黒猫亭
5日間の馬車旅を終え、3人はキルフェ国南部に位置するイドに到着した。
馬車旅で体調を崩して以来、2人の過保護ぶりに拍車が掛かかり、今もダダとセルムに両手を繋がれている。もう1人で大丈夫だとも訴えたが、迷子になったら大変だと却下された。
「人が多いからしばらくはこのまま我慢してシュナ」
「小さい子みたいです…」
「俺らからしたらいつまで経っても小さいお姫様だよ」
解せぬ顔のシュナを見て2人は笑い、手を離そうとはしない。確かにイドはキルフェ最大の港街だけあって、所狭しと人がひしめき合っており、迷子になったら再会するのは難儀であろうことが伺える。シュナはため息をつき、されるがまま2人に手を引かれることにした。
「情報収集の前に腹ごしらえするか」
「聞いてくるっす」
セルムは立ち並ぶ出店の中から果実屋の恰幅の良い女店主を選び声をかける。オレンジを3つ購入すると、女店主は紙袋に柑橘を詰めながら、ボリュームのある海鮮料理が自慢の黒猫亭を勧めてくれた。
「黒猫黒猫…あ、ここっすね」
教られたイド名物の海鮮屋に向かうと、目印の黒猫を型どった看板が見えてきた。昼時を少し過ぎた頃だったので店内は少し空きが出来ており、ポニーテールの店員が頬を染めながら席に案内してくれる。「ここでもか」とシュナは感嘆するが2人は一向に気にしていない様子だ。
「海鮮とトメトゥのパスタ3人前、魚介フライの特盛2人前と、赤海老のクリームスープ3つ、メグル兜焼き2つ、銀目の煮付け2つ、特盛海鮮サラダと…ビア2杯とオレンジジュース1つ!」
「そんなに!?」
オススメメニューを端から端まで注文したセルムは「足りるかな?」と心配しているが、シュナは2人の底知れぬ胃袋の方が心配だった。
しばらくすると赤白のチェック柄のテーブルクロスの上に溢れんばかりの料理が並べられ、シュナはあまりの量に目を白黒させる。
「すごい量!」
「お前頼み過ぎだろ」
「旅先の名物料理は別腹っす」
確かに寄宿舎でも大量の食事を平らげていたが、あれでもまだ少なかったのか。セルムの言い分にダダも呆れているが、その割にその手は止まらず次から次へと皿が空になっていく。
シュナは小分けにされた名物を少しずつ摘みながら、今後の食卓を想像して恐れ慄いた。毎食5人前では足りないだろう。
「頑張ってご飯作ります!美味しいかどうかは自信ないですけど…」
「野営仕込みの男料理なら得意だから、そんなに気負わなくて大丈夫だよー」
「食費が凄そう」
「その辺もしっかり稼ぐから心配しなくていい」
談笑しながら食事が進み、セルムが食後のデザートを追加注文しようとしたその時だった。
シュナはある事に気付く。
「…あそこの親子」
「ん?どうした?」
黒猫亭にいる客を見渡しながらシュナは眉を顰めた。
まばらになった店内には5組ほどの客がおり、各々食事を楽しんでいる。側から見れば変わった様子はない。
「あそこの親子、数字が…少なすぎます」
窓際の片隅にあるテーブル席には、3人組ーーー夫婦と息子と思われる少年が楽しそうに食事をしている。少年の年頃は妹ネネと同じくらいだ。
「みんな3…」
楽しそうな3人の頭上には一様に『3』が浮かんでいる。それは寿命ではなく、事故やなにかで3人とも命を失う事が予想出来た。
シュナの顔が曇り、食事の手が止まる。
「シュナ」
「はい」
「シュナの命は無限ではないから、全ての人を救うことは出来ないよ」
「…」
「俺らが言うのもおかしいけど、出来れば力を使わずに済むならそうして欲しい」
「…わたしのギフトは何の為に授けられたんでしょうか」
「意味はある。でもそのやり方を間違えてはいけない」
「…はい」
「シュナちゃんが助けようと思う気持ちもわかるよ」
やり場のない思いにシュナは唇を噛む。
このまま見過ごしてしえれば楽だろう。この先、目につくカウントダウンカウンターに一喜一憂して祈っていては埒があかないという2人の言い分もよく分かる。
「どうしたら良いのかわからないです…けど、子どもは…子どものカウントダウンを見るのは辛いです」
そんなシュナ達を横目に、親子3人組は席を立つ。
旅行の予定を話しながら通り過ぎていく親子は楽しげだった。これからイド港をたち、隣国のアスタネに向かうと言う。聞き耳を立ててしまったバツの悪さを感じながら、シュナはやらせない気持ちになった。
「行くか、アスタネ」
ダダは一息つくと、シュナの頭を撫でながら笑った。
「ダダさん?」
「ちょうど行く先も決めていなかったしな。アスタネなら船で2日だ。何かあるならアスタネに入国してからだろう」
「アスタネって鉄鋼産業が盛んな国っすよね!新しい武器調達するにはうってうけだから、盾新調しちゃお!」
「…!2人ともありがとうございます!」
「ただし、無闇矢鱈に祈ってはいけないよ。出来ることは私達がするからね」
「はい!約束します!」
「決ーまり!そしたら同じ船便のチケット取らなくちゃね」
キリがないとわかりながらも、出来る限り願いは叶えてやりたいと思う2人はやはり過保護だったーーー




