
「ぼくもまもるからあんしんしてー!」
ミニハンバーグを食べ終わり、口の周りにソースをつけたタンタが力強く宣言するものだから、皆堪らず吐き出してしまう。タンタは不満そうに頬を膨らませて憤慨した。
「なんで笑うのー?ぼくもシュナちゃんまもるよー?」
「笑ってごめんな。でもタンタが今できる事はいっぱい飯食うことと、いっぱい寝ること!そんでいっぱい遊べ!俺くらい大きくなったら大事な人を守れるようになれるからな」
190cmを超えるセルムより大きくなること難しいかもしれないが、タンタは今はまだ守られるべき存在だ。セルムは一つひとつ丁寧に言い聞かせる。タンタは暫く考え込むとフンスと頷き、覚悟を決めて野菜のグラッセを頬張った。
「今はいっぱいたべる!のこさない!そしたらセルムにいちゃんみたい大きくなる!」
「タンタが野菜を食べた!」
両親は野菜嫌いのタンタが自ら野菜を食べたことに感激し、ダダは「脳筋にだけはならないように」と真顔でタンタに言い含めるのだった。
一行は食事を終え、乗車場へと向かった。
アルタ行きの馬車は10人程が乗れるキャラバンで、既に先客が4人並んでいた。
お世辞でも品が良いとは言い難い風貌の4人はニヤニヤとシュナを眺めてはヒソヒソと話し合っている。男達のねっとりとした視線を浴びて、どんどんシュナの顔が青ざめていく。
「次の馬車にしましょうか?」
「残念ながらこれが今日最後のマルタ行きらしい」
トトがダダに相談を持ちかけるが、時刻表を見たダダがため息混じりに答える。車中で2時間我慢するか、今日はアスタネ港の宿場に泊まるかの2択だ。すでに夕刻に近づいており、これから宿を探すのは骨が折れるかもしれないなとトトはボヤいた。
「今夜には着くと手紙を出したから父が楽しみに待っているのに参ったな。でも明日に延期しましょうか」
「…加減が出来るかわからないが、3人を守る位は容易い。如何する?」
「加減とは?」
「うっかり殺してしまいそうで、今も我慢している」
「!?」
静かに真顔になっているダダを見て、セルムはアチャーと顔を顰めた。これは怒っている。非常に怒っている。いや、俺も怒っている。非常に怒っている。
肩車しているタンタを降ろしてカカに託すと、シュナと両親と共に4人で離れているように告げた。
「ぼくもやっつける!」
「やっつけるのはまだ早いな。タンタはシュナちゃんを守っててくれるか?」
「どうやってまもればいい?」
「さっき飯食った店のそばまで母ちゃんとシュナちゃんを連れて行って欲しい。頼めるか?」
「うん!ぼく、あっちまでつれてって、かあさんとシュナちゃんをまもる!」
「約束だ。すぐ戻る」
「やくそく!」
セルムはシュナ達が立ち去ったのを見届けると、一発触発状態のダダの肩を叩く。
「ダダさん、馬車の中で喧嘩になるのはマズイっす。シュナちゃんとタンタに汚い物見せたくないっす」
「む」
「だから今ヤっちゃいましょう」
「む?」
セルムは一瞬にして獰猛な目付きになり、先客4人を睨みつけて言い放った。
「何見てんだオイコラ」
「あぁ?なんだテメェ」
「何見てんだって聞いたんだよクソが」
一瞬にして一発触発状態を入れ替わられてしまったダダは、呆気にとられながらもセルムが入隊してきたばかりのことを思い出した。
魔獣によって家族を亡くしたセルムが我が身の危険を顧みず、捨て身で魔獣を斬滅する様はまるで死にたがっているようで、その当時の二つ名は『死にたがりのセルム』だったこと。
殿を務める実力がありながらもタンクに回されたのは死なせないためであり、それでも殿を希望して団長に食ってかかったセルムは返り討ちあっては半殺しにされーーーを繰り返した結果、徐々に今の温和な『脳筋のセルム』になったこと。
騎士団では有名な話だ。
久しぶりにリミッターの切れたセルムを眺めながら、ダダは段々と冷静になっていく。
「確かに今一掃すればいいか」
ダダはキャラバンの御者に「5分待って欲しい」と告げると、乗車料として金貨1枚を支払った。
御者は多すぎる乗車料に慌てたが「乗るのはあいつら以外の6人だ」と言い残し、ダダはセルムと輩4人が消えていった袋小路に歩き始めたーーー




