アビ山脈〜二十日目
「はいそこ」
「ウウッ!?」
背中を鞘で強打され気絶。
「隙だらけ」
「グウゥ゙!?」
腹部を蹴られ倒れる。
「甘いね」
「ゲフッ!?」
背負い投げで地面に打ち付けられる。
手も足もですに何日かが経過した。技量は上達している、確かにしているのだが本人の負けず嫌いの性格上精神は自棄気味になっていた。
「どうやらかなり苦戦しているようだな」
授業の始まりにオウルは困ったように言う。エピックのやり方に文句を言うつもりはないが、このままではアリアは授業に集中できそうに無いので、オウルは少しばかり助けてやろうと思った。
「アリア、お前には才能がある。俺以上なのは確かだ。だが純粋な技量勝負ではお前はあいつには絶対に勝てないだろう、一発当てることもな」
アリアは四つん這いの体制になってショックを受ける。いや本当はアリアだって分かっている、生きている厚みが違うのだ、ボコボコにされるのも仕方のないことではある。だがそこで割り切れるほどアリアは大人じゃなかった。
「あくまでも純粋な、だ。当てれないとは言っていない」
アリアの顔がパッと上がる。
「お前はここに来た初日に、既に答えをもらっているはずだ。助けはこれで終わり、あいつはお前が自分で考えて打開することを望んでいる、今日は早めに終わるから自分で考え工夫してみろ」
オウルは黒板の前に立ち、今日も授業を開始するのだった。
二十日目。
最終日前日、アリアはエピックよりも早くいつもの修行場所に剣を抜いて待っていた。何日か前から自棄が無くなり、冷静さが戻っていたので何か企んでいると察せれた。
「勝つ気だね?」
「勿論。私は負けっぱなしが嫌いですから」
今日限りは軽口も甘やかしも無し、お互いに無言で集中を高めていく。
お互いに踏み込み、剣と鞘が交わる。
幾度か音が響くが長くは続かない。先に崩れたのはアリア、やはり技量の差が厳しい。剣を跳ばされ、鞘の切っ先を突きつける。
「終わりかな?」
口ではそう言いつつもエピックは警戒を緩めない。何故ならば目の輝きがまだ失われていないからだ。
「ッ!!」
アリアは地面に手を着け、事前に仕掛けていた魔術を起動させる。
「何!?」
地面から氷が生えてきて、エピックの足を絡め取ろうとする。間一髪の所で跳んで避けることが出来たが、すぐさま別の魔術が飛んでくる。
五本の竜巻を同時に発生させて、さらに炎を纏わせる。四方八方からの炎の柱、だが柱と柱の隙間ががら空きだ。すぐさま走り、この包囲から抜け出そうとするもそれを見越していたアリアは土の壁を円形状に生やす。
逃げることは叶わず。だが絶体絶命な状況にも関わらずエピックは楽しくなっていた。
(なるほど。終わりと見せかけて油断した隙に魔術で一気に消し飛ばす、中々悪くない戦術だ)
正々堂々とは程遠い卑怯な手、アリアは勝つために遠慮もプライドも捨てて殺す気で攻め立てていく。どうせ死んでも死なないような人というのはこの数日間で嫌というほど味わった。
「この程度ではやれませんよね」
土壁からよじ登ってきたエピックを見て、次の仕掛けを発動するタイミングを見計らう。
「あっつ!危ない危ない、今のは本当に当たりそうでヒヤヒヤしたね」
「本気で殺るつもりだったのですが、どうやって抜け出したのですか?」
「ちょっとした身体強化の魔術を使わせてもらったよ。ただ脚が少し強化されるだけ、下級の魔術だけどね。それで壁を走って登った。いやー驚いたね、まさかここまでやるとは。それで、まだあるんだろう?」
アリアは言葉の代わりに笑みを浮かべ、次なる魔術を発動させる。
「『堕つ大地』」
エピックを中心に穴が出現する。重力に従い下へと落ちる、だが途中で壁に鞘を刺し落下を中断させ、上を仰ぎ見た。
迫るは巨大な影、よく見てみるとそれは大量の水だった。
「マジかよ」
口調とは裏腹に割と本気で絶望していたエピック。このまま手加減していたら折角の楽しい時間が終わってしまう。故にエピックも今出せる全力を躊躇いなく出すことにした。
「ふぅーー」
一度深呼吸をし、剣の柄をしっかりと握る。そして水が身体を覆いかけるその瞬間に抜剣。
アリアは片膝を地面に着き、顔に滲み出る汗を拭き取る。
一度にここまでの出力の魔術を使ったのはロマリス以来、魔力量の心配は無いが身体の強度がまだ足りないらしい。ここで自分の欠点を見つけれたのは幸運だ、早めにどう鍛錬すべきかが分かるからだ。
そんなことを考えているとアリアが作った穴から大量の水が上に舞い上がる。
現れたのは当然エピック、抜き身の剣のみに水を付けてなんてこと無いように立っていた。
「素晴らしいよ、ほんと。まさか剣を抜かされると思ってもみなかった。だがもう君の身体は限界だ、今回はこれで終わ─」
「いいえ、まだ終わってませんよ」
「何だって?」
エピックは突然上から魔力を感じて回避しようとしたがそれの速度はとてつもなく、回避をしても当たってしまうだろう。そのことを理解したエピックは避けるのではなく剣で受ける。
「ぐっ!?おおおおおお!?!?」
両手でその魔力の光を受け止めながらもエピックは今までのアリアの行動を思い返す。剣撃や派手で規模の大きい魔術は全てブラフ。
この光の魔術を行使するための時間稼ぎ兼目眩まし、更に上から攻撃したという結果を残すことでもうその手段は無いという先入観を刻み。そして勝利の寸前、油断した瞬間に特大の攻撃を叩き込む。なんてこった!
「フッ!!」
身体が裂かれそうになるも気合で光を跳ね返す。だが安堵する暇はない、跳ね返すまでにかなりの時間が掛かった。それはつまり──
「ッ!」
「はああああああ!」
目の前には既に剣を振りかざしているアリア。エピックは全力で剣を振るも体勢が悪すぎた、アリアの剣に力負けしエピックの剣は飛ばされ地面に突き刺さる。
そしてアリアは剣を身体に勢いよく当たる直前に寸止めし、力を全く入れることなくエピックに一撃を与えた。
「──参った。ふぅ、僕の負けだよ」
両手を上げて降参の意を示す。そうしてようやくアリアは剣を納めた。勝ちはしたのだがアリアは全然勝った気になってはいない。最初から手加減していたし、自分がやろうとしていることは全部待っててくれた。
(もっと精進しなければ)
今日の勝負、いや勝負とすらなっていない戦いはアリアの戦意に更に火を点けた。
夜、いつものように三人で食卓を囲む。
今回の夕食は何かの魔物の肉に巨大な魚の料理などいつにもまして豪勢だった。なんでも先生が取ってきたらしい。
「いやー負けた負けた!あんな偉そうなこと言っておいて結局負けちぃった」
「いえあれはエピックさんがかなり手加減をしての結果ですから、あまり自分を下げないでください!」
「そうは言ってもね、自分で決めたことだから。それにどうせ無理だって高を括った結果でもある、だからやっぱり僕の負けさ」
普段はふざけているのに変なところで真面目な一面があるのは昔からそうだ。そんな姿を見る度に思うのが、もしかしたらエピックさんのお巫山戯は全部演技で本当は......
でも仮にそうだとしても受け取った愛情は本物だ、偽物ならばこんなにも温かいはずがない。だからもうこの件は考えないようにしよう。
「お前の勝ち負けはどうでもいいだろう。肝心なのはアリアが何を学んだかだ」
「ま、そうだね。事前の情報収集、作戦立案、究極の初見殺し、プライドもあったもんじゃない。だがそれこそアリアに習得して欲しかったことだからね。プライドなんてものは本当に余裕のある時しか持っちゃいけないのだから」
そう言いながらアリアの白い髪を撫でる。そうしている内に我慢出来なくなったのか抱きついたりもする。
「ん〜〜〜よしよしよし!可愛いねぇ君は、偉いぞぉ!」
オウルの目がある以上表立って喜べないが内心はすっごく嬉しいアリア。無表情を貫こうとするも照れや喜びが隠せておらずオウルにはバレバレだった。
「フンッ親馬鹿め」
こうしてアリアの二十日目が終わった。
アリアがぐっすりとオヤスミした後、エピックとオウルは焚き火の前に向き合って座っていた。
「で、結局出すのか?」
「ああ、アリアがここまで成長してしまった以上、『殺意』を封印から出す」
「死ぬかもしれないんだぞ」
「そうなれば、その程度だったという話だ。勿論そうなったら魂は保護して輪廻に返すよ」
ギュっと両手を組んで強く握る。オウルは強く呆れたが、何も言うことはなかった。
(馬鹿め、そんな事したくない癖に。本当に馬鹿な奴だよ)
オウルはふと夜空を見上げた、星は相変わらず綺麗に輝いていた。




