最初の継承
「来ましたか」
ロマリスは瓦礫に腰を下ろしただアリアを待っていた。彼はアリアを卑怯だとは思っていない、むしろ嬉しく思っている。時間を置いたことによってお互い体力は回復した、そしてアリアは禁止されているはずの魔力を纏っていた。
不条理に思うことはない。自分だって剣だけの彼女を権能でいじめて、それから肉体スペックで勝つつもりだったからだ。
ロマリスはこの状況を最高に楽しんでいる。彼は自我が芽生えた時から裏方、事務作業を任せられる事がほとんどだった。別にそのことに不満は無い、敬愛する主から直接仕事を任せられるなんて光栄な事だ。でもやっぱり戦場に出る他の同僚が楽しそうで羨ましかった、だからこっそり戦いを盗み見て少ない休憩時間で技術を一人で磨き上げる。何百年か経ち一人で特訓することにも飽きてきた頃、ロマリスの職場はとある話題で持ち切りだった。それは第九天将、第八天将、第七天将の軍が破滅龍に喧嘩を売ったという話だ。どうやら手柄が欲しくて徒党を組んで戦闘中、なんて愚かな事をと当時のロマリスは思った。何故主がかの龍を放置しているのかをまるで分かっていない、主の力は天将ならば一度や二度目にすることはあるだろう。創造神の名に違わず凄まじい力だった、世界を生み出す時なんて私にはとても理解ができず主に慰められるという失態をしてしまった。そんな手の届かぬ領域におわす主が放置せざるおえないということは破滅龍もその領域にいるということだ。なのにそれを分からず死にに行ってしまった。もはやできることは無い、だからせめて同僚達を見送ろうと思った。
そしてロマリスは頂きを見た、強さの頂点を。
憎むべき敵打倒すべき敵のはずなのに、不謹慎だが同僚の軍勢を刀一つで切り捨てたその姿に強く憧れを抱いた。何故人の形になっているのかは分からないが、カッコいいからそんなことはどうでもよかった。自分と同じく盗み見ている幾人かもきっとそう思っているはずだ。
破滅龍の衝撃が大きかったから気付かなかったが傍らにいる二人の騎士の力も相当だ、少なくとも私よりも強い。
私のように借り受けた力ではなく自ら鍛え上げた力で戦う、なんて素晴らしい!今すぐ仕事を放り出して戦いに参加したい、だがそんなことは絶対に出来ない。愛する主がくださった大切な仕事なのだ、引き受けた責任は必ず果たさなければならない。
それからロマリスは逸る気持ちを必死に抑えながら何千年と書類に向き合う時間が続いた。
あの退屈な時間はもう終わった、例え相手が卑怯な手を使おうともその全てを許そう。初めての敵なのだから心に残る戦いがしたい。
「腕が治っていますね、それにその指輪...」
人差し指に嵌っている指輪の装飾には見覚えがあった。報告書で読んだことがあった、世界間を旅しながら気まぐれに特殊な効果のあるアクセサリーを作る旅人がいると。実物を見せてもらったことがあるがとても細かいところまで作り込まれており、主も大したものだと言われた。
次元の旅人、イチキという名前だったか。どこにもまつろわないがよく破滅龍と絡んでいると聞いたな。中々の大物が彼女を助けた......ふむ、ただの気まぐれか?もしかしてこの少女は龍と関係でもあるとか?
「いえ、詮索はしないでおきます。ただ一つだけ質問させてください」
「なんですか」
「貴女の中に憧憬はありますか?」
「は?」
「私に勝てたらの話ですが、貴女はこれから先強さを渇望するでしょう。ふっ...予感がするのです。ただの予感たかが予感されど予感。いつの日か貴女は絶望する時が来る、そんな予感。」
「......そんな事あるわけが.....」
有り得ないというアリアの言葉をロマリスは切り捨てる。
「いいや確実にそうなる。いくら才能があろうとも、どれだけ剣を手入れてもアッサリ折れてしまうように、挫折のない者は無い。それは貴女が化物ではなく生命、人間であるから」
「......」
「だから憧れを抱くべきだ。折れた身は憧れでもって鋳直すことで強くなれるのです、数多の成り上がっていった者は失意を乗り越えて英雄となった。私はずっと見てきた、私の英雄達」
ロマリスはアリアに英雄の器を見出していた、だからこその助言。
「貴女のプライベートに踏み込むつもりはないけれども、そういったモノを探してみてはどうでしょうか。とまあ未来の話をしているわけですが、これは私に勝てたらの話ではあるのですけれどね。黄昏を越えて、輝かしい未来を見たくば、まずは私を倒してみせなさい」
アリアは無言で剣を構えた。更に魔力を全身にめぐらせて身体能力を向上させる。
「それで良い、私が貴女の最初の試練となりましょう!」
ロマリスも権能で生み出した剣を左手に持った。
アリアはロマリスと対等に戦えるようになったことで気付いたことがあった。
それは学習しているということだ。どうすれば攻撃を当てれるか、どうすればより消耗させれるのか、この短い時間のなかで徐々に最適化されてきている。
とはいえ拮抗状態は未だ崩れない。それはアリアもまた戦いの中で成長しているからだ。
突然だがアリアのスペックは全体的に中途半端である。頭はとても良いのだが今までの色ボケと長年のダラダラとした生活で鈍っていてフルスペックで使いこなせておらず、また魔術剣術能力も努力をあまりしてこなかったのでこれもまた使いこなせない。
平和である証拠だがアリアは今だけはそれを呪った、なにより許せなかったのは時間があり教えてくれる人が近くにいたのにもかかわらず何もしてこなかった己を許せない。
だから今、勝つために頭を回転させ死ぬ気で身体を動かす。
凡人がたかがやる気になった程度ではロマリスに置いていかれるだろうがアリアには才能があった、それも圧倒的な才能が。
過去、育ての親であるエピックはアリアに剣術を教えようとした。じっくりと教えていきたいな、なんて考えていたのだがなんとアリアは一度動きを見せるだけで模倣してみせたのだ、それは良い、その後が問題だった。
エピックはアリアを溺愛するあまりとても褒めた、めちゃくちゃ褒めた、そうしてアリアはその時に満足してしまった。
それからアリアは自身より強い者が存在するのは理解していたが、どうせできるから、という余裕を持ってしまい次第にやる気が無くなっていった。
だが天才は今、努力をする理由を得た。初めての敗北(ローレンスは作戦だったのでノーカウント)という経験を糧にアリアは闘争本能を燃やす。
生き残るために、そして自らの汚名を雪ぐ為に、何が何でも勝利を貰う。
一方ロマリスは意外にも冷静だった、というのもこの戦い全てに感極まりすぎて一周回って落ち着いた。
憧れの剣技を真似し、アリアに刃を向ける。するとどうだ、一打てば十返り、百斬れば千迫る。いくら傷つけれれようが向かってきて、魔術も自身の消耗なんて欠片も考えずに高威力のモノを全力で撃ちまくる。
なんて美しくて楽しいのだろう!
ロマリスもアリアの全力に応える、応えるしかなかった。
こんなにも心躍るのに加減なんて勿体ない、生涯で一番か二番目に生きているって感覚をロマリスは感じる。
でも調子に乗ることはしない、頭は常に冷静にどうやって彼女を攻略するのかを模索している。
模索とは言っても勝つ手段ならあるにはある。
それは射ち逃げすることだ、アリアの魔力は膨大だがいつかは無くなる。こちらの権能は無限に出せる、ならば逃げ続ければいつかは勝つことができるだろう。
(だがそれでは面白くない)
それに権能は借り物の力、そればかりに頼って勝っても自分の力ではないのだから実質的に敗北と言える。
だからこの戦法は絶対にしない。
ロマリスは笑みを浮かべながら状況が動く瞬間を待つ。
「チッ」
「残念でしたね」
魔術を二重三重に放ち同時に剣で斬りつける、一歩間違えば自爆にもなり得る攻撃だったがアリアは臆することなく実行してきた。ロマリスは剣で弾くも肩に掠り傷を負う。
その後も何度も何度も派手で殺傷性の高い魔術を余す事無く行使し続ける。炎や竜巻、流水に岩石、爆発と氷結などの魔術を絶え間なく。
何が何でも殺すという意志をひしひしと感じる。
違和感を感じて左を見るとロマリスの剣は粉々に砕けていた、別に特別な力も何も無い剣だが性能は悪くない物のはず。
権能でいくらでも作り出せるとはいえ隙が出来てしまうのはいただけない、なのでロマリスは高い身体能力を活かして空高くまで跳び、崩壊中の浮いていた大地に足をつける。そして四方八方から数多の武具の雨を降らせた。
「回避は不可!さぁどうする?」
防ぐこと自体は魔術で簡単に出来るだろう、しかし無限に飛んで来る武器達をそう長くは防御は出来ないはずだ。高みの見物をしようとするロマリスだが異変に気付く。
「何だ?何か臭う?」
少し落ち着いたことにより、いつの間にか臭っていた異臭に気付くことが出来た。だが気付いた所でもう遅かった。
突如として気分が悪くなったロマリスは後ろによろめいて壁に当たる。
「ん?これは」
向こう側が見えるのに手で触っても半透明な壁に防がれる。
「結界だと?何故こんなものが......」
結界とは守ったり封じ込める為のもの。
わざわざ広範囲に、攻撃に使うリソースを割いてまで使うなんて......
(──まさか、毒!?)
それならばこの臭いもこの結界の説明がつく。となれば非常に不味い状況だ、結界は時間をかければ壊せるだろう。しかしこの毒はおそらく戦闘初期から使われていたはず、派手な攻撃もそれを誤魔化す為のもの。ならば短期決戦をしなければじわじわと弱っていき、更には直接攻撃をされれば勝ち目は無い。
「ハハッ、騎士道精神の欠片も無い卑怯な手!素晴らしい、それでこそ戦いをしていると感じられる!それでは私もなりふり構わないよ」
ロマリスは地面を全力で蹴り、アリアの元へと着地した。
「気付きましたか?貴方が今現在負けが加速していることに」
「ああ、やられたよ。私を侵せる毒なんて、何を使ったんだい?そして何故君は無事なのかな?」
アリアは不遜な微笑みを浮かべる。今までエピック以外に向けられることがなかった笑み(エピックには甘々な笑みだが)はとても美しくそして恐ろしかった。
ロマリスは歳と合っていないその艶めかしい美貌に冷や汗をかいた。初めて自分が死に近づいている感覚、自分が捕食される想像をしてしまった。
「貴方に一度負けて、悔しかったんです。だからどうやって復讐するか、どうやって殺すか考えていたら思い出しました」
アリアは空間魔術の一つ『アイテムボックス』を起動させる、虚空に手を伸ばし一つの袋を取り出した。
「これは龍鱗と言って、破滅の龍が喰らった死体から取られたそうです。万物の悉くを侵食し、破滅へ導く危険極まりない代物ですが、私の想い──こほん!育ての親がどうやってかは分かりませんが加工して毒としました。私に効果が無いのは知りません、何故か効きませんでした」
「なるほど、ならば私が苦しんでいるのも納得だ。ゴホッ、そして君は効かないとの事だが...もしかして過去にかの龍と出会い祝福を授けてもらったのかもしれないな」
「もしそうなら、何故そんな事をしたんでしょうか」
「さて、それはいつか龍に出会った時に聞けばいいだろう。ではお互いに時間稼ぎは終わりかな?」
「そのようですね」
外を見ると全方位に武器が展開されていた、それも今までとは比にならない程に。彼は瀬戸際で限界を越えたのだ、強力な魔力の縛りを自力で破り全身全霊をもって決着へと望む。
「さあ逝こう!どちらが生きるか勝負だ!!」
剣と剣、魔力と魔力がぶつかり合う。
傷が出来ようが、身体が折れようがお構い無しの死闘。
魔力出力はアリアが上、現在の総量はアリアが先に消耗していたのでロマリスの方が多い、しかし毒によりロマリスも弱り続ける。
まだ互角、だがアリアの身体は疲れが蓄積していた、それ故に足が崩れ落ちる。
勝敗は生来の肉体の性能だった、ロマリスは今度こそ勝利を確信した。
そして剣を持つ左腕を天高く掲げ、そして振り下ろし──
直後散弾銃の銃声が鳴った
「なっっ!?!」
左腕が吹っ飛ばされる。
思わず銃声の方向を向くと、傷だらけの鍵山が居た。
「アンタには感謝してるよ。だがな、アンタは人間を知らなすぎだな」
ロマリスには理解出来なかった。鍵山は、その恋人も既に死んだ身。すなわち敗北者、別に敗者を見下しているわけではない。むしろよく頑張ったと褒めてやりたいぐらいだ、だから褒美として終わりを後腐れなく受け入れさせる為にわざわざ管理者権限を使って送ったのに、何故まだ抵抗するのか。何故まだ行動するのか、強さばかり見て、その他を大して知ろうとしなかった末路である。
鍵山に気を取られ、ロマリスは一瞬だけ好敵手の存在を忘れてしまった。ハッとしてもう一度トドメを刺そうとしたが──
「さようなら」
アリアはロマリスの心臓を一刺し、そして剣を肩まで斬り上げた。
限界を迎えたロマリスは何も出来ず、ただ重力に身を任せるしかなかった。床が崩れロマリスは空に放り出され、やがて見えなくなった。
アリアは鍵山を見て問いかける。
「どうやってここに来れたのですか?」
「最初の質問がそれかよ。まあなんだ、気前の良い奴に送ってもらったんだよ」
「...そうですか、それはとにかく手を貸してくれませんか?私はもう自力で立てないので」
やれやれといった風に鍵山は手を伸ばした。
「疲れているとこ悪いけどな、お前は自力でここから帰らなきゃならねえ」
「身体を貸してくれるから私の所に来たんじゃないんですか?」
鍵山は呆れながらも少しだけ申し訳なさそうにする。
「あー、そうしてやりたいのは山々なんだがな。──これをやるよ」
そう言って手に持っていた散弾銃の持ち手をアリアに向ける。
「どういうつもりですか?」
「何も聞くな、お前はただ武器が手に入ったとだけ.....あーいややっぱそれを見て思い出してくれ、『後悔するなよ』って言葉を。俺達の事は何も知らなくていい、でも俺達のようにはなるなよ」
鍵山は煙草を取り出し口に咥える、ライターで火を付けて煙を吹かす。
「ゲホッゲホッ!駄目だな、俺の柄じゃねえ。さあ、もう行け。幻想は崩れ、ここは元の姿に戻る。その時にここに居たら諸共消えるぞ」
「貴方はどうするんですか?」
「俺も消えるだろうな、まあそんな事は些細な事だ。重要なのはお前が俺達を忘れないということだ。そうだその銃『エコー』って名前なんだ、さっき酒飲んでた時に考えた。せいぜい大事に使ってくれよ」
アリアは手に持った散弾銃を見つめ、一瞬だけ目を伏せた後に身体の痛みを頑張って我慢して走った。
「これで良かったんだよな。まったく、他人に全てを委ねるなんて不本意だよ、ミリア」
鍵山の顔は不満でもなく、悲しみでもなく、呆れでもなく、ただ満足そうな笑顔だった。
人間の歴史と時間が違うのはロマリスが居るところとは時間の流れが違うからです。




