後悔なき亡骸
「今ならば容易く君を殺せるな」
人斬りはその顔に挑発的な笑みを浮かべる。
「馬鹿言え、例え私が万全な状態でも簡単に殺せるだろうに」
「いいや?拙者でも権能は多少苦戦するとも」
「勝つことは否定しないのだな。...ッ痛いな、敗北というのは」
現在ロマリスは地に伏して、さらに身体もボロボロで、半透明になりつつあるのは存在が霧散しようとする前兆だろう。そんな状態にも関わらずロマリスは平然と喋っていた。
「こうなることは可能性としてあったはずだ。何故だ?何故主とやらの意向に背き戦った」
「『我が子らよ、死ぬことは許さない』か。だが彼女の魂を持って来るように言われているのは事実でしたよ、まあ天将全体への命令であって私がこの仕事をするなんて主は思いも寄らなかったでしょうが」
「.....」
「人斬り、私はね、ずっと羨ましかったんだ。毎日毎日ずっと裏方の作業で、それも重要な仕事だと理解していた、それでも心ではずっと退屈していたんだ。でも主には逆らえない、私情で投げ出すことは出来ない。だから命令が下った時に絶対に私がやると決めた。第四天将に代価を払って彼女をここに連れて来てもらうぐらいには私は本気で戦ってみたかった」
「愚かだな」
人斬りは嘲る。だがそれは悪意ではなく同族であるからこその自嘲でもあった。
「ハハハッ!でも満足だよ。なあ人斬り、私は代価を支払う必要があるんだ。取引をしないか?」
「ほお、拙者に依頼をすると高くなるぞ」
「そこは友達価格というので頼むよ。報酬は私の身体の全て、解体して売るのも良し、加工して魔術の素材にするのも良し。私を煮るも焼くも好きにしてくれ、その代わりに第四天将マルシアスを斬って欲しい」
「仲間じゃないのか」
「ただの同僚だ、仲間だと思ったことはないよ。それにアレを楽しませると約束してしまったし、そもそも私はアレが嫌いだ」
「君にそんなボロカスに言われるなんて、興味が出てきた。いいだろう、その依頼受けてやる」
ロマリスはその言葉で安堵の表情を浮かべる。
「流石は私の友人、いい返事をありがとう。君は代価の為に適当に接触したけど、いつの間にか君の話を楽しみにしていたよ」
「最後に何か言い残すことはあるか?友人として聞いてやる」
「......そうだな」
ロマリスは少しだけ悩んだ、この感情を整理していたからだ。
「戦いはとても楽しかった。こんな思いができるんだったらいっそ末端の兵士に生まれたかったよ。あぁ次こそは全力で戦ってみたい、勝ちたい、いつかきっと自由に戦いたいな」
人斬りは呆れて、そして笑った。ロマリスも笑った、勢力の壁を越えた友情がそこにはあった。
「そうなると良いな」
「なってみせるさ」
抜刀の音が響き、首が一つ地面に落ちた。
「無下に扱わないさ、拙者も居心地が良かったからな」
人斬りは丁重に友人の亡骸を持ち、そして何処かに消えた。
アリアは走る、ひたすらに走る。迫ってくる崩壊に巻き込まれないように。
剣は鞘に納めているので良いが疲れた身体に散弾銃を持って走るのは辛いものがあった、でもこれを手放すのはどうにも出来なかった。
だから必死に走った。宛もなく走っているのかと言えばそうではなく、詳しくは分からないが魔力が流れ出ている地点を感知した。もしかしたら敵かもしれないが、他に出来ることも無いので成るようになるだけである。
「止まれ」
狭い空間で喋ったかのような反響した低い声に足を止めた、というより動けなかった。
顔以外は固定されたかのようにどうやっても言うことを聞かなかった。
「貴方は、敵ですか?」
後ろを振り向きその姿を見る。さっきまでそこに存在していなかった白い扉から白光が漏れ出ていた、アリアは悟る。
何をしようが、どれだけ抵抗しようが、その圧倒的な存在にはどうあがいても勝てないのだと。それほどまでに少し開いた扉の先の誰かは強いと分かった。
「余...いや私は貴様の敵なのだろうな。だが私自身、手を出す気は無い。貴様に接触したのは問いたい事がある故だ」
一拍置いて声の主は厳かに問う。
「ロマリスは強かったか?」
「.....はい、私の初めての好敵手であり、私を次の段階へと進めてくれました。敵対していましたが恨みは無く、むしろ感謝しています」
「では次だ。貴様の最終目的はなんだ」
「私の母を不幸にした男を、殺す事です」
声の主は押し黙る。アリアは何か間違えてしまったかと冷や汗をかいた。
「───そうか。そうか」
扉の奥の光量が徐々に衰えていく。
「ならば貴様は死ぬ気で生きろ、いやそれすら生温い。三度ほど死んで蘇ってみせろ、そうすれば限界を幾度も超え、我らの土俵に立てるだろう。龍を目指せ、それが最短の道だ」
扉が消えていき、アリアの身体も動くようになってきた。
「貴方は何者なんですか?」
「いずれ出会う、ただの敵だ。その時が来るまでに精々強くなれ、アリア」
そう言い残し、声の主の気配は完全に消えた。何だったのかは想像がつかない、いつか出会うあの敵に自分は果たして勝てるのだろうか。アリアはそんな不安をため息として出力した。
「おーい!こっちじゃーー!!」
物思いに耽るアリアの耳にどこからか正影の声が聞こえた。
鍵山は歩く、慣れない煙草を口に咥えながら目的の場所に着く。
そこはバーであり待ち合わせの場所でもあった。
「ん?おい居ないのか?」
自身より早く来ていると聞いていたのだがそこにはまったく人影は無く、誰もいない。辺りを見渡すとカウンター席に二つのグラスが置いており、一つは飲み干されて、もう一つは手をつけられていなかった。
鍵山は察した、自分よりも一足先に泡沫となったのだと。
「じゃ、一人で愚痴らせてもらうかな」
席に座り、はぁ、と溜め息をしてから一人語り始める。
「どうして俺達がこんな目に合うんだろうな。何も罪なんてないはずだ、俺もミリアも、こんな末路を辿るなんてどうかしてるよ。世界ってのは理不尽で残酷だ。神様もひどいよな、創っておきながら結末には無責任だからな」
鍵山はもう一つのグラスに目を向ける。
「それを言ったら、アンタの娘も可哀想だよな。俺達以上に理不尽な事が待っているんだから、やっぱ神ってクソだな。さらにアンタの言う『殺意』にも狙われるんだろ?ハッ、本当に理不尽だな」
煙草を灰皿に置き、息を一気に吐き出す。
「だがそれを乗り越えたら、きっと幸せになる、そうだよな?彼女はまだ生きているのだから」
ふと気づくと、空間全てが半透明になっており、鍵山の身体も例外ではなかった。
「もう終わりか。まあなんだ、無意味だが祈っておくか」
グラス同士を合わせ、音を鳴らす。
「アリアの未来が明るいものであることを祈って、乾杯」
残ったのは空のグラス二つだけ、もう誰もいない。




