紅い竜
竜の前をティーセットが通り過ぎる。竜の身体は巨大なので魔力を使って浮かせながら移動させる、紅き竜にとって人の姿になるのは容易なことだが、面倒だったので一つも体を動かすことなくお茶の準備を進めていた。
未だ気絶したままのアリアを椅子に座らせる。気絶した者をどうこうするのは初めての経験だ、竜の前に立つ者は大抵の場合汗を流しながら跪くか、かつて生命だった灰ぐらいなものなので今回の介護は加減に加減を重ねて力を行使している。
そろそろ起きて欲しいが全く起きる気配が無い。かなり疲労しているので眠りが深いのは理解出来るが圧倒的強者を前にして眠りすぎでは?と心配する。
(私が心配...?私らしからん感情だな)
小さき人間を観察する。まだ矮小な力だが確かな才能は感じられた、きっとこの心配は才能が潰えるのを惜しんでの事だと結論づけた。
そんな事を考えている途中、付近から気配を感じる。竜は一応警戒を強める、敵意や殺気等は感じられないが竜基準でも強者と言える存在ががこちらに近づいて来る。
突如として後ろからナイフが飛んできた。竜の巨体と比べても小さすぎるナイフで、刺さったとしても第四等級の虫に刺されたくらいだと思われるが、しかし竜はそれを自分の魔力でバリアを張ることで弾いた。弾かれたナイフはそのまま地面に突き刺さりそのまま沈んでいった。
「流石、物質溶解の刃を初見で見破るとは。竜は格が違うな」
いつの間にかそこに居たオウルはナイフが完全に沈む前に柄を掴んでそのまま鞘に収めた。
「これはこれは、最初に道を拓きし者。其方に逢えて光栄だ、私達の間でも其方は勇気ある人間として人気なのだよ。かくいう私も君のファンなんだ」
「戯言は聞かん。お前はそいつに、何をするつもりだ」
オウルは寝ているアリアの方向に顔を向ける。
「何とは、見れば分かるだろう?私は茶会がしたかっただけ、将来面白...英雄となるであろう者と気楽に話がしたいのだよ」
竜は気が変わったのかその姿を人へと変えていく。赤色の長髪に銀色の眼、その美貌は一目見ただけで人外だと思わせる程だ。
「む」
「......」
オウルはさっと目を逸らす、何故ならば一糸纏わぬ姿で人になってしまったからだ。彼は動揺などは特にしない、見ないようにしたのは女性に対する最低限の気遣いだ。
「これでは格好がつかないな」
パチンッと指を鳴らした瞬間彼女は上品な黒いドレスを纏った。
「喜べ、私の裸体を見れるなんて滅多に無いことだからな」
「ほざけ。お前は常に全裸だろ」
「...確かに竜の時は何も着ていないが、だからといって私を変態だと揶揄するのはやめないかい」
この話は早々に切り上げ、竜はアリアの対面に座る。テーブルに用意しておいたティーカップに紅茶を注ぐ。温度、濃さ、茶葉の品質、どれをとっても一級品。長く生きる竜の唯一の趣味なので、茶の事に関して誰よりも強い。なおコーヒーもイケる。
竜は一口紅茶を飲んだ。そして口角を少し上げ、微笑した。
「ふふ、今日の茶も素晴らしい。其方も飲むが良い、私の努力の結晶を」
「いやいい。ここに来たのは忠告をするためだけなんでな、お前に害意が無いのならいい。自分は戻らせてもらう、監視は続けるがな」
「勿体ない。我が至高の一品を味わ......行ったか、無礼者め。だが赦そう、もう一度其方の冒険を見せてくれるのだろう?」
もう一度紅茶を味わう、やはり美味である。
アリアはゆっくりと瞼を開く。紅茶のいい香りが鼻を通して脳に刺激を与える、アリアは朝が弱いタイプで起きた直後は二度寝しかけるが、今回はパッと目が覚めた。
「!?」
知らない綺麗な人、いつの間にか座らされていた自分、目の前の紅茶とお菓子などがアリアを一気に不安にさせる。
「これこれ、そう怯えるでない。私は其方の命の恩人、其方を害する気など無いさ。現に今、傷一つ無く生きているだろう?」
「確かにそうですね、感謝はします。ですが貴女が何者なのかを知らなければ警戒は解けません」
「ふむ、ならば名乗ろう。私はこの大陸を管理する、三体の竜王の内の一。東の大地を任せられた紅い竜、『光炎帝』レヴィアである」
「......?」
レヴィアはてっきり叫びながら驚くと思っていたのだが、予想に反してアリアの反応は薄い...というか皆無である。
「もしや、知らないのか?り、竜王の事は......」
「竜王という単語を少しは、しかし詳しい事は何も」
「何...だと.....?.........そういえば最近は人間どもと交流をしていなかったな。なあ其方、セン王国は健在か?中々に見どころがあったのだが」
「セン王国?それなら三百年程前に滅びたと本で読みました、確か一匹の魔物に滅ぼされたとかなんとか」
「そう、か。滅びているのなら私の事を知らないのは仕方なしか。セン王国は私が目をかけていた国でな、王や騎士、民達は皆強く醜い欲望が極端に少なかった。其れ故に美しくてな、つい私の所有する宝物をいくつか与えてしまった。あの時の王の眼は、眩しかった」
レヴィアは感慨に耽る。お気に入りの国が滅んだ程度では憤怒はしない、ただただ悲しい気持ちになるだけ。長命種にとって数百年というのは感覚としては短い、もっと気にかけておけばという後悔はある。だがそんなものは一瞬で収まる、レヴィアは世界の理不尽な事は『そういうもの』として割り切れる。でも、心の中には悲しいままのソレが積もっていくままだ。
「はぁ......記録が残っていないのなら仕方ない。竜王という存在は世界を創造せし偉大な神によって創られた管理者の事だ」
「神、ですか」
「ああ、私達は騎士団の介入がなければ世界を滅ぼすことは容易だ。そんな私達を容易く創ったのだ、神と言わずしてなんという」
アリアは神という言葉の事を考えていた。物心ついた頃に、エピックさんが何かを言っていたような?
『アレは■■■であり、■■■存在■■■。故に恐れ■必■■無い』
ズキッと頭が痛んだので手で頭を抑える。過去の記憶に忌避感は無い、むしろ楽しい思い出ばかりなはずなのだが、どうやら忘れていることがあるようだ。それは私の最大のトラウマのはずだ、だからこうして思い出さないように頭が痛む。
「ふむ?何やら面白そうな過去を持っているな、益々興味が湧いてきた。それに其方、あの破滅の化身と縁がある。どこで目をつけられた?聞かせておくれ」
「破滅の...破滅龍の事ですか?」
「いかにも」
「そうは言っても私には何も分かりません。龍に会ったことなんてありませんし、誰も詳しく説明もしてくれません。私の知り合いは大体素顔を隠して秘密ばかり、私だけ除け者にして.....嫌われているのでしょうか?」
「ふむ、焦りを感じているようだな。そう早計になるでない、冒険を続けていれば自ずと真実が見えてくる、それが善か悪かは分からないがな。そして皆其方を遠ざけているのは大切にされている証拠なのではないか?短い時間ではあるが、自由に過ごして欲しいという、親心というものか。若者にはまだ理解が難しいだろうが」
「本当にそうなんでしょうか」
「ああ、きっとそうだとも。だから其方は、何も心配することはないんだよ」
その励ましの言葉はアリアの心をほんのりと暖かい色にした。
「そういえば、破滅龍とは何者なんですか?聞いた限りだと竜王というわけではなさそうですが」
「ふん、アレは別枠だ、森羅万象全ての事象を悉く破滅させる世界の破壊者。存在の次元が違う、恐らく神と同等だろうな。其方が戦っていたあの闇は、破滅龍から漏れ出た残滓だ」
「あれで残滓?本体はどれだけ......」
殺意に塗れたあの姿を思い返す度に体の震えが止まらない。
「精進することだ、アレはまた襲ってくるぞ。常に助けがある、そのような考えは一切合切捨てなさい」
「う、はい。頑張ります」
レヴィアは空が明るくなってきた事に気づく。
「空を見なさい。夜明け、見晴らしが良い場所で見るのは格別だ。更に私の紅茶も付いてくる、其方もこの状況を堪能したらどうだ?」
アリアは言われるがまま紅茶を飲む。今日はとても疲れた、疲れて怖い思いもしたがその先にこんな贅沢が出来るのなら、案外悪くないかもしれない。
「そろそろ帰る時だ。冒険を糧とし、もっと成長しておくれ。そして私達を愉しませるのだ」
「はい。今日はありがとうございました」
「うむ、ああそうだ。もし東に来る機会があるのなら、私に会いに来なさいな。またお茶会でもしよう」




